あなたのキャンバスは何色ですか? 灰色に染まった私の心は色んな人との出会いと別れで再び彩られる

冬場 春

第一章 上京編

第1話 そのキャンバス、未だ灰色

スーツケースを引きながら多くの人が行き交う深夜の博多駅高速バスターミナル。

 電光掲示板に表示された『博多発 東京駅八重洲行き』を不安そうに見つめる私にお婆ちゃんが声をかけた。


「あおちゃん、東京に転校するのはやっぱり嫌と?」

「別に嫌なんかやなかと……ばってん転校ってお婆ちゃん、うちはもう魔法なんか」


 あおちゃん……お婆ちゃんは決まって私を呼ぶときには『ちゃん』をつける癖がある。

 もう高校生なのだから流石に『ちゃん』は恥ずかしい。

 きっとお婆ちゃんにとっては、私はいつまでも幼くて可愛い孫という訳だ。

 そして「もう魔法なんか……」と言い続けて私は口を閉ざした。

 今の自分の状態を認めたくないのか分からないが、恐らく口に出したら認めると同じだから口を詰むんだ。

 するとお婆ちゃんは私を優しく抱きしめながら言う。


「自分に自信ば持ちんしゃい。こん世界はあおちゃん次第で灰色にもなるし、七色が輝く世界にもなるんばい。それにあおちゃんな人ば幸しぇに出来る魔法使いになるーわ。うちゃ信じとー、あおちゃんの魔法は人ば笑顔にするってね 」

「ありがとう、お婆ちゃん。ばってん、うちお婆ちゃんの様に成れんよ、中途半端な魔法使いって小さい時に言われたんやけん……」


 中途半端な魔法使い……幼い時に言われた言葉は私にトラウマを植え付け、そして私から魔法を……。


「あん子ん言葉ば真に受けんで、あおちゃん。あん子はちょっと疲れて言うただけやけん。あおちゃんが凄かとはうちやあおちゃんのお父しゃん、それにあん子だって分かっとーっちゃけん」


 そういうとお婆ちゃんは私から少しだけ離れていく。


「それに東京ん学校はここ博多と違うて普通ん高校やけん魔法使いは居らんばい。もう1人ん孫くらい。やけん変に心配しぇんでな 」

「うん、分かっとーよ……」


 不安が滲む返事。私の在籍している博多の学校は魔法使いしか居ない。

 そんな学校で中途半端な魔法使いが居ると……言わなくても分かる。

 魔法の授業に付いて行けず、引っ込み思案の私と友達になってくれる人なんて指の数程しか居ない。

 今にも逃げ出したくなる私にお婆ちゃんは優しく語る。


「やけん良か気分転換になるばい。東京の高校は魔法使いが少なかけんね」

「それやと逆に目立つばい……目立って秘密が知られるくらいなら目立たん方がよか。知ったらがっかりするけん……」

「大丈夫ばい。東京に居る孫も魔法使いとしてはあおちゃんと同じやけん。それに魔法で何ばするんかが一番重要ばい」


 秘密を知ったら皆がっかりする。

 他人が勝手に抱いた思いや想像を押し付けられても迷惑だが、実際に体験すると心が灰色になり、悲しくなる。

 お婆ちゃんは別れを惜しむ様に言う。


「じゃあ行ってきんしゃい、あおちゃん。綾子によろしゅうね。東京は方言使わんけんね」

「分かっとーばい……行ってくると」


 気を許した相手やテンパってる時に博多弁が出てしまう私のクセ。

 気の無い返事に不安を抱かせてながら私はお婆ちゃんと別れ、東京に飛び立った。


 ******


 あれから日付が変わり、明朝には八重洲口にある高速バスターミナルで降りて電車でホームステイ先に向かった。

 ホームステイ先はお母さんの妹の家だ。

 通称『魔女叔母さん』

 東京の西。立川市に住んでおり、そこで魔法石を使ったガラス工芸品を売っている。

『魔女叔母さん』の綾子さんの子、つまりは私の従姉妹の美咲ちゃんも魔法使いだ。

 従姉妹と言っても私と同い年で、小さい時は私も立川に住んで居た。

 東京に居る数少ない友達で、東京の友達は従姉妹しか居ないと断言出来る……自慢じゃ無いけど。

 悲しい自慢を思いながら慣れない深夜バスで眠れなかった所為が、はたまた東京駅の迷路みたいな乗り換えに疲れたのか知らないが、事前に綾子さんがくれたメールの指示通りに中央線高尾行きに乗り込んで椅子に座るなり寝てしまった。

 体が揺さぶられている。

 両隣には人肌の温もりが感じて温かい。

 しかも目の前には何か人らしき物がある気配がする。

 そして何処からか機械の音声案内が流れ始めた。


「次は立川、立川。Next Tachikawa station。お出口は右側です。青梅線、南武線、多摩都市モノレールはお乗り換えです」


 その瞬間、私は瞳を見開いて叫んでしまった。


「お婆ちゃん!!」


 お婆ちゃんと叫んでしまい辺りを見回すとスーツ姿のおじさんからお兄さん。学生服を着た私と同じくらいの女の子にランドセルを背負った小学生までもが、私を見ている。


「あ……す、すみません!! 痛っ!?」


 恥ずかしくなって慌てて立ち上がり謝ったが、つり革に頭をぶつけてしまう。

 頭を擦りながら座ると小学生や学生達が私を見て笑っている。

 サラリーマンのおじさんやお兄さんは新聞やスマートフォンに視線を落とす。


 恥ずかしかばい……お婆ちゃん


 お婆ちゃんに助けを求めるが、そこにはお婆ちゃんは居ない。

 そうこうしていると電車が到着し扉が開く。


「立川、立川。次は豊田に向かいます。青梅線は1、2番線。南武線は7番線より川崎行きが発車します。多摩都市モノレールへのお乗り換えは改札を――」


 構内アナウンスを聞きながら私は窓から外を見る。

 目の前には小さなビル群が建ち並び、熱い日射しが私の肌を焼く。


「これが立川……うちが知っとー立川とはちょっと違うなぁ」


 発車アナウンスが鳴る。


「お待たせしました。中央線快速電車高尾行き、間もなく発車致します――」

「ま、待ってくれん! う、うち降る!! 」


 方言で叫んでしまい恥ずかしくなる。

 電車内の情報画面には朝の時間だった為か、多くの通勤客が行き交い、思わずつまづいてしまう。

 盛大にホームに転けてしまう私。

 痛さに耐えながらスカートを直しては膝を払う。

 周りの人達は私の盛大なずっこけ振りを見てクスクス笑っている。


 恥ずかしかばい……それに膝痛か……。


 膝は少し擦りむいて血が出ていた。

 あまりの幸先の悪さに自分の幸が薄いのを痛感してしまう。

 そんな幸が薄いであろう私の後ろから誰かが声を掛けてきた。


「大丈夫? 良かったら、これ使います?」

「え?」


 振り向くと私と同じくらいの年頃、黒髪の男の子が居た。

 その男の子を見た瞬間、私の胸は何故だか一瞬高鳴った。そして手にはハンカチを持っている。

 私が戸惑っていると男の子は私の膝を見た。


「血が出てるよ、ほら」


 男の子が座り込み、膝から出る血を優しく拭いていく。


「だ、大丈夫です!」


 慌てふためく私の言葉なんか無視して彼は手当てを続ける。


「大丈夫じゃないよ。傷口から菌が入って化膿したら大変だから」


 男の子が自分の鞄から未開封の水のペットボトルを取り出してはハンカチを濡らして傷口を拭く。

 膝から何とも言えない痛みが襲いかかる。


「○☆#%&*§ッ!?」

「はい終わり。あとは駅前のドラッグストアで絆創膏を買うといいよ」


 男の子は膝にハンカチを縛ってくれたのだが、私は恥ずかしくなり、またもや叫んでしまった。


「す、すみません!! 治療ありがとうございました! お礼は後で四季島家の名にかけて誠心誠意対応しますので失礼します!!」


 恥ずかしくてその場には居られず、私はホームの中央に向かって走り出してしまった。

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