第2話 私の知らない色の街
親切にしてくれた男の子から逃げて行く私。
エスカレーターを駆け上がって行くと、そこには私の知らない立川が広がっていた。
右手を見ると天井には南武線と書かれた電光掲示板にデパ地下みたいな食品売り場。左手に振り向くと幾つもの飲食店があり、中には本屋が見えた。
「どうしよう、私の知らない立川だよ……」
浦島太郎状態の私に駅員さんが声をかける。
「あの、お困りですか? もし良かったらご案内します、お客様」
「お客様?」
振り向くとそこには駅員の制服を着た女性。
グレーのパンツに桜色のシャツ、手にはサラリーマンのお兄さんが持っていたやつよりも大きくてタブレットを持っている。
「いえ……困っているというか」
なんて答えればいいか言葉に詰まる。
ここは立川だけど私の知っている立川じゃなく、私の知らない立川だ。
知らないお店に、知らない人達。
唯一中央線や青梅線、南武線は私の知ってる立川でも走っている。
そして咄嗟に。
「あ、あの! こ、ここの場所って分かりましゅか!?」
あれ……私ってば何回噛んだのかな。
自分の引っ込み思案と滑舌の悪さに嫌気がする。
そして駅員のお姉さんにまるでラブレターを渡す様に、綾子さん家の住所が書いてあるメール画面を突き出す。
お姉さんは驚いた顔をしていたが、私の突き出したスマホを見てくれた。
「あ~砂川五差路近くね。改札を出ましたら北口に向かって下さい。モノレールなら砂川七番駅で下車してからバスです。バスは大山団地行きか、東中神北口行きの立川バスに乗って下さい。間違って西武バスに乗らない様に、バス停番号は2番です。同じバス停でも行くバスと行かないバスがありますからね」
親切にお姉さんがタブレットを使って案内してくれた。
地図が画面に表示され、なんと立川駅と泉町にピンが指されており、幾つものルートが表示されている。
「ありがとうございます!!」
お姉さんに何回も頭を下げて私は改札に走り出した。
中央改札と書かれた黄色い看板がある改札が目の前に。
皆はスマホやカードをタッチしたりしている。
私もスマホをタッチすると。
ブーッ!!
盛大な警告音に改札のバーが閉じた。
機械音声で「もう一度触れ直して下さい」と連続して言っている。
「あ、あれ!? どうして、えい」
もう一度触れるが再び警告音と機械音声が私を通さない。
「ど、どうしよう……」
何回も試すが一向に改札は開かない。
あたふたしてると男の駅員さんが近付いて来た。
「お客様、チャージ金額は大丈夫ですか? チャージ不足なら駅員室の横にチャージ機がありますから。もしくは現金精算が出来ますよ」
「チャージ? あっ!?」
駅でスマホにチャージしたのは良かったが、余計なお菓子を買ってしまい、チャージし忘れた。
おまけにチャージ分しかお金持ってなく、財布にはお婆ちゃんからのお土産が。
「あ、あの……ポンドって使えます?」
「え? ポンド?」
あれ? 女王様紙幣使えないの日本? スタンスの私に対し、段々と駅員さんの雲行きが怪しくなる。
「お客様、失礼ですがお金は持っていますか? 無いなら駅員室まで来て下さい」
「え!? あ、あの……」
どうしよう……。
上手く答えられなくて困っていると不意に改札のバーが開いた。
「駅員さん、すみません。この子は俺の知り合いなんですよ。俺の分の運賃は駅員室で精算します。国立駅から乗車したんで」
優しい声の方を見ると、さっき助けてくれた男の子だ。
それに赤いメガネにツインテールの知らない女の子もいる。
その女の子が私に囁いた。
「隼に任せときなよ。ああ見えて優しい奴だから」
「は、はい……」
その後は隼さんのお陰で無事に改札を出れた。
駅員室から出てきた隼さんに何回も頭を下げて感謝する。
「ありがとうございます!! 先程も助けていただき……お礼は四季島家の名にかけて誠心誠意対応しますので!」
「いや、別にいいよ。困ってたのを見ない振りは出来なかったしな。あとお金持ってなさそうだからコレ使いなよ」
何回も頭を下げて感謝する私に隼さんは照れくさそうに手を振り、そして小さな銀色と緑色のカードを渡してくれた。
因みにお金は持ってます! ……女王様紙幣だけど。
「あの……コレって?」
「予備の交通カード。1000円だけチャージしてあるから。都内ならそれだけで大丈夫な筈だよ」
「何から何までありがとうございます!! お礼は四季島家の名にかけて誠心誠意対応――」
「もう分かったから大丈夫だよ。俺たち近くの高校に通ってるからさ、もし会ったらお礼はそん時でいいよ」
その光景にツインテールの女の子が笑い出す。
「あはは、あなた面白いね! 見たところ私達と同い年? 見たこと無い制服も着てるし」
「は、はい。一応高校2年です」
「ウソ高校2年? 私達とタメじゃん」
「え……タメ?」
一人脳内グルグル思考していると隼さんが女の子に声をかけた。
「藤堂やめろよ、何か困ってるぽいし。俺達も行かないと遅刻するぞ」
「お、真面目の隼君は言うことが違うね~」
隼さんとツインテールの女の子が歩き出し、何だか分からないけど何かこのままだとダメな気がして咄嗟に聞こうと声を上げる。
「あ、あの! 砂川五差路に行くにはモノレールとバス、どっちが早いで――痛ッ!?」
またもや足がつまづいてしまい転んでしまう。
しかも盛大に転んでしまい、今度は額を擦りむいてしまった。
しかもスマホが壊れてしまい、お気に入りのイルカのストラップが割れている。
やっちゃった……。
あまりの突然の出来事に隼さんとツインテールの女の子の瞳が見開いている。
「ちょっと大丈夫?」
立ち上がった私の額を心配そうに見つめるツインテールの女の子。
自分のどんくささに恥ずかしくなり赤面してしまう。
「は、はい。大丈夫ばい……」
「ばい?」
「なっ、何でも無いです!」
恥ずかしくて早くこの場から立ち去りたい。
そんな私の心情を察したのか、隼さんが答えてくれた。
「砂川ならバスの方が安いよ。けど同じバス停でも行くバスと行かないバスが――」
「あ、ありがとうございます!! 先を急いでいますので失礼します!」
1分1秒でもいいから早く立ち去りたかった為に走り出してしまう。
行き交う人達を避けながら切符売場を駆け抜ける私。
なんか隼さんが私に向かって叫んでいる。
でもごめんなさい。
今は恥ずかしゅうてこん場から早う居らんくなりたかばい!
私の知ってる駅ビルに知らないお店。
交番の隣には壁画。
全部が新鮮な光景。
そして人口的な光に包まれた構内から自然光が暖かく射し込む世界に私は飛び出した。
目の前に広がる光景に私は驚いた。
空中庭園みたいな場所に私は立っている。
正面にあるビルの外壁には大きな液晶画面が備え付けられており、その液晶画面に映る鮮やかで綺麗なお姉さんが映っている広告。
左手を見ると一際大きなビルが立っている。
そんな私を熱く、また強くて情熱的な太陽の光が照らす。
「えっと、バス停番号は……」
確か親切な駅員のお姉さんは2番と言っていた。
右手を見ると地上に続く階段。そして案内板には1番と2番のバス停と。
直ぐに見つけられてラッキーと思い階段を駆け降りて行くと白と赤のコントラストに塗られたバスが奥に止まっている。
しかも丁度発車する時間みたいで何やらアナウンスをしている。
「ま、待ってくれん! 乗る! うち乗るけん!!」
またもや方言で大声を出しながら階段を駆け降りて行く。
あまりの大声に周りの人達が私を見ているが、今は目の前の好運を逃すまいと全力で走る。
最後の数段は飛び降りて地面に足を着けてバスに飛び乗った。
私が飛び乗るとバスの扉が閉まり走り出す。
周りを見ると目の前の席に誰も居ない為に、これまた好運と思い席に座る。
「良かった……これで綾子さん家に行けると」
内心ホッとしている。
改札から出られないというトラブルに見舞われた。
だが親切な人達に助けられて今の私はココに居る。
そんな私を天国から地獄に突き落とすアナウンスが――。
「この度は立川バスをご利用頂きありがとうございます。このバスは立川駅北口発、イオンモール行きになります。砂川五差路、大山団地方面には向かいませんのでお気を――」
「え……えええ!?」
その時私の脳裏には親切なお姉さんの言葉を思い出し、隼さんが何を言いかけていたのかを理解した。
無事に綾子さん家に行けるのうち!?
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