第3話 変わる色と変わらない色
私、
親切な駅員のお姉さんや隼さんのお陰で無事にバスに乗れたのですが、どうやらお婆ちゃん家がある砂川五差路には行かないらしいのです。
しかもスマホが壊れました!
正面を見ると行き先を告げる電光掲示板が次々とバス停を表示しており、恐らく料金表と思われる金額も表示され、みるみる内に金額が上がっていく。
「どうしよう……」
何処で降りればいいのか分からない。何処で降りて戻ればいいのかもだ。
するとバスのアナウンスが「次は災害医療センター」と告げる。
バスが停車して扉が開くと1人のお婆さんが乗車してきた。
お婆さんは座れる席を探しているが満席だ。
おまけにシルバーシートの座席に座っている人は席を譲らないし、寝てる振りなのか俯いている。
「あ、あの……良かったら座りますか?」
私が立ち上がって席を譲るとお婆さんは「ありがとうございます、可愛らしいお嬢さん」と会釈して席に座った。
私も会釈して挨拶し、つり革を掴みながら外の景色を眺めた。
青い外壁の建物に看板には黄色い文字が使われている。
家具みたいなシルエットが外壁に描かれており、私が住んでいた時にはなかった。
自分の日常であって非日常の景色を見ていると嫌な事を思い出してしまう。
「そうだ……砂川五差路にはどうやって行けばいいんだろ……」
小さく囁いたつもりだったが、私の1人言に答えてくれた人がいた。
「砂川五差路だったら、この先の泉町で降りれば大丈夫よ」
「え?」
誰かと思い辺りを見回すと目の前のお婆さんの声だ。
しかもお婆さんの口からは砂川五差路という言葉が。
「うち、砂川五差路に行きたかばい! 綾子さん……叔母さんの家が砂川なんで! あ…… 」
感極まってまたも方言で大声を出してしまった。
しかもバスの中で。
周りの人達が私を見る視線に嫌になり恥ずかしさが膨れ上がってしまう。
そんな私を見てお婆さんは優しく語りかけてくれた。
「大丈夫よ。砂川ならこの先にある泉町で降りればいいから」
「はい。あ、あの……ありがとうございます!」
頭を下げて感謝していると、これまたお婆さんの口から意外な言葉が。
「どういたしまして。席を譲ってもらったお礼よ。ね、それよりあなた四季島さん家の親戚かしら?」
「はい……四季島碧といいますけど」
「あら、やっぱり四季島さん家の子ね。どおりで美咲みさきちゃんに似てる訳ね。美咲ちゃんに伝えておいてくれるかしら、花火大会楽しみにしてるわって」
「は、はい……」
従姉妹の美咲ちゃんは高校生で花火師ではなかったはず……誰かと勘違いしてるのかな?。
それから親切なお婆さんと別れ、泉町と命名されたバス停に降り立つ。
「確かお婆さんの話だと、この先に五差路の交差点があって、信号を渡って左に向かって歩くと綾子さん家がすぐって……」
五差路の交差点に向かう途中、何やら背後の方からサイレンの音が近付いて来る。
振り向こうと横を向いた瞬間、何台もの消防車や警察車両が走り去った。
しかも歩いている五差路の交差点に向かって自転車に乗ったお巡りさんまでも。
そして何故大量の消防車が出動したのか直ぐに分かった。
五差路の交差点近くにある小さな野球グラウンドがあるのだが、グラウンドに大きな穴が空いているだ。
まるで爆発したみたいに穴が綺麗に掘られている。
しかも芝生も焦げているのか、消防士の人が消火ホースで放水している光景。
その近くに居る女子高生は警察官に平謝りしている。
艶やかな黒色の長髪をポニーテールに纏めている女子高生。
「気のせい……だよね」
その女子高生が何となく美咲ちゃんに似てると思った。
フェンス越しにその女子高生を見ていて何だか昔を思い出してしまう。
立川には7月の終わりに大きな花火大会をやるのだが、昔はよくお母さんや美咲ちゃんと一緒に花火を見た。
薄紫の朝顔柄の浴衣を着せてもらい、お母さんの手を握りながら花火を見た淡い思い出。
「このグラウンドは変わらないなぁ……」
道路を隔てて反対側には陸上自衛隊の基地があり、滑走路がある為に拓けているから花火がよく見えるのだ。
淡い思い出に浸っていると自転車を急いで漕いで来た女性が私の隣で叫ぶ。
「美咲ッ!! 何やってるのよ、人様に迷惑かけて!」
そうそう、従姉妹名前も美咲ちゃんっていうっちゃんね。……アレ?
「……み、美咲ちゃん!?」
「美咲?」
私の言葉に隣で叫んで居た女性が不思議そうに見ている。
「あ、あの……こ、これは……」
口ごもる私の顔を覗き込む女性。
「その顔……もしかてあなた、碧?」
「……はい……」
そよ風の様にか細い声で返事する私の手を女性は笑顔で握る。
「久しぶりね、碧! わたし綾子、分かる」
「わ、分かります……綾子叔母さん。小さい時以来なんで最初は分からなかったですけど」
方言を必死に抑えなから標準語で自信無さげに答える私の瞳を女性は真っ直ぐ見つめて聞いてくれる。
思わず握られた手から伝わる温かさがお婆ちゃんと一緒で優しい温もりが私の心を包み込む。
そしてお婆ちゃんの様に優しく抱きしめて囁いた。
「いらっしゃい、碧。まったく……福岡から転校するって聞いた時は驚いたわよ」
「あ、あの……恥ずかしです。皆が見てますし……」
「ごめんなさいね。つい叔母心で嬉しくなっちゃったわ。姉さんってば福岡に行ったまま顔出さないからさ。よろしくね、碧」
まるで隠す様に女性は瞳に浮かぶ滴を指で拭う。
すると警察官に平謝りしていた女子高生……美咲が走って来た。
「ごめん、お母さん。ちょっと警察署に行ってくるよ。なんか調書取るって、あと市長さんが話があるからって言うから……って、お母さん、この子誰?」
美咲ちゃんが私の事を不思議そうに見ている。
それも頭の先から足先まで。
「あなた、もしかして……」
そんもしかしてばい!
流石は美咲ちゃん!!
「……お母さんの隠し子?」
「えっ……えええ?!」
余りに突拍子の無い答えに思わず声を上げてしまう。
隠し子? 私が?!
どうやって返事したらいいか分からず、私があたふたしてると更に美咲ちゃんが――。
「だってお母さんや私の顔つきにも似てるし、どこかウチの家系に通じるモノを感じるしね」
「えっと……あの……」
流石は美咲ちゃん、昔から美咲ちゃんは勘が良い。
隠し子はちょっとだけ傷つくけど……。
すると綾子さんが私と美咲ちゃんを向かいあ合わせて立たせる。
「何バカな事言ってるのよ、この子ったら……。いい、この子は碧よ。福岡から来たの!」
「あ、道理で私の顔に似て可愛い訳……ええええええっ!!! 碧?! この子がっ!?」
美咲が今まで見せたこと無い顔を見せて驚いている。
私は恥ずかしさの余りに顔を真っ赤にしながら小さく小刻みに頷いた。
「ひ、久しぶりと……美咲ちゃん――っ!?」
自己紹介していた私を突然美咲ちゃんは抱きしめて来た。
あの別れ際と同じ、優しい香りが私を包む。
「やだ~方言超可愛いんだけど碧!! 福岡からって事は東京の魔法大学に行くんだよね、碧!」
「え?! ……う、うん」
「そっかそっか、やるな~碧! やれば出来る子だと思っていたよ碧! 偉い! 私と同じ立派な魔法使いになったんだ。あはは――痛っ!?」
高笑いする美咲ちゃんの頭を綾子さんが叩く。
「バカ!! 立派な魔法使いはグラウンドに穴は空けても復元魔法が使えます! まして人様に迷惑をかける様な魔法は使いません!」
「ごめんなさい……花火大会に向けて良い魔法花火を思いついたから、ちょっと試してみたくて――テヘっ!」
舌を出しながら謝る美咲ちゃんだったが、再び頭を叩かれてしまう。
「バカな事言わない!! うちはお婆ちゃんが市長さんや署長さんと同級生だから多目に見てもらってるけど、何回もグラウンドに穴を空けてたら市長さんや署長さんだって庇いきれません! 少しは反省しなさい!」
「は~い、反省してま~す。だって市長さんが今年は皆がビックリする様な花火魔法が欲しいって言う――痛っ!?」
またまた頭を叩かれる美咲ちゃん。
美咲ちゃんのお母さん怖い!
「今度バカな事言ったらお父さんに言いますからね、分かったの美咲!!」
「は、はい!」
凄い……あの美咲が素直に言うこと聞いている。
東京の四季島家ってなんか色々な意味で凄いし怖いよ。
その後は綾子さんが警察や消防、近所の人達に頭を下げて謝っていった。
だけど皆は苦笑いしながら頭を上げて下さいと言っている。
博多もそうだけど、こっちの四季島家も皆に好かれているんだと思った。
そんな事を思っていると美咲が声をかける。
「ねぇ、碧!」
「え? あ、あの……ちょっと美咲?!」
美咲ちゃんが私を抱きしめなから耳元で優しく囁く。
「碧、知らない街で苦労したでしょ? 大丈夫だった? お腹とか空いてない?」
その言葉に緊張の糸が切れる音が私だけには聞こえた。
自然に瞳が熱くなり潤んでしまう。
「うん……し、親切な人達に良うしてもろうたけん……大丈夫。スマホはぱげたし、お腹はちょっと……だけ……うわぁぁぁ~」
瞳から涙が流れ落ちては、頰を伝い、そして涙は真夏の大地に潤いを与える。
そんな私を美咲ちゃんは優しく抱きしめて頭を撫でながら、泣きじゃくる私を励ました。
「お~よしよし、まったく可愛いな~碧は。そんなに泣いてたら可愛い顔が台無しだゾ! ほら、笑顔笑顔。碧なら出来るよ!」
私の両肩を優しく掴みながら満面の笑顔を見せる美咲。
碧なら出来る。
その言葉に答える様に私は泣き顔から精一杯の笑顔を見せ、美咲はまた私を抱きしめる。
今度は強く――。
「ヤバッ!! 超可愛いよ碧! もう目に入れても痛くないよ!」
「あ、あの、流石に目に入れたら痛いと思う……」
「いいのいいの! 碧は可愛いんだからいいの! てか、ちゃん付けはヤメて。普通に美咲でいいよ。生まれたのは私が早いけどね」
満面の笑顔を見せる美咲に私は恥ずかしそうに答えた。
「うん……み、美咲……」
「はい堅~い! もう一度レッツトライだよ、碧!」
「えええ!? む、無理ばい! 絶対に無理ばい!!」
「無理じゃないよ、碧なら出来る。自分を信じて一歩踏み出せば、この世界は七色が輝く世界になるんだよ。碧次第でこの世界は灰色にもなるし、七色が輝く世界になる。大丈夫、一歩踏み出して自分の世界を少しだけ変えてみて」
あの時のお婆ちゃんと同じ言葉に胸が熱くなる。
昔からお婆ちゃんの口癖、自分次第で世界は何色にも変えられる。
雨が憂鬱と思えば憂鬱に。
晴れの日が気持ちいいと思えば気持ちいい。
たとえ雨や晴れでも考え方1つで苦しくなったり、楽しくなるって。
そして私は少しだけ自分の世界に色を加える……そう、ほんの少しだけだけど、大きな一歩――。
「……み、美咲……」
その瞬間、美咲は私の頭を撫でながら大喜びした。
「やれば出来る子だよ~碧!」
「は、恥ずかしいからヤメてよ、美咲!」
「お、いいねいいね、その調子だよ!」
じゃれ合う2人の背後から恐ろしい声が。
「美咲!! 早く警察署に行って謝ってきなさい! 終わったら学校よ!」
「え~学校は休みでいいじゃん。どうせ午後からは嫌いな英語と数学だし。それに碧に家を案内したいからさ」
「つべこべ言わずに早く行きなさい!!」
「は、はい!!」
美咲がそそくさと警察の車に乗り込むと警察の人が気を使ったのか、赤く灯っていた回転灯を消して走り出す。
美咲が素直に言うこと聞くなんて、やっぱり綾子さんって怖い!
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