第22話 一緒に帰ろう、そしてバイバイ

 教室に居る美咲の所に戻ろうと階段を降りていると、ちょうど美咲も私と立飛くんを迎えに行こうとしていたのか、ばったり階段で出くわした。

 しかも出くわすなり、美咲はニヤリと笑い立飛くんに言う。


「お、隼さん困りますね~。ウチの可愛い碧さんを独占してもらっちゃ。ちゃんと保護者である私の許可を貰わないとデートはダメだからね」

「み、美咲!? 違うからね、写真を撮るのを手伝っていただけだから!」

「ほぅ、写真ねぇ」


 いつから美咲が保護者になったのか分からないが、を立飛くんに与えたら流石に迷惑だと思われるから否定する。

 なにしろ立飛くんに変な誤解をされるのは何だか嫌だし、立飛くんや茜は私にとっては恩人だから。


 まだお礼を返していないが……。


「悪い、ちょっと四季島に助手を頼んだんだ。次からは美咲を通すよ。それにお陰で良い写真が撮れたよ、ありがとう」

「うん……分かればいいよ、分かればね」


 立飛くんの素っ気ない返事に思わず美咲も拍子抜けしてしまったらしい。

 そのまま立飛くんは階段を降りて行ってしまった。


「相変わらず隼はノリ悪いな~。碧もそう思わない?」

「そういう人だっているよ、真面目な人だから。それより、ごめん美咲――」


 私が頭を掻きながら立っている美咲の横をすり抜けて走り出す。


「ちょっ、碧!?」


 美咲の横をすり抜けて階段を見下ろす。

 そこには階段を降りていく立飛くんがまだ見えた。


 そして普段の私だったら言わないであろうことを口にする。


「ま、待って立飛くん!」


 私の言葉……願いが届いたのか、立飛くんは歩みを止めて階段下から見上げて私を見つめる。

 その瞬間、再び心が高鳴っては胸がドキドキしてしまう。


「あの……もし良かったら一緒に帰らない?」

「……え?」


 一瞬戸惑った様な表情を見せる立飛くん。


「それって四季島と一緒にってこと?」

「う、うん……」


 あれ? もしかしたら私と一緒に帰るのが嫌なのかな? 立飛くんあんまり感情が顔に出ない子っぽいし……。


 もしかして美咲も一緒の方が良かった? 立飛くん美咲とは仲が良いいっぽいから。


 そう思った私はつい余計な事? を言ってしまう。


「もちろん美咲も一緒だよ! あと茜も!!」


 気を利かしたつもりで言ったのだが、横目でチラッと美咲を見たら目頭を何故か押さえている。


 もしかしたら私、何か間違ったこと言った!?


 不安が心を駆け巡る中、立飛くんは私の瞳を見つめて言った。


「ちょっと待ってて、作業してた教室から鞄取ってくるから」


 その言葉に私の心が今までにない高揚感に包まれて私も直ぐに返事した。


「うん! うちも教室に鞄置きっぱなしやけん校門で待っとー!」


 つい嬉しさの余り博多弁で喋ってしまったが、そんな些細な事はどうでもよかったし、立飛くんと一緒に帰れる事が嬉しいと思った。


 例え立川駅まで歩いて直ぐに着いてしまうと分かっていても……。


 立飛くんがカバンを取りに行くと言って私の前からいなくなると美咲が苦笑しながら私の肩を優しく掴む。


「碧……隼が可哀想だよ」

「えええ!? 私、何か間違っていたの!?」

「いや……うん。分からないならいいんだ、分からないならね。隼も将来は苦労するなって思っただけ」

「何よそれ!?」

「あはは、知らなーい。自分で考えてみたら?」


 笑いながら階段を駆け下りて行ってしまう美咲に1人取り残された私。

 周りを見ると既に明かりが消えている教室が目立ち、何より廊下の明かりが間引かれていてちょっとした恐怖を煽ってくる。


「ま、待ってよ、美咲! 置いてかないでよ!」


 一瞬背筋に寒気を感じ、恐怖を掻き消す様に美咲の名前を呼んでは走りながら私も教室に置いてあるカバンを取りに行く。


 ******


 無事、心霊現象に遇うことなく校門に辿り着いた私。


 大半の生徒も一緒に帰る時間だったらしく、自転車を押しながら友達と帰る生徒や、心配した親が車で迎えにきた生徒もいる。


 そして校門には美咲に茜、立飛くんに珍しくヒロミくんもいた。

 そのヒロミくんが立川駅に向かって歩いてると私を見るなり言ってきた。


「碧、さっきの裁判演劇上手かったぞ。即興の割には演技に熱が込もってた」

「そ、そうかな。ドラマや逆転裁判ゲームの真似しただけだから……」


 そう、無我夢中に演じただけだ。それこそドラマや逆転裁判ゲームの真似をした。


 実際、逆転裁判ゲームはいつも逆転されて敗訴していたが黙っておこう。


「いや、初めてにしてはいい線いってるよ。まだ演劇部の役職が決まってないなら、役者をやってみないか? 碧なら良い役者になれると思うんだよな」


 突然のお誘いにビックリしてしまう。

 流石はリア充男子ヒロミくん、サラッと持ち上げてきた。

 どう答えていいか迷っていると美咲が私の体を掴んで引き寄せる。


「ダメよ、碧は私の助手なんだから。それに碧にチャラ男菌がうつるからあっち行け」

「あはは、勧誘失敗か~残念」


 美咲が身振り手振りであっち行けとジェスチャーを送り、それを笑いながら受け流すヒロミくん。

 残念と言いながら残念がってない所がリア充男子と思ってしまう。

 そこに茜も加勢してきた。


「碧は衣装部門が欲しいわよ。只でさえ衣装部門は人手が足らないんだから」

「えー碧は私の助手で決まってるの。魔法が使える子は特殊効果部門だよ」

「じゃあさ、碧に決めてもらうってのはどう?」


 茜の突然の提案に美咲にヒロミくんは頷き、立飛くんは黙って少し先を歩いている。


 ごめんなさい、立飛くん! 一緒に帰ろうって言っておいて私……。


「えっと……私は皆の役に立てれば構わないよ。それに金丸部長が言ってたよ『今年の演劇は全員にスポットライトを当てるから』って。あれって全員が役をやると思うし……」


 苦し紛れに金丸部長の言葉を持ち出す。

 しばらく沈黙が流れると茜が切り出した。


「ま、確かに。全員が役をやるなんてあんまり無いからね。衣装部門担当リーダーとしては大変だけど腕が鳴るし」

「あ、私も。今年はどんな特殊効果魔法で演目を盛り上げてやろうかと思うとワクワクするもんね」


 茜と美咲がヤル気に満ちているとヒロミくんが横から「美咲、魔法が失敗して演目を壊すなよ」と茶化して美咲とじゃれ合う。


 そんな風に話が盛り上がっていると遂に立川駅に着いてしまった。

 学校から立川駅まで全く立飛くんと喋れなかったと思った瞬間、茜がスマホを取り出した。


「ねぇ、碧。連絡先交換しようよ、そうすれば連絡取りやすいしさ。どっか遊びに行く時に誘いやすいから」

「お、茜ナイス! 碧、俺のも頼むわ」

「う、うん」


 茜やヒロミくんと次々に連絡先を交換していくと、その光景に美咲がため息を吐きながら立飛くんの背中を叩いた。


「ほら、隼! アンタもスマホを早く出す!」

「お、おう……」


 ぎこちなくスマホを差し出す立飛くんに私も何故か緊張しながら連絡先が表示されたQRコードを読み取ってアプリ画面に立飛くんの名前と猫のアイコンが表示された。

 あ、立飛くんのアイコンって猫なんだ。ちょっと可愛いかもなんて思っていたら別れの時が訪れる。

 ヒロミくんはバスの時間がヤバいと言って先に走って行き、私と美咲は改札まで見送ることに。

 そして改札を通るなり茜は手を振って別れの言葉を言った。


「じゃあね~美咲、碧」


 私と美咲も手を振って返した。

 そして立飛くんも茜と一緒の電車なのか、2人が歩き始めようとする背中を見つめる。


「行っちゃった……」


 結局、立飛くんとは全然喋れなかった。

 勇気を振り絞って言ったのにとちょっと残念に思っていると――。


「四季島!」


 その声に心が高鳴る。

 例え姿が見えなくても誰だか直ぐに分かった。


 振り返って改札を見るとそこには立飛くんが立っていた。


「じゃあな、四季島。また来週!」

「うん! バイバイ、立飛くん!」


 短い言葉を交わしただけだったが、何故か私はそれだけで満足……大満足だった。


 2人と改札で別れて、帰りのバスに揺られながら車窓を眺めていると私のスマホが鳴った。

 メッセージアプリに誰からのメッセージが届いたらしく、アプリを開いて確認すると立飛くんからだった。


「えええ!?」


 思わずビックリしてスマホを落としそうになる。

 そしてメッセージには――。


『今日は手伝ってくれてありがとう』


 絵文字や顔文字も無いシンプルな文面にクスっと笑ってしまう。


 なんか立飛くんらしいな。


 そんな事を思いながら私も急いで返信した。


『どういたしまして』


 猫のアイコンだったから猫好きと勝手に思い込んで猫の顔文字を付けて返信する。

 すると直ぐに既読がつき返信がきた。


『また来週、おやすみ』


 シンプルな文面に私も直ぐに返信する。


『おやすみなさい 』


 その画面を見ながら私の頬は揺るんでいたらしく美咲が聞いてきた。


「あれれ~碧さん、何かとーっても良い事ありました?」

「べ、別に何もないから!」

「お、怪しいですね~」


 その後、家に着くまで美咲の追及は終わらなかった。

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