第21話 過去と現在
立飛くんの指示通りに3脚を拡げて床に置き、そこにレンズを交換した一眼レフを3脚にセットしてカメラの画面を弄っていく。
手伝いと言っても私は3脚を床に置いただけで特に何かをした訳ではない。
あれ……これって私が別に手伝わなくても大丈夫だよね。ま、いっか……美咲も細かい事は気にしない気にしないってよく言ってるし。
そう思っていると立飛くんがカメラの設定画面を弄りながら話しかけてくれた。
「星の撮影と言っても特に俺が何かをする訳では無いんだよね。シャッター速度とISO感度とかを弄るだけなんだ」
「へ、へぇ。そうなんだ」
シャッター速度? ISO感度? まったく分からん! 明日にでも駅ビルの書房に行かな!!
まったく分からない専門用語に取り敢えず相づちを打つ。
写真なんてスマホ以外で撮った事がないさ、初心者で申し訳ないとさえ思ってしまう。
「四季島、何か飲みたい物ある? 自販機で何か買ってくるけど」
「え!? あ、えーと……み、ミルクティーかな」
「了解。じゃあカメラを倒れない様に見張っておいて」
「わ、分かった!」
緊張して声が変な風に上ずってしまった。
恥ずかしくて顔を赤くする私を見ては、立飛くんは少し笑いながら階段の方に向かって行く。
「あー緊張したと……」
緊張が解け胸を撫で下ろしてはカメラが倒れない様に見張っていると背後から―――。
「四季島」
「は、はい!?」
いきなりの事に背中をビクっ! っとビクつかせてしまう。
振り向くと立飛くんがいて――。
「ミルクティー、ホットとアイスどっち?」
「あーアイスで!」
突然の事にまたも声が変な風に上ずってしまった。
でも立飛くんは今度は表情を変えず、ただ「分かった」とだけ言って私のアイスミルクティーを買いに行った。
******
あれから立飛くんがミルクティーを買いに行ってる間、私はカメラと睨めっこしていた。
カメラはまったくの初心者だが、質感からしてかなり高いはず。
それこそ高校生には買えないくらいの値段かも知れない。
そんなカメラをあろうことか私の指先が触ろうとした瞬間、頬から伝わるキンキンの冷気。
「ひゃ!?」
驚いた私の指先がカメラの3脚に触れてしまい揺らいでしまう。
「四季島!?」
立飛くんの声。高いカメラのはずだから私のせいでカメラを壊したらマズイと思い、3脚を抱き抱える様に抱き締めた。
「あ、危なかった~」
見事に3脚に備え付けられたカメラは無事だった。
壊れてしまったらマズかったし、私の貯金で買えるかどうかも分からない。
一心不乱に体が動いてしまった。
「悪い、四季島。大丈夫か?」
「……大丈夫。カメラも大丈夫だよ」
私が自慢気に3脚に備え付けられたカメラを見せると立飛くんは急に笑いだした。
「バカ、カメラなんて放っとけばいいよ。どうせ親父のお下がり……いや、爺さんからのお下がりか」
「尚更ダメだよ! そんな大切な物は!」
立飛くんのお爺さんから譲り受けた大切な物を私の不注意で壊しら謝って済む問題じゃない。
だけど立飛くんは私を起こしてはカメラを受け取る。
そしてカメラの画面を見ながら壊れていないか確認していた。
「大丈夫だよ、親父も何回か落っことしてるから。けどありがとう。四季島のお陰で壊れていないよ」
「そっか、良かった~」
胸を撫で下ろしていると立飛くんがカメラの画面を私に見せる。
「ほら。街中だと光害が邪魔して高地みたいに上手く撮れないけど、それなりに綺麗に撮れてるよ」
その画面に写る星は円を描く様に光の線を描いている。
「本当だ、テレビで見たのと一緒……」
夜空の真ん中に輝く一点の星を中心に、周りにある星達が円を描く様に踊っている様に私には見えた。
そして次第にブレた画面に……。
「ごめん、立飛くん。最後は私のせいだね……」
「別に大丈夫だよ。四季島のお陰でカメラは無事だし。でもこのカメラ、親父の初恋相手を撮ったカメラだから無事で良かったよ」
「えええ!? 初恋相手!?」
そんな大切な物を壊さなくて良かったと~。
それから私達はミルクティーとお茶を飲みながら立飛くんがお父さんの話してくれた。
立飛くんのお父さんが撮った写真が躍動感溢れる様に見える為に、ファッション雑誌によく呼ばれるらしい。
中でも事務所が売りだそうとする新人モデルを頼む事が多いらしく、立飛くんのお父さんに撮られた新人モデルはそれから急に売れると。
「美咲から聞いたんだけど、立飛くんのお母さんも元モデルなんでしょ。もしかして初恋相手ってお母さん?」
話の流れからしてそうかと思ったが、立飛くんの答えは違った。
「ちょっと違うかな。親父の初恋相手はもう亡くなってるから」
「え?」
その初恋相手とはお父さんが学生時代に初めて会ったらしい。
そう、ちょうど今の私や立飛くんと同じ高校2年だったと。
2人はいがみ合いながらも気の合う仲だったみたいで、短い間だったが付き合っていたと聞かされた。
その彼女は元々芸能人だったらしく、高校2年の春に転校してきては、その年に病で亡くなった。
病の所為で芸能界から退いたが、病気が快方に向かった為に学校生活を送りたいという本人の希望を叶えたが、どうやら病は彼女が知らない間に体を蝕んでいってらしい。
「親父は海外に行ってばかりなのは、どうやらその初恋相手の夢を叶えてるらしいんだ」
「叶えるって、もういないのに?」
「俺もそう言ったんだけど、親父が言うには遺品の中にあった手帳に書いてあったんだよ『元気になったら行きたい場所』って」
「……行きたい場所?」
「ああ。イギリスのロンドンで時計塔に行きたいとか、アラスカのオーロラを見たいとかね」
それは彼女が立飛くんのお父さんと一緒に行きたかった場所だと何となく分かった。
病に犯されながら書いた願いを彼女が亡くなった後でも願いを叶える為に立飛くんのお父さんは旅をしているんだ。
「けど立飛くんのお母さんは何も言わないの?」
そう、普通だったら前の彼女の願いを叶える為に家を空けていたら怒る。
いくら特別の事情があってもだ。
「それに関しては許してるみたい。四季島……そろそろ下校時間だから美咲達の所に戻ろう」
「うん」
その初恋相手は
もう20年前の故人だが、立飛くんが片付けている間にスマホで調べてみた。
当初は子役からスタートしてモデルや俳優活動をしていたが芸能界を突如として休業。
一時は芸能界を引退したと囁かれていたが、その後は復活した新人カメラマンの登竜門雑誌『月刊ニューエイジ』にて表紙を飾り電撃再開したと書いてある。
その雑誌『月刊ニューエイジ』に写る彼女は20年の時を越えても尚、躍動感溢れる笑顔を画面越しに私に見せてくれた。
まるで写真であって、写真じゃないかの様に。
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