第5話 褪せてしまった色と眩しいくらいに輝く色

幼い私はお母さんから魔法を教わった。

 教わった魔法が上手く出来るとお母さんは褒めてくれて、この言葉を言ってくれた。


『流石は私の可愛い娘』


 その言葉を聞きたいが為に私は必死に魔法を勉強しては、よくお母さんに見せた。

 だけど次第にお母さんの顔色が悪くなり、1回だけ病院に検査に行き、そこからお母さんは変わっていった。

 前みたく笑わなくなり、次第に私に対して接する態度が怖くなる。

 幼い私が間違うと激しく叱責された。

 私が視界に入るだけで怒られた為にお父さんとお婆ちゃんはお母さんから私を遠ざけてはよく喧嘩している光景。

 私はその光景が嫌で嫌で、よくベッドの中に逃げていた。

 ベッドの中に逃げては光を出す魔法で中を照らし、気を紛らわそうと絵を描く私。

 幼い私にはどうしようもない嫌な現実。

 逃げたくても逃げられない現実という名の津波が私を襲い、私から感情を……楽しい事や嬉しかった事を奪っていき、苦しい事や嫌な事を私の心に置いていく。

 そして暫くするとお母さんは入院して、私は魔法が上手く使えなくなってしまった。

 どんなに練習をしても魔法は上手く出来ずに失敗する。

 それこそ星の数ほどの失敗。

 今も暗闇の中で必死に魔法を勉強する幼い私。

 そして私の目の前で魔法を練習する幼い私に一言囁く。


 そこが限界なんだよ。


 お母さんが言った通りの中途半端な魔法使いさん。


 その言葉を聞いた瞬間、幼い私は今にも泣き出しそうな悲しい顔で私を見て――。


「碧、起きてよ。夕食だよ」

「……え……美咲?」


 目を開けると目の前にいるのは幼い私ではなく、私の顔を覗き込む美咲の顔。


「あ……ご、ごめん。私、知らない間に寝ていたみたい……」


 体を起こすと机に体を預けて寝ていたらしい。

 そんな私を見て美咲は笑顔で親指を立てる。


「大丈夫大丈夫。疲れていたんだからしょうがないよ、碧の可愛い寝顔も撮れたしね。むふふ、これは四季島家の家宝ですな」


 美咲の手にはスマホが握られており。私がソレを見つめていると美咲が説明してくれた。

 スマホを見せてくると、そこには机に体を預けながら寝ている私が写っている。

 しかもちょっとバカっぽい寝顔で。


「へ~。……って、ちょっと美咲! 勝手に撮らないでよ!」

「やだよ~だ。可愛い寝顔なんだからいいじゃない、でも碧の彼氏には見せられない顔だね~」

「も~美咲! それにうち……彼氏おらんもん!!」


 今までに無いくらい方言で、しかも大きな声うち彼氏おらんもん!! って叫んだ私。

 その瞬間、美咲は私の肩を掴みながら言う。

 ちょっと笑いを堪えながら――。


「碧……ドンマイ!」

「なんだろう……凄くバカにされてる事だけは分かるよ、美咲」

「大丈夫! 碧、可愛いから彼氏なんてすぐに出来るよ。あはは」


 高笑いする美咲が悔しくて私は渾身の一撃を美咲にボソッと言い放った。


「美咲だって彼氏おらんくせに……」

「ぐっ!?」

「だいたいウチの家系は奥手だからね」

「ぐはっ!? 反論出来ない……さすが碧。破壊力が半端ない……か弱い美咲ちゃんをイジメんでおくれ……」


 打ち拉がれた美咲が床に疼くまって泣いてる振り? なのか分からないが流石に言い過ぎたと思った。

 私がしゃがみ込んで美咲の肩に触ると――。


「美咲、ごめん。流石に言い過ぎ――」

「ハイ、隙あり!」

「きゃ!?」


 いきなり美咲は私の頬を左右で掴んでは伸ばす。


「可愛げのない事を言う口はこの口か~!」

「ちょっとやめてよ、美咲~!」


 白い頬を左右に引き伸ばし、私の顔を見て笑う美咲。

 私も負けじと美咲の頬を引き伸ばして笑う。

 互いに引き伸ばされた頬を擦りながら美咲が私の顔を見る。

 綾子さんと同じキラキラした琥珀色の瞳。

 私とは違う琥珀色。


「あ~笑った笑った。少しは元気になった? 碧」

「え?」

「だって碧、寝ている時うなされていたよ。しかも眉間にこんなシワを寄せてね」


 美咲が私の顔真似をする。

 似ても似つかない表情。


 それでも美咲の顔は輝いて見える。


 何で輝いているの?


 何で私には出来なくて、美咲には出来るの?


 私と美咲は何が違うの……。


 美咲は私の寝顔を真似していても輝いている。


 まるで七色が輝く世界みたいに。


「はい、碧。ソレ拭いたら、一緒にご飯食べよ」

「ソレ?」


 すると美咲は答える事なく、そっと私の頬を伝う思いの結晶を指差した。


「どんな夢だったかは知らないけど拭きなよ。せっかくの可愛い顔が勿体無いからさ。そして一緒にご飯食べて、温かいお風呂に入って嫌な事は忘れる! ね?」

「うん……ありがとう、美咲」

「ノープロブレム! 偉大な魔法使い美咲にかかればこんなもんよ、あはは」

「何よソレ、ふふ」


 美咲の笑いにつられて私も不思議と笑顔になっていく。

 まるで魔法にかかったみたいに心が軽くなる。


「考えたんだけどさ、美咲。水晶占いで未来を見れば誰が彼氏くらい……」

「ハイ、スト~ップ! ネタバレ禁止! ネタが分かったら人生楽しくな~い!」


 どうやら美咲は未来の彼氏を知りたくないのか私の口を塞ぐ。


「でも誰か分かったら迷わないで済むよ」

「そうだけどさ……誰かと結ばれるのが分かったら人生楽しくないでしょ? せっかくなら楽しまないと人生損だよ、碧。悩むのも人生を楽しむ為の上質なスパイスだから!」


 いつもみたいに笑顔で親指を立てる美咲。


「そういうものかな……」

「そういうもんなの! 碧もせっかく東京に来たんだから楽しみなよ。人生は楽しんだ者勝ちなんだよ。方言も可愛いし」


 勢い良く階段からジャンプし、体操選手みたいなポーズを取る美咲。


「格好いい事言ってるけど、本当は怖いんじゃないの? 美咲」

「ぐっ!?」


 居間に向かう美咲の背中に鋭利で無垢な凶器が刺さる。

 それはまるで油切れしたロボットみたくぎこちなく振り向く美咲。


「な、なんのここ、事を言っ、ててるのかな? 碧。私は偉大な魔法使いになる女の子だよ」

「うちの家系の事だから分かるよ、美咲。好きな人いるんでしょ? いるけどウジウジしていて話も出来ないハズ」

「っ!?」


 何本もの無垢な凶器が美咲の心臓を貫いたのか、あの美咲の顔が赤くなり、左右の人差し指を互いにツンツンしながら――。


「うん……いる。映画館近くにある喫茶店の――」

「店員さん?」

「う、うん……」

「ふ~ん。喫茶店の名前は?」


 私が問い質そうとすると居間から綾子さんが呼ぶ声が。


「あ、は~い。ほら碧、急げ急げ!」

「えっ!? ちょっとまだ話が……」


 美咲に手を引かれて居間に向かう。

 あともうちょっとの所だったのに、逃げられてしまった。

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