第6話 大丈夫、居てもいいんだよ

美咲の好きな人が勤めている喫茶店の名前を聞きそびれたままに居間に来ると、テーブルの上には色彩豊かな料理が並んでいる。

 居間の奥を見ると綾子さんが見えた。


「来たわね。美咲、碧、早く席に着きなさい。お父さんももうすぐ帰ってくるからね」

「はーい。ほら碧、座って座って。私の隣でいいから」


 美咲が椅子を引きながら促す。

 私が座ると隣に碧。向かいに綾子さん。

 綾子さんが席に座るなり、私を見て笑いながら話し出す。


「お父さんったら碧の話をしたら早退するって言ってきたのよ」

「えええ!? わ、悪いですよ」

「平気平気。どうせ早退するならって、おつかいを頼んでおいたかから」

「お・つ・か・い・?」

「帰ってきたら分かるわよ。さぁ、料理が冷める前に食べましょう。今日の料理は碧の為に作ったから」


 そう言われた碧がテーブルに視線を戻し、皆で「頂きます」を言う。


 皆で揃って頂きますを最後に言ったのはいつだろう?


 そんな事を思いながら目の前にある煮物を1口食べる。

 温かく、そして優しいが私の口で広がっていく。


 忘れかけていた……忘れていた色が褪せた心に染み込んで、思わず私は――。


「なに碧、お母さんの料理が泣くほど美味しかったの?」

「……え?」

「ほら」


 美咲が私の頬を指さす。

 白くてか細い指先には思いの結晶が流れ星の様に流れ落ち、私の心から溢れる思いが言葉として流れ落ちていく。


「だ、だって……誰かと食べるご飯なんて久しぶりで……。お母さんは入院しとって……お父さんは仕事で普段家におらんけん。それに……博多じゃうちとお婆ちゃんな住む家が違うて、いつも1人で出来合いモノとか食べよー……やけん……うわわわぁぁぁ~ 」


 自分の溜めに溜めていた思いを吐き出し、私はまたも泣いてしまった。

 きっと私のお母さんが居たら怒られていただろう。「泣き言言っている暇があるなら少しでも勉強して、皆よりも良い学校に行きなさい!」と。

 だけど私がみっともなく泣いていると美咲は直ぐに私の事を優しく抱きしめ……そして。


「ごめんね、碧。寂しい思いをさせて。碧が良いならいつまでも居て大丈夫たよ」

「でも……」

「大丈夫、居ていいんだよ。碧は家族なんだからさ」

「う、うん……ありがとう……美咲」


 美咲に抱きしめられ、嗚咽を漏らしながら返事する私。

 その光景に綾子さんも優しく微笑む。


「よしよし、もう大丈夫だよ、碧。まったく碧は可愛いな~。目に入れても痛くない!」

「さ、流石に目に入れたら痛いよ……たぶん」


 前にも美咲から言われた褒め言葉? を訂正するが美咲はまったく意に返さなかった。


「へーきへーき! 目に入れても痛くないくらい可愛いってこと! それに碧は笑顔が1番可愛いよ。ほら、笑顔笑顔」


 泣き顔の私を見ながら七色が輝く笑顔を見せる美咲。

 相変わらず笑顔が輝いて眩しい。

 私もぎこちない笑顔で返す。

 きっと美咲の笑顔は輝いているけど、私の笑顔は何処か色褪せて見えているだろう。


「ん~まだまだ笑顔が硬いですな碧さん。これは特訓が必要だね」

「えええ!?」


 私のひきつる表情に美咲は笑って肩を叩く。


「冗談だよ、冗談。でも今の表情は良かった。碧の素顔がやっと見た気がしたね」

「素顔って……」


 ひきつる表情の何処に素顔があるのか分からないが、目の前にいる美咲は笑っている。

 私には出せない色の笑顔。

 そう……色褪せている私には。

 だけど何故だか美咲につられて不思議と頬が緩む。

 まるで忘れていた色を取り戻す様に。

 それを見た美咲は優しく微笑む。


「いい顔だよ、碧。すっごく可愛い」

「そ、そうかな……おかしくない?」


 美咲は首を振り、笑顔で親指を立てる。


「ううん、おかしくなんかない。ナイス笑顔、碧」

「……うん」


 少しは色褪せた私の心に色が戻ったのかな?

 小さくて幼い、あの日の私が少しだけ笑って私を見ている。

 ふとそんな事を思っていると居間に眼鏡をかけたスーツ姿の男の人が入って来た。


「ただいま。いや~中々決まらなくて参った参った」


 その男の人を見るなり、美咲が立ち上がり指をさす。


「おそいよ、お父さん。夕飯前には帰って来るって言ってたじゃん。私だって部活サボってきたんだよ」

「すまんすまん。会社の若い子や店員さんにどれがいいかリサーチしていたんだよ。そのお陰で良いのが買えたから」


 美咲との話しぶりを聞いていると、美咲のお父さんらしい。


「あ、お父さん。この子が碧だよ。博多から来たの」

「しきひま……四季島碧です、……じゃなくて、明彦さん」


 つい緊張して噛んでしまう。

 しかもお父さんじゃないけど言ってしまった。

 恥ずかしくて顔が赤くなり俯いてしまう。

 そして美咲のお父さんは眼鏡を直しながら私を見ている。


「いらっしゃい、碧。自分の家と思ってくれて構わないからね」

「はい……ありがとうございます」


 明彦さんは私に優しく笑いかけ綾子さんを見た。


「綾子さん、良い子じゃないか。美咲みたいにもっと元気があり余っている魔法使いだと思ったから、私はてっきり屋根の1つや窓ガラス2、3枚くらい割られていると思っていたよ」

「でしょ。お母さんの孫にしては珍しく行儀が良いし、まるで借りてきた猫みたいよ」

「ははは、違いない。美咲も碧を見習って、もうちょっとおしとやかになってもらいたいな。親としては元気が良いのはいいが、元気が良すぎる」


 綾子さんや明彦さんの笑いに「ちょっとお父さん!? 私そんな魔法使いじゃないよ!」と言いながら美咲の顔が赤くなる。

 楓お婆ちゃんはそんな光景を眺めなから笑っていた。

 すると明彦さんが紙袋を私に差し出す。


「そうそう、コレは碧にだ」

「私にですか?」


 紙袋を受け取り、中を見ると小さな白い箱が入っている。

 その小さな白い箱を取り出し、箱を開けると中には美咲が持っているのと同じスマホが入っていた。


「美咲から壊れたと聞いたんだ。碧も年頃の女の子なんだからコレくらいは必要だしな。扱い方は私達よりも美咲が詳しいから後で教えてもらいなさい」

「あ、あの……ありがとうございます。私、なんにもお礼が……」


 申し訳なさそうに喋る私に明彦さんは優しく肩を掴む。


「子供が親に遠慮しなくていいよ。美咲なんて遠慮なくお小遣いをせびってくるからね。それに碧は家族なんだからお礼は、その言葉で十分だよ」

「……はい。ありがとうございます、


 明彦さんが買ってくれたスマホを大切に胸に抱きながら、今出来る精一杯の笑顔を見せた。

 それを見た明彦さんはちょっと照れくささそうに頭を掻いて綾子さんに一言。


「あ、綾子さん。着替えてくるから夕飯の支度を頼みます。あと――」

「ハイハイ、分かっていますよ。ビールですね、お父さん」

「あはは……頼みます」


 明彦さんが居間から出ると美咲が抱きついてきては、私のスマホを羨ましそうに眺める。


「碧、いいな~。新しいスマホ買ってもらってさ。私だってお父さんに新しいスマホ買って欲しい~」


 まるで子供の様に言う美咲に綾子さんが「美咲は魔法に失敗した時に何回も直してるでしょ。スマホを直すのにいったい幾ら掛かると思ってるの」と言い、美咲を有無を言わせず黙らせる。


「ねぇ、美咲。後で……」

「分かってるよ。後で教えてあげるから」

「うん。ありがとう、美咲」

「ノープログレム。私にかかればスマホぐらい楽勝よ。でもその前に……一緒にお風呂に入ろっ!!」


 美咲が私の体をあちこち……主に胸を触っては、1人で納得した顔をする。


「碧……私よりも胸あるね、ビックリだよ」

「み、美咲!!」

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