第39話 群青色の花火

 凛子さんと別れた後、立飛くんと会ったのに会話をしない私に気を利かしたのか、綾子さんが切り出した。


「そうだ、隼君。悪いけど碧を九階のレストランで待たせておいてくれる? 私はお母さんにまだ用があるからさ」

「俺はいいですけど、四季島は……四季島さんは大丈夫なんですか? まだ病室で休んでいた方が……」


 心配そうな表情を浮かべながら私を見る立飛くんに、私はレストランに行って立飛くんと話をしたいと切り出せない。


 立飛くん、優しか。レストランで話をしたいけど、一応病人だから言い出せないし……。


「大丈夫よ。病室の景色より、レストランから見える景色の方が気分が良くなるから。病は気からって言うし。

「え?! あ~うん。そうとも言うかな、あはは」


 綾子さんからの肘突きに何かを察したのか、菫さんはわざとらしい笑いをしながら立飛くんの背中を叩く。


「やるじゃない、バカ息子。あんた、ボケ~っとしてるから母さん心配してたけど、いや~良かった」

「いや、何が良いのか全然分かんないから。あと背中をいきなり叩くなよ」

「男がいちいち細かい事を気にしない。ほら、早く碧ちゃんをレストランに連れてってあげなよ。こんな所で立たせてたら体に負担だから」


 背中を摩りながら立飛くんが私を見て。


「じゃ、じゃあ行くか? 四季島」

「は、はい……宜しくお願いします」


 いや、宜しくお願いしますってどういう事?! 緊張して変なこと言っちゃったよ!


 気温による暑さなのか、それともまだ体の熱が下がっていないのか分からないけど、私の頭はカ~っと熱くなってしまう。


 そして立飛くんの背中を見ながら歩き出すと美咲が手を挙げて。


「はいはーい! 私もレストラン行く! ここのレストランって富士山とか花火大会の会場がよく見えるんだよね!」


 美咲の空気読まない発言に綾子さんはガッシリと美咲の肩を掴み。


「あんたは会計してきなさい。母さん達は母さん達で話があるから。

「は、はい! 行って来ます!!」


 そう言うと美咲は回れ右して会計をしに行った。

 お母さんも怖い人だけど、流石は姉妹。綾子さんもお母さんに負けないくらいに怖いよ。


 ******


 九階にあるレストランに行く為、エレベーターで向かっていると立飛くんが壁に張られているポスターを見ている。

 ポスターには昭和記念公園花火大会と書いてあり、花火の写真と合わせて開催日が記されていた。

 何の変哲もない花火大会のポスターだが、唯一の違いは花火の色。

 赤やオレンジ、ピンク色でもない、昔お母さんと一緒に観た事がある群青色の花火。


「懐かしいな……今年は美咲が花火を打ち上げるんだろ? 四季島」

「え? う、うん。放課後とか休みの日に練習してるよ」


 そうだ。今年は美咲が魔法花火を打ち上げるって言っていた。

 月末の花火大会まで二週間を切ろうとしているなか、美咲は必死に魔法花火の練習している。

 それも私の練習に付き合いながらだ。

 美咲に何も返さなくて申し訳ないが、今の私じゃ魔法花火なんて打ち上げられないから足手まといになってしまう。

 そして立飛くんから出た言葉。「懐かしいな」が気になり、どういう意味かを聞こうとする。


「立飛くん。さっき言っていた懐かしいってどういう――」


 だが運が無いというか、間が悪い私。

 言いかけた瞬間にエレベーターのドアが開いてしまったのだ。

 そして患者さんや看護師さん、それとお見舞いに来たであろう人々が降りる中、立飛くんは開閉ボタンを押しながら私を見て。


「四季島。着いたけど降りないの?」

「え? ご、ごめんなさい。降ります……はい」


 自分の持って無さにガックリしながらエレベーターを降りた。


 ******


 眩しい夕日が窓から射し込むレストラン。

 お見舞いに来た人と会話を楽しむ患者さんや、急患で昼食を食べそびれたのか、看護師さん達が集まって食べている。

 私と立飛くんは、その眩しい夕日が射し込む窓側のテーブル席に座った。

 お互いに無言のままだったが、立飛くんが気を利かして「何か飲む?」と聞いてくれた。


「あ、炭酸系があったらお願いします……」

「了解。確かクリームソーダがあったから、それでいい?」

「うん」


 立飛くんが立ち上がって、券売機に向かう後ろ姿に私は大きい声を出してしまう。


「待って、立飛くん! お金……あ」


 お金を渡そうとしたが、スマホやお財布も持たずに手ぶらで来てしまった。

 多分お財布は綾子さんか美咲が持っているはず。


「ちょっと待ってて! 今、綾子さんの所に取りに行くから。まだ一階の待合室に居る筈だし……っ!?」


 急いで立ち上がったのがダメだったみたいで立ち眩みを起こしてしまう。


 体から力が抜ける感覚がして、テーブルに手を着こうとしたがそのまま体が倒れ込んでいく。

 だが床に倒れてしまったと思っていたが、体に痛みは無い。

 むしろ優しい香りが私を包み込み、瞳を再び開けると。


「大丈夫かよ、四季島」

「……え」


 顔を見上げると立飛くんの顔が目の前に。優しい瞳に、菫さん譲りの整った顔立ちが私の顔を見ている。

 その瞬間。私の鼓動は早くなっていくのを感じていき、体の芯から熱くなってしまう。


「ご、ごめんなさい!」


 私は突き放す様に立飛くんの胸に手を当てながら離れてしまう。


 ヤバい……今の仕草だとまるで私が立飛くんの事を嫌っているみたいに感じ取られるかも……。


 だけど立飛くんはそんな表情なんて一つも見せずに心配そうな表情を浮かべる。


「まだ熱があるんじゃないのか? 顔も赤いけど大丈夫なのかよ」


 そう言って立飛くんは何の躊躇いや躊躇も無く、私の額に手を当ててきた。


 え……ええーっ!?


「ん~まだ熱っぽいな。病室に戻るか?」

「あ、いや大丈夫だよ。ちょっと夕日にあてられて熱いだけだよ。ほら、私って暑いのが苦手だから!」


 もはや自分でも流石に無理がある言い訳だと思う。

 だけど立飛くんは聞き返す事なく頷いてくれた。


「そうだった。悪い、忘れていたよ。じゃあの方に座るか?」


 立飛くんが指差す方を見ると、そこは壁際のテーブル席。

 景色なんか全く見えないが、取り敢えず夏の夕日は当たらずに済む。

 だけど私は立飛くんと景色を観ながら会話したいと思い。


「ここがいい! ……ごめんなさい。ここがいいです」


 まるで子供が駄々を捏ねるみたいな言い方をしてしまい、恥ずかしくなって言い直した。

 そんな私を見ながら立飛くんはいつもみたいに柄がを見せて。


「分かった。じゃあ座って待ってて」

「うん。あ、お金は――」

「大丈夫。俺が払うから心配しないで」


 立飛くんは笑いながら私に財布を見せて券売機に向かって行った。

 私は夏の夕日を見ながら、ついイケナイ事を思ってしまった。


 ――立飛くんと話せるなら風邪を引くのも悪くないかも――。


 そして私はニコニコしながらクリームソーダと彼を待つ事に。

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