第40話 私が魅せてあげたい

 夏の夕日を背中に浴びながらメロンソーダを飲む私。

 目の前にはアイスコーヒーを飲む立飛くん。

 互いに話題を出さずに時間が過ぎていき、ちょっと気まずい。

 そんな中、私はエレベーターで聞けなかった事が気になり。


「あ、あの立飛くん! さっきエレベーターで花火のポスターを見ながら『懐かしいな』って言っていたけど、あれってどういう意味?」


 突然わたしが大声で名前を呼んだからビックリしたのか、立飛くんはキョトンとしている。


 あれ? もしかして触れちゃダメだった? もしかして昔付き合っていた彼女と……いやいや。菫さんは付き合っていた人はいないって言っていたし、もしかして片思いの……。


 そこまで考えてたら急に心がざわざわしてしまう。

 誰だって好きな人や好きだった人がいるから。


「ごめんなさい。言いにくいなら……」

「別にいいよ、大した話じゃないから。俺の初恋話だし」

「え?」


 そう言って立飛くんは手に持っているアイスコーヒーが入ったグラスをテーブルに置こうとする。

 グラスに付いた、冷たい滴がコークスに落ちた瞬間。


「昔、幼稚園位の頃に一回だけ見たんだ。群青色の花火を」

「うん……」

「毎年花火大会には行ってるけど群青色の花火は子供の時に観た、その一回限りしか観れなくて、しかもその時は母さんの友達から招待されたとかで、自衛隊基地の中から特等席で観たんだ」


 眩しい西日に焼かれる立川の街並みを見ながら語る立川くんに、私は静かに耳を傾けながら頷いた。


「もちろん群青色の花火なんて始めて観たから綺麗だったよ。今にして思えば世界にはこんな綺麗な花火があるんだと思えるくらいに。だけど花火が打ち上がる前に俺の座っていた席の近くで女の子が親とはぐれたみたいで泣いていたんだ――」


 その女の子は母親とはぐれたと言い、迷子になってしまったと。

 その時の立飛くんも今と変わらず優しい男の子でお母さんを探すのを一緒に手伝ってあげたらしいが、お母さんは中々見つからず、しかもその女の子が泣き虫だったみたいでずっと泣いていた大変だったみたい。

 結局、花火の打ち上げ時間までには間に合わず、その女の子と一緒に花火を観たらしい。


「――で、その女の子は花火が打ち上がっても暫く泣いていて参ったよ。だけど群青色の花火が打ち上がった瞬間に不思議と泣き止んだんだ。その時、群青色の花火を見上げる女の子の横顔が……その、可愛かったんだよ」

「へぇ……そのとき好きになったの!?」

「なんだよ、いいだろ別に。子供の時なんてそんなもんだろ」


 ちょっと恥ずかしそうにいじけて言う立飛くんが可愛く見えてしまう。


「けどまぁ、暫く群青色の花火を観ていたら、その子の母親が見つけてくれて無事に解決したよ。めっちゃ母親に怒られてたけどな」

「あ~何か想像できる。たぶん私のお母さんでも普通に怒ってるよ。『なんで勝手に行っちゃうの、碧!』って」

「いや、俺もその後すぐ母さんに滅茶苦茶怒られたよ。『勝手に行くな、バカ息子!』って叩かれたし」


 立飛くんのお母さんである菫さんならあり得ると思ってしまう。

 菫さんは何と言うか、細かい事を気にしない豪快なタイプだと思うから。


「まぁ、その女の子が見つめる群青色の花火が綺麗で可愛かったって話だよ。薄紫色の朝顔柄の浴衣も印象的だったし。出来れば群青色の花火を観たいけど無理だろうな……」


 立飛くんが言う薄紫の朝顔柄の浴衣。

なんか心に引っ掛かり、立飛くんに聞こうとすると綾子さん達が現れた。


「碧、そろそろ帰るわよ。美咲にタクシー呼ばせておいたから」

「う、うん」


 私が名残惜しそうに立ち上がると綾子さんは見透かした様に。


「じゃあ隼君、菫に宜しく言っといてね」

「は、はい。今日は本当にすみませんでした」


 席を立ち上がって頭を下げる立飛くん。

 悪いのは私なのに申し訳ない気分になってしまう。


「別にいいのよ。また碧を誘ってあげてね、きっと喜ぶから。そうよね? 碧」

「あ、綾子さん!」


 恥ずかしくて顔を真っ赤にしてしまうが、何故か立飛くんも照れくさいのか気持ち顔が赤い。

 夕日を背に立つ立飛くんに私は手を振り、彼も手を振って別れた。

 こうして私の初デート? は見事に失敗してしまった。

 薄紫色の朝顔柄浴衣という謎を残して。


 ******


 病院からの帰り道のタクシー、私は夕日に照らされる街の景色を見ていた。

 消防署に自衛隊の基地。

 その基地を見て、私は綾子さんに聞かなくちゃいけない事を思い出す。


「綾子さん、その……魔法花火って私でも出来ますか!?」

「どうしたの急に?」

「あ、いえ……その」


 藪から棒過ぎたし、頭で考えてる事が上手く言葉に出来ない私。

 だが綾子さんは意図を汲み取ってくれたのか。


「そうね、まぁ難しくは無いわね。普通の魔法使いなら練習すれば数ヶ月って所かしら」

「す、数ヶ月!? ……ですか」


 考えてみれば美咲はずっと練習してる。

 私よりも魔法が使える美咲が数ヶ月なら、私の場合は年単位になってしまう。


「魔法使いによって魔水まみず魔霧まきりとか魔法を使う手段は違うけど、要は言霊を吹き込む時にするイメージが大事だから」

「イメージ?」

「そう。こう成りたい、こういう風に描きたいってイメージ。イメージがしっかりして無いと美咲みたい暴発するから。そうよね? 美咲」


 急に話を振られるわ、痛い所を突かれたみたいで美咲は口笛を吹きながら景色を見ている。


「どうせ私は美的感覚ゼロ人間ですよ~だ」

「別に美的感覚は問題じゃないわ。肝心なのは誰に一番その魔法花火を魅せてあげたいってこと」


 誰に一番その魔法花火を魅せてあげたいと言われ、私はつい彼の顔を思ってしまう。

 私の心を読んだのか、綾子さんが。


「なに碧、もしかして隼君に魔法花火を魅せてあげたいの?」

「ええ!? べ、別にそんなつもりは……」

「別に隠す必要は無いわよ。姉さんだって碧のお父さんと付き合う前、私に聞いてきたもの。『ねぇ、魔法花火を観ながら告白したら上手くいくと思う?』って」

「お母さんが? てっきりお父さんの方からだと」

「全然。姉さんの方からよ。碧のお父さん……彰人あきとさんはこう言っては何だけど、初めて会った時はあまりパッとしない人だったもの。あの姉さんが好きな人が、この人!? ってね」

「あはは……確かに」


 お父さんはどっちかと言うと運動系や理系ではなく文系タイプの人だ。

 おっとりとしているけど、誰よりも私に優しくしてくれる自慢のお父さん。

 私が魔法の学校に行きたくないと言った時も優しく頭を撫でては「今までよく頑張ったな、偉いぞ。碧の気持ちに気づいてやれなくて、ごめんな」と言ってくれたお父さん。

 そしてタクシーが家に着き、皆が玄関に入ろうとした瞬間。

 私は魔法の学校に行きたくないって言った時みたく勇気を振り絞り、想いを言葉に変えて伝えた。


「綾子さん、私も花火大会で魔法花火を打ち上げたい! いきなり言われて無理かも知れないけど、お願いします! 彼に……隼くんに群青色の花火を私が魅せてあげたいんです!」


 沈む夕日を背に私は頭を下げると夕日が地平線の山々に吸い込まれ、まるで願いが沈んだ様に私の周りは暗く染まっていく。

 だけど暗く染まっていく私の周りを希望の色が明るく染めていき、店や家々の明かりがついた。

 私の帰るべき家と言ってくれた場所も。


「だそうよ、美咲。どうするの? 今年はあなたが担当なんでしょ。美咲が良いなら、私から商工会や役所に話を通しとくけど?」


 私は少しだけ顔を上げて美咲を見る。

 すると美咲はいつもみたいに私に抱き付いて来ては。


「全然いいよ! 一緒に頑張ろう、碧!!」

「う、うん。頑張ろうね」


 美咲の気迫に圧され気味になってしまうが、今は美咲の優しさが温かい。

 人の優しさに触れると、こんなにも心が温かくなるものだと初めて知った気分になる。

 まるで少しずつ優しい色達人たちが私の灰色に染まったキャンバスこころを塗り替えていくように。


「はい静かに! まったく近所迷惑でしょ。基本的な魔法花火は私と美咲で教えてあげられるけど、群青色の花火は私じゃ教えてあげられないわ。あれはオリジナル魔法だから」

「え?」


 まるで天国から地獄に落とされた気分。

 てっきり群青色の花火は普通の魔法花火と思っていたが、どうやら違うみたい。


「オリジナルって、まさか考案した人が亡くなってやり方が分からないとかですか!? もしかして外国に住んでる魔法使い!?」

「生きてるし、日本に住んでるわよ。ただ……」


 余りのショクに取り乱し気味になる私に綾子さんは意外な……もっとも知りたくない事実を私に突きつける。


「群青色の花火は姉さんの……あなたのお母さんが考案した魔法なのよ」

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