第41話 ちゃんと好きって伝えたい

 綾子さんから群青色の花火の考案者はお母さんと聞かされてから私は毎日スマホの電話帳を見ては画面を消してしまう。

 画面に表示されている名前は四季島美琴。

 毎回電話をかけようと思っては消しての繰り返しで、この日も夕食後に一人階段に座りながらため息を吐いては消してしまう。


「どうやって聞けばいいのか分からないよ……」


 お母さんとは何年もまともに話していないし、学校を転校する時だって相談せずに決めた。

 勝手に決めたからお母さんは絶対に怒ってるはず。

 おまけに恐怖心から手が震えてしまう。

 見兼ねた綾子さんが私からスマホを取り上げては。


「私が取っ掛かりをつけてあげる。碧と姉さんの経緯は少しは知ってるつもりだから任せなさい」

「は、はい……」


 私から少し離れては電話をかける綾子さん。

 暫くするとお母さんが出たのか、姉妹なりの挨拶を交わすと綾子さんがスマホを差し出して。


「ここからは碧の闘いよ。姉さんに負けないで」

「わかりました」


 深呼吸をしつスマホを耳に当てる。


「も、もしもし……お母さん?」


 手も震えてるが、顎まで震えてしまう。

 暫く無言だったが、お母さんの声が返ってきた。


『碧……久しぶりね』

「……久しぶり、お母さん」


 博多の病院に入院してからお見舞いなんて殆んど行かなかったのに、電話から聞こえた声は直ぐにお母さんだと分かった。


『学校は楽しい?』

「うん……美咲や綾子さんも良くしてくれて助かってる。学校の皆も優しくしてくれるよ……」

『そう……良かったわね』

「うん……」


 会話して早々互いに無言になってしまった。

 怒られると思っていたが、電話口のお母さんはどこか静かだ。


「あ、あの! お母さんに教えてもらいたい事があるの……その、昔お母さんが披露した群青色の花火なんだけど……」

『群青色の花火? ああ。昔そんな魔法花火を考えたわね……』

「その、やり方を教えて欲しいの……花火大会で打ち上げたいから」

『打ち上げたいって、碧が自分でやるって事?』

「……うん」


 普通だったら娘の自主性を褒めてくれるのだが、生憎と私のお母さんは違う。

 暫く無言だったが。


『碧の口から直接聞いた訳じゃないけど、魔法が嫌いになって学校を転校したのよね?』


 あ、不味い。

 これは怒っている……。


『なのにまた魔法をやりたいってどういう事なの? 碧の我が儘を聞いてお父さんは転校を許したけど私は許してないわよ。魔法が嫌いになったのに、その魔法をまたやりたいって……しかも群青色の魔法花火を打ち上げたいって何かの悪い冗談なの?』

「ち、違っ……」


 失敗した……お母さんの言っている事は間違っていないと子供の私でもわかる。


 魔法が嫌いと行って東京に来たのに、その魔法をまたやりたいと言うのは虫が良すぎる話だ。

 このまま電話を切りたいと思った瞬間、彼の顔が頭を過る。


 初心者なのに親切に写真の撮り方を教えてくれた彼。


 魔法が上手く出来ない事に悩んでいた私の話を黙って聞いてくれた彼。


 初恋の女の子と観た群青色の花火をもう一度観てみたいと言った彼の優しい顔。


 私は勇気を振り絞って叫んだ。


「お母さん! わたし好きな人が出来たの! その人が子供の頃に観た、群青色の花火をもう一度観たいって言うから私が魅せてあげたいの!! あの頃のお母さんみたいに好きな人に魅せてあげたいのよ!!!」


 珍しく叫んだから綾子さんの目は大きく開いているし、リビングから美咲も顔を出して様子を伺っている。

 電話口のお母さんは暫く無言だったが直ぐに。


『……綾子に代わって、碧』

「……分かった」


私は黙ってスマホを綾子さんに渡した。

 電話口の綾子さんはお母さんに謝っており、これは失敗したかも知れない。


 ごめん立飛くん。


 群青色の花火を魅せてあげられないや。


 やっぱり私は中途半端な魔法使いで、何をやっても中途半端だと思ってしまう。


 やがて綾子さんは深刻な表情に変わっていき「うん、分かった……姉さん。後は任せて」と言い、電話を切った。


 先程の深刻な表情から、いつもの様に優しい顔になりスマホを私に差し出す。


「良かったわね、碧。姉さんが私のパソコンにやり方を送るって」

「本当ですか!?」

「ええ。姉さんにペラペラと姉の恋愛事情を喋るなって怒られたけどね」

「ご、ごめんなさい!」


 きっとお母さんの事だから、かなり怒っていたに違いない。

 だけどそこは血を分けた姉妹で慣れているのか、綾子さんはいつもの笑顔を崩さない。


「別に大丈夫よ。但し私から条件がある」

「条件?」

「そう。群青色の花火を碧のお母さんにも見せてあげること」

「それはいいですけど……でもどうやって、お母さんは博多の病院に居るし……」

「別にスマホのカメラで大丈夫よ。きっと碧のお父さんも喜ぶから。はして損ないわよ。聞けば前の入学式の写真も見せてないって言うじゃない」


 確かに入学式や卒業式の写真はお母さんには見せていない。

 出来れば会いたくなかったし、会えば必ず何か言われるのは分かっていたからだ。


「それと碧にコレをあげるわ」


 綾子さんから渡さされた一枚のチケットを見てみると花火大会特別観覧席と記載されている。


「商工会から貰ってたやつ。ちゃんと誘いなさいよ、彼も喜ぶから」

「……はい!」


 ******


 部活終わりの帰り道。

 いつもの様に皆と帰る中、私はチケットを渡せるチャンスを伺っていた。

 クラスで渡すには皆の目があるし、部活中は私も忙しくて中々チャンスが無くて今に至る。

 だが中々踏み出せずに立川の駅まで来てしまった。

 私や美咲、ヒロミくんはバス組。茜や立飛くんは電車組の為に改札がある二階に向かうエスカレーターに行こうとした瞬間。

 待っていてもダメと思い、私は立飛くんを呼び止めてチケットを差し出す。


「あ、あの……コレ良かったら使って。立飛くんに魅せたいモノがあるから来て欲しい」


 不安を滲ませる小さな声にチケットを持つ手は震えている。


「花火大会のチケット……いいの? 特別観覧席って書いてあるけど」

「うん……無理にとは言わないから、誰かと予定があるなら――」

「……いく……」

「え」


 聞き間違いではないだろうかと思いたくなるくらいに私の心は嬉しくて揺れ動いた。


「行くよ、花火大会。誰かと行く予定もないし。それに四季島が魅せたいモノがあるって言うなら必ず行くよ」

「うん……絶対来て。後悔させないから」

「わかった」


 チケットを嬉しそうに見つめる立飛くん。

 綾子さんには感謝しきれないし、立飛くんが来てくれるなら失敗出来ないから、俄然やる気が湧いてきた。


「あ、でもチケットに四人までって書いてあるな。じゃあ……」


 立飛くんが横目で茜とヒロミくんを見て。


「はい、行きまーす! 今年は新しい浴衣も買ったし」


 ……え?


「そうだな。茜の浴衣姿も見て見たいが、他の浴衣女子も見たいから俺も行くかな」


 ……ええーっ!?


「悪い四季島。二人もいいか? もしアレだったら俺だけ行くけど……」

「あ、うん……大丈夫。一緒の方が楽しいもんね」


 つくづく私って持ってないなと思ってしまう展開。

 三人と別れ、美咲とバスを待ちながら茜やヒロミ君も喜んでいたから良かった思い、最後の一人を美咲に提案した。


「ねぇ、美咲。美咲さえ良かったら夏樹先輩を誘ったら?」

「え、でも……」


 ちょっと戸惑いを見せる美咲。

 きっと美咲なりに気を使っているのだろう。


「いいよ別に。夏樹先輩なら演劇部の先輩後輩で皆知ってるし、立飛くんには私から言っとくから」

「うん……じゃあ誘ってみる! ありがとう、碧!」

「どういたしまして。美咲にはいつもお世話になってるからお礼だよ」


 夏樹先輩を誘えると分かり気を良くしたのか、美咲が脇をツンツン突きながら聞いてくる。


「碧、もしかして美琴叔母さんみたく花火大会に隼に告白するつもり?」

「こ、告白!?」

「うん。だってその為に群青色の花火を魅せるんじゃないの? あれ、違った?」

「いや……そこまで考えてなかった。ただ立飛くんに私の魔法花火で群青色の花火を魅せてあげたいって思っただけだから……」


「ふ~ん。ねぇ」


 なにやら含みを持たせる言い方をする美咲。

 本当にそれだけで、告白なんて思ってもいなかった。

 確かに立飛くんは好きな事に変わりは無いけど、まだ告白なんて踏ん切りがつかない。


 だけど……彼を想う気持ちが溢れていき。


「伝えたか……彼に好きって伝えたか! 振られるかも知れん……ばってん何もしぇんで振られるくらいなら、ちゃんと好きって伝えて振られたか!!」


 突然の博多弁宣言に美咲やバス停で待つ人達も驚き顔を隠せない。

 私は恥ずかしくなり顔を真っ赤に染めては両手で顔を隠し、美咲は美咲で笑いながら私の背中を叩いては。


「それでこそ四季島の女だよ、碧! 九州女の強さを魅せてやれ!!」

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