第30話 お願い、行かないで

放課後の屋上。夏の太陽から注がれる光が少し和らぐ中、私は1人で魔法の練習をしていた。


「我、汝星達の僕なり。汝、星達の力で大地に水の恵みを与えたまえ!」


 小瓶の中にある魔水が光を放ち、私は夕日に染まる空に向けて輝く魔水を小瓶から解き放つ。

 だが解き放たれた魔水は輝きを失い、虚しく真夏の太陽に焼かれた床に落ちてしまった。


「また失敗しちゃった……もう魔水は……」


 カバンの中にある魔水が入った小瓶を見ると残り2本。

 星の力を宿す魔水は新月の夜に星の光を水に当てて作りだすから、そんなに数が作れない。

 今のだって美咲や綾子さんですら譲って貰った貴重な魔水なのだ。


「あと2本……」


 本当は屋上にある菜園……というより屋上で育てられている向日葵に水をあげようと水魔法で小さな雨を降らせ様としたが、結果は雨どころか小雨も降らなかった。

 だが幸いにも今日は屋上には誰も居ない。

 私が魔法を上手く使えないのはクラスの皆や演劇部の人達も知らないし、知られずに済んでいる。

 きっと美咲と同じくらいだと思っているのかも知れない。

 けど、だからこそ魔法を上手く扱える様になって文化祭を成功させたい。


 皆の期待を裏切りたくないし、裏切ってしまった時に言われる言葉の残酷さを私は知っているから……。


「よし、何とか成功させるぞ!」


 せめて形からでも思い、両手を胸までもっていき頑張りポーズをしながら言った瞬間、「何をだ? 四季島」と背中から聞きなれた声……いや胸が安らぐ心地良い声がした。


「……え?」


 私が頑張りポーズをしながら後ろを向くと、そこにはカメラを持った立飛くんがいる。


 え……もしかして今の聞かれちゃった!? それより何時から居たの!? もしかして私が魔法を上手く使えないのを知られた!?


 嫌な考えばかりが頭を駆け巡ってしまい、目の前にいる立飛くんに声がかけられない。


「どうかしたのか、四季島?」

「え!? あ、大丈夫。ちょっと綺麗な夕日を見ながら、文化祭に向けて魔法の練習をしていただけだから」


 夕日が綺麗なのは嘘偽りはないけど、本当は魔法が上手く使えないから使える様に練習していたなんて言えないよ。


 私があたふたしながら説明すると立飛くんは肩に掛けていた袋を地面に置いては私の言葉を紡いでくれる。


「そっか。確かに今日の夕日は綺麗だからな。俺も夕日の写真を撮りに来たんだよ」

「そ、そうなんだ」


 立飛くんが居ると魔法の練習が出来ないし、魔法が上手く使えない事が知られてしまう。

 そう思った私は静かにカバンに手を伸ばし、この場から立ち去ろうと考えた。

 本当は立飛くんと話をしたいが、魔法が上手く使えない事を知られる訳にはいかない。

 何よりも真剣にファインダーを覗き込む立飛くんの邪魔をしちゃいけないと思った矢先――。


「なぁ、四季島。良かったら魔法を見せてくれない?」

「え!?」


 魔法を見せてくれないって!? 私の魔法を!? 立飛くんに!?


 突然の言葉にどういいか分からない。


 まるで時間が止まった様に固まっている私に立飛くんも何か察したのか。


「悪い。嫌ならいいんだ。無理にとは言わないから。ただ見てみたかったんだ、四季島の魔法を」

「え……」


 最後にその言葉を言われたのはいつだろう。


 そういえば昔……初めてお母さんに魔法を見せた時に言われたな「凄いわ、あおちゃん。お母さんにあおちゃんの魔法をもっと見せて欲しいな」って。


 懐かしい記憶が甦るが、私のキャンバスに写るお母さんの顔は黒く塗り潰されたままだ。

 嫌な記憶に蓋をして、自分の心を守りたいから黒く塗り潰した。

 思い出すと心がざわついて嫌な事ばかり思い出すから。


 言葉を発したいのに上手く伝えられなくてもどかしい。

 単純に「私の魔法を見て」と言いたいのに心の迷いが私の口を詰むんでしまう。


 すると立飛くんはセットした三脚を片付け初めてしまった。


「ごめん、何か邪魔しちゃ悪いから帰るよ。魔法の練習がんばれよ、四季島」

「あ、うん……」


 カバンに三脚を戻してはカメラもカバンにしまい込む。


 あ、まずい……これは嫌でも分かる。


 カバンを肩に掛けて歩き出そうとする立飛くん。


 なんで素直に言えないのよ、わたし。


 夕日を背に歩き出した立飛くん。


 ほんの少しの勇気を振り絞れ! 昨日の自分よりも今日の自分なら上手くいくと信じて!


「まって、立飛くん……」


 小さな声じゃ彼に届かない。


「待って……」


 待ってじゃない……私の願いよ、言葉になって彼に届け。


「お願い、行かないで! 立飛くん!!」


 私の願いが言葉になって彼に届いたのか、振り向いて私の顔を見る。


 きっと恥ずかしさで顔を真っ赤にした顔だろうけど、立飛くんは決して笑ったり茶化したりせずに真っ直ぐと瞳を見つめてくれた。


「あの、見て欲しいの……」


 肝心な部分が抜けた私の言葉。


「立飛くんに……私の魔法を」


 星屑の様にバラバラになった願いの言葉を紡ぎ、いま一つの願い星になる。


「立飛くんに見て欲しいの! 私の魔法を!!」


 そのとき夕日に染まる立飛くんはちょっとカッコよく見えて、照れ笑いをしながら「うん」と言って頷いてくれた。


 ******


 夏の夕日を正面に私は深呼吸をする。


 私の背中には立飛くんが立っており、私の魔法を見たい為に……いや、私が魔法を見て欲しいからと言って待ってもらっている。


 残り2本の魔水の内の1本をカバンから取り出して言霊を、願いを込めて言う。


「我、汝星達の僕なり。汝星達の力で大地に水の恵みを与えたまえ!」


 魔水が入った小瓶が今までにないくらいに強く光を放ちながら輝き、私はそれを夕日の空に解き放つ。


 お願い、今度こそは成功して! もう私に期待してくれている人を裏切りたくないの!!


 その思いが叶ったのか、夕日に舞う魔水は向日葵を濡らす小さな雨雲……ではなく私たち2人が濡れるには充分過ぎる程の雨雲が出来ては大雨を降らす。


 それはそれは荷物が濡れ濡れになる程に……。


 雨雲は直ぐに無くなり、残ったのずぶ濡れなった私と立飛くん。


「凄い雨だったな、四季島」

「その……ごめんなさい」


 つい条件反射で謝ってしまうが、何よりここは謝らないといけないと思った。


 自分が濡れるのは構わないが、立飛くんを、何より大事なカメラが入ったカバンを濡らしてしまった。


 どうしていいか分からなくなり、つい本当の事を言ってしまう。


「あの、本当の私は魔法が上手く使えないの! さっきの魔法だって失敗だし、ここで練習していたのだって誰にも知られないと思って練習していたの!!」

「え!? 魔法が上手く使えないって」


 突然の私の告白に立飛くんは困惑している。

 当然だし、不思議じゃない。

 私は恥ずかしさに耐え兼ねて立飛くんの前から走り去ろうとする。


「ごめんなさい……こんな魔法使いはがっかりだよね。カメラ、本当にごめんね……」


 そう言いながら走り出した瞬間、立飛くんが私の腕を掴んだ。


「待てよ、四季島! 俺の話を……」

「いや! 手を離してよ!」

「だから聞けって!」


 立飛くんが私の手を強く引いた為に私の体は引き寄せられてしまい、立飛くんの顔が至近距離に。


 それこそお互いの息遣いが分かってしまうくらい。


「大丈夫だよ……」

「え!?」

「カメラ。防水カバンだから濡れても大丈夫」

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