第29話 嵐は去って、また嵐!?

演目が『シンデレラ』に決まった私たち演劇部は金丸部長が作った箱の中にある、役名が書かれたくじを2回引いていく。


 もちろん私と美咲は魔法による特殊効果担当なので私が午後、美咲が午前担当になっているから、くじ引きは1回のみ。


 どうかシンデレラは引きません様に!


 演劇初心者の私が主役を取る訳にはいかないし、なるべく裏方で目立たずに文化祭を成功させたい。


 全員がくじ引きを引き、恐る恐ると紙を開こうとした瞬間に美咲が歓声を上げた。


「やったー! 午後の部、シンデレラは私にきまっりー!!」


 美咲が飛び上がって喜ぶと周りから拍手が起こった。

 皆に手を振る美咲に私も喜びの言葉を送る。


「おめでとう。良かったね、美咲」

「ありがとう。いやー、主役を取れて良かったよ」

「うん、そうだね」


 美咲の努力が報われて良かった。


 部活の後、家に帰ると魔法の練習をしては、ランニングに出かけ、ランニングと一緒に発生練習をしているのを知っているからだ。


「碧は何だった?」

「えっと……」


 ついつい美咲の事で喜んでしまい、自分のくじ引きの中身を忘れてしまった。

 そして恐る恐るくじ引きの中身を見る。


 “午前の部、フェアリー・ゴッドマザー役”


「お、魔法使いが妖精魔法使いの役って何か嵌まり役だね」

「そ、そうだね」


 いきなり良い役を取っちゃったよ!? しかも魔法使いが妖精魔法使いの役って……ちょっと複雑。


「ネズミや犬とかを魔法を掛けて従者するのは変身魔法でどうにかなるけど……碧、間違っても皆を本物にする魔法を掛けちゃダメだからね」

「嫌なこと言わないでよ、美咲……」


 私の魔法だったら失敗してあり得そうで逆に怖くなる。

 ただでさえ失敗続きで精神的にへこんでいるのだから。


 でも月曜の夜は珍しく成功に近い失敗はした。

 自分でも分からなかったが、不思議とその日は朝から気分が良かった為だろう。


 そんな中、教室に悲鳴が上がる。


「ギャー!! 俺は何て役を引いてしまったんだ!?」


 床にひれ伏しながら悲鳴を上げたのは金丸部長で、何故か金丸部長の隣でヒロミくんも床にひれ伏している。

 茜が金丸部長がくじ引きを拾い上げると笑い出した。


「あはは。午前の部、シンデレラは金丸部長でーす! 因みに王子はヒロミ!」


 金丸部長がシンデレラ!? しかも王子はヒロミくん!?


 家庭科室の中に居る、演劇部女子からは悲鳴と歓声が上がり、男子から笑いが巻き起こる。


「くー! これは何かの罰ゲームか!? そうに違いない。俺がシンデレラでヒロミが王子って……」

「いや、それ俺の台詞です。なぁ、茜が変わってくれないか? 茜は夫人役だろ」


 珍しくヒロミくんが助け舟を求めるが、茜は不敵な笑みを浮かべる。


「いやいや、シンデレラは部長がお似合いだから。私はシンデレラをイジメるっていう楽しい役だから嫌よ」

「茜……衣装作りのストレスを晴らす気だな」


 金丸部長のお陰で何処の部署も相当な負荷がかかってるからか、この機会にストレスを晴らそうとしているんだ。


 金丸部長は家庭科室の隅で体育座りしながらモジモジしている。その為に茜が次々と黒板に役名と演じる部員を書いていく。


「それで午後の部の王子は誰? 美咲の相手役は?」


 茜が家庭科室を見回す中、1人の男子生徒が手を上げた。


「王子役は俺だ」


 皆の視線を一気に集めたのは立飛くんだ。


 え!? 立飛くんが王子役!?


 一瞬、何故か美咲の事が羨ましく感じてしまう自分が居て直ぐに頭をブンブン振って忘れようとした。


 だが、そんな私を見て美咲が声を掛けてきた。


「碧、何だったら役変わろうか? 私達のだったら前後入れ替えるだけだし……」


 ちょっと申し訳なさそうな顔をする美咲に私は笑顔で返した。


 きっと美咲には直ぐに分かる。痩せ我慢と、ぎこちなさがこもった笑顔で。


「だ、大丈夫だよ。私は演劇初心者なんだから妖精役でも大役だし」

「本当に? 後で後悔しない?」


 念を押す美咲に私は今出来る精一杯の笑顔で送り出す。


「本当に大丈夫だよ。それに美咲、主役なんて滅多に出来ないんだから頑張りなよ」

「分かった……碧が良いなら私はもう何も言わないよ。……おーし! 一緒に文化祭を盛り上げようね、碧!」

「うん!」


 その言葉に嘘偽りは無く、純粋に文化祭を盛り上げたいと思って言った……一瞬、美咲の言葉に甘えたくなった気持ちをかき消したいという思いを滲ませて。


「美咲の相手役は隼っと……。よし、皆取りあえず決まったね。今日は各担当部署との軽い打ち合わせをして解散……といきたいけど、これから夏の合宿場所を発表するよ!」

「「「おお!!」」」


 茜からのサプライズ発表に部員達が盛り上がる。


「今年の合宿は……海!」

「おお!」

「海と言ったら水着回!!」

「「おお!!」」

「からの……江の島よ! しかもお婆ちゃんがやってる民宿!!!」

「「「おお!! って……去年と同じじゃん!!!」」」


 茜が金丸部長の物真似でサプライズ発表するが、どうやら合宿場所が去年と同じみたいで落胆の声がちらほらと。


「副部長、山が良いでーす」や「いやいや、山は虫がいっぱいいるじゃん」とか「やっぱり女子としては沖縄でしょ!」に「えー、ここは北海道で涼しく」と言いたい放題。


 その瞬間、茜が片耳を塞ぎながら黒板をキー、っと引っ掻く。


「やかましい! 山はさておき、沖縄とか北海道は無理だから! 只でさえ見切り発車しちゃったし、衣装作りに部費や学校から貰える分配金を当てなくちゃいけないの! だから節約よ! 江の島で我慢しなさい!!」

「「「は、は~い……」」」


 今回の文化祭の衣装は1人1着用意する事になった為に相当な負荷が衣装担当に振り掛かるのが分かっている。


 だから負担を一番多く請け負った衣装担当の意見は絶対的意見で、ある意味演劇部ヒエラルキーのトップになった。


「よし、今日は解散! 担当部署のリーダーは打ち合わせがあるから集まって、以上!!」

「「「はーい」」」


 茜の統率力をフルに発揮して演劇部の集まりは見事に終わり、皆は次々に鞄を背負って家庭科室を出で行く。


「じゃ碧、私は担当リーダーで残るから先に帰ってていいよ」

「うん……あ、あのさ、美咲。私も残ろうか? ほら、私達って2人しか居ないし……美咲1人に負担をかける訳にはいかないしさ」


 そう。私と美咲、特殊効果担当の魔法使いは2人しか居ない。

 美咲ばかりに負担をかける訳にはいかないと思ったが美咲は笑顔で言った。


「大丈夫だよ、碧。碧は碧で魔法の練習しなよ、帰ったら私も付き合うからさ」

「……うん。分かった」


 毎夜毎夜、美咲には魔法の練習を付き合ってもらっている。


 美咲だって自分の練習をしたい筈だが、いつも笑顔で付き合ってくれる。


 自分だって昭和記念公園花火大会に向けて花火魔法を練習したい筈なのに。


 そんな美咲の頑張りを裏切らない様に心に決めた私は直ぐに家に帰らず、屋上で練習しようと静かに決意した。

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