第24話 私の気になる人

 立飛くんからの写真を撮りに行こうと誘われて焦る美咲。


「ちょっと待った! それってデートって事!?」

「ま、平たく言えばそうだな」

「おッ!?」


 いつもだったら美咲の方が弄るが、余りにストレート過ぎて逆に美咲の方がたじろいでしまい、『おッ!?』しか言えていない。


「いや、隼の誘いは嬉しいよ……うん」


 あれ? 美咲、いつもと態度が違うし、そんなモジモジしてないよ。


 両手の人差し指をツンツンしている美咲に私は『もしや!?』っと思ってしまったが直ぐに杞憂に終わった。


「あはは、冗談だよ冗談」

「え? ……冗談?」


 事態が上手く飲み込めていない美咲に笑う立飛くん。


「美咲に普段弄られているからな。これはそのお返しだよ。本気にしたか?」

「はぁー!? 乙女の気持ちを弄ぶなし! それにちっとも本気にしてないから!」

「それは残念、俺はちょっとだけ本気だったのにな、あはは」

「ウソつけッ!」


 まるでお笑い芸人の様に立飛くんの胸を軽く手のひらで叩く。


「それで、その専門誌は誰が買う気だったの?」


 立飛くんは美咲を見るが本人は手をブンブン振って否定する。


「その……私です」


 観念した様にちょっとだけ手を上げる私に立飛くんは真剣な眼差しで見つめてくる。

 その視線に心臓の鼓動が速くなってきてしまう。


「四季島、写真に興味あるの?」


 立飛くんの言葉に私は小さく頷く。


「うん……この前、屋上で星の写真を立飛くんが撮ってるのを見て、ちょっとやってみたいなって……」


 もちろん写真を撮ってみたいのも理由だが、本当は立飛くんの事を……彼が好きな世界を少し知ってみたかったから。


 もちろんそんな事は立飛くんには言えないし、言ったら確実に嫌われる……たぶん。


「なんかごめんね、ちょっと不純な動機だったと自分でも思ってる。カメラも持ってないし……これは私が返しとくね」


 そう言って私は美咲から専門誌を取り上げて、元の場所に戻そうと手を伸ばすが、その手を優しく掴む誰かの手。


「そんな事ないよ、四季島」

「え?」


 私の手を掴んだのは立飛くんだった。

 手を掴んだ為に私と立飛くんの体が寄ってしまい、顔が近くに。そして思わず視線が合うと私の心拍数がまた上がっていく。


「その……写真に興味あるならやってみなよ。カメラが無くても、今時スマホのカメラだって撮れるしさ」


 立飛くんが私を見る視線に心が高鳴ってしまう。


「なんだったら俺のカメラを貸してあげるし、家には使ってない古いカメラもいっぱいあるから」


 なんだろう、この胸が苦しいのにウキウキしてしまう気持ちは。


「聞いてるか、四季島?」

「え? ……あ、はい!」


 夢見心地な気分から現実に引き戻されると目の前にはちょっと恥ずかしそうにしている立飛くんがいた。


「四季島、今度の土曜って空いてるか?」

「う、うん……空いています」


 寝惚けているのか、最後は敬語で何故か言ってしまった気にしないでおこう。


「じゃあ良かったら土曜に多摩動物公園に行かないか? 四季島、東京に来たばかりだから行った事ないだろ」

「行った事ないです……はい」


 え!? これってもしかしたらのもしかしたらで、私! デートに誘われてる!?


 その言葉に心拍数が今までに無いくらい跳ね上がって、心臓がどうにかなりそうになってしまい救急車を呼びたくなってしまう。


 その証拠に横に立っている美咲はキョロキョロと視線を泳がせて私と立飛くんを見ている。


「一緒に行く?」

「はい……行きます」


 勘違いかと思いたくないが、これってデートで確定かと思った矢先――。


「良かった。じゃあカメラを持っていくから撮影の練習が出来るな。動物の撮影って結構難しいけど楽しいからさ」

「……え!?」


 ……あ、撮影の練習ね。そうだよね、立飛くんが私をデートに誘う訳ないもん。そっか、そっか、動物を使って撮影の練習か……。


 なんだか1人で浮かれていてバカみたいだな私。

 それに美咲は美咲で固まってるし。


「それじゃ、細かい事は後でスマホに連絡入れるから。ちょっとこの後、人と待ち合わせしてるから。じゃあな、四季島」

「あ、うん。バイバイ……」


 手を振って立飛くんを見送る私に美咲がボソッと。


「碧、土曜はでもいいよ。私が許可する!」

「えええ!?」


 ******


 無事に目的の専門誌を買えた後は美咲の提案で近くにある喫茶店に向かうことに。


 モノレールの軒下を歩き、映画館の横を歩くとカップルや家族連れの姿。

 そして病院近くにあるビル2階にその喫茶店はある。


「喫茶店、カラフル?」

「そ、マスターはお母さんの知り合いだから。ちょっと変わった人だけど面白いよ」

「え?」


 喫茶店カラフルの外観はガラス張りの壁で外と隔たりを造り、店内はウッド製のテーブルにイス。それにパラソルを備えたテラス席まである。


 そして店内の天井にはカラフルなパラソルが幾つも吊るされており、店内に入るなり強面のお兄さんが現れると私は一瞬、ヤバい人が現れたと思って足が震えてしまう。


「いらっしゃいませ~。あら、美咲ちゃんじゃないの~」


 強面のお兄さんから発せられた言葉に違和感を感じてしまう。


 ギャップが激しかばい!!


「また来たよ、マスター。あ、この子は碧で私の従姉妹。博多から引っ越してきたばかりだから」

「は、初めまして。四季島碧……です」


 挨拶すると私の顔をまじまじと眺めるマスター。


 いやー! なんか食べらそうばい!


「あなた、もしかして美琴ちゃんの娘さん?」

「はい……美琴は母ですが……ひっ!?」


 更に顔を近付けるマスター。

 強面の癖にお姉言葉を使うから余計に怖い。


「いらっしゃい、碧ちゃん。美琴ちゃんの娘ならいつでも歓迎よ」

「……え?」


 呆然としている私に美咲はマスターの背中をたたく。


「やだマスター、ちゃんと理由を言わないと。碧が固まってるから、あはは」

「あらごめんなさいね。碧ちゃん、私は喫茶店カラフルのマスターで青山力也あおやまりきやっていうの、よろしくね」

「はい……」


 青山はともかく、力也って名前と話し言葉のギャップがあります……。


「ちなみにカラフルのガラス細工はみんな、美琴ちゃんに頼んだ特製品よ。お陰様でウチはカップルがいっぱい来てくれて繁盛してるの」


 マスターが店内のテーブルやテラス席に置いてあるガラス細工のマリンドームを指差す。

 そのマリンドームは青よりも碧い海の中で泳いでいる二頭のイルカ。


「美琴ちゃんに頼んで国立にあるガラス工房に作ってもらった特製マリンドーム。思いが通じ合ってると中のイルカが泳ぎだしてマリンドームが光るのよ」

「へぇ……」


 マリンドームの中にいるイルカを眺めるとマスターがそっと囁く。


「碧ちゃんも気になる人がいるなら連れて来なさい。これ付き合う前の運試しでも使えるから」

「あはは……機会があれば是非」


 そんな機会があるか分からないが、周りを見ると確かにカップルが多い。


 正にリア充のデートスポットばい!


「じゃあマスター、いつものテラス席に勝手に座っていい?」

「いいわよ、あそこは四季島家の年間キープ席だから」


 四季島家の年間キープ席? ウチの家系ってそんな実力あった? と思っていたら美咲が「年間キープ席はマスターの粋な計らいだから。店が繁盛した感謝のしるしにって」、と説明してくれた。


 テラス席からは多摩モノレールの軒下を行き交う人々が見え、パラソルのお陰で夏の熱い日差しも避けられてなかなかの特等席に思える。


 美咲がメニュー表を見て、私がマリンドームを眺めているとマリンドームの中の海が光を帯びて発光し始めた。


「(え!? これって私と美咲がって事!?)」


 当の美咲はメニュー表を見ながらブツブツと「あ~アップルパイ頼もうかな」や「でも食べたらまた走らないとな~、でも食べたい」とか言っている。

 すると1人の男性店員さんが声を掛けて来た。


「いらっしゃい、美咲ちゃん。注文は決まったかな?」


 私が視線を声の方に向けた先には黒淵眼鏡を掛けた店員さんが優しく微笑んでいた。

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