第17話 悟り部屋刑務所は嫌だ!

立川北高校には演劇部のみが知る『悟り部屋刑務所』なる部屋があるらしい。

 立川北高は3階建てのコの字型の校舎になっており、プールや体育館にサッカー部や野球部が使う校庭まである。

 そして地下にも使われなくなった机等の備品をしまっておく部屋が幾つかあり、いま地下に下りて行く階段でオレンジ色の囚人服を着た生徒が刑務官に扮した私と美咲に引きずられながら最後の抵抗をしていた。


「は、放せ! 悟り部屋刑務所なんて嫌だ、これは不当逮捕に判決だぞ!」


 囚人服を着た生徒は金丸部長で演劇部裁判により悟り部屋刑務所での禁固刑並びに私に対する痴漢容疑で美咲検察官に現行犯逮捕されたのだ。

 その金丸部長を引きずる刑務官の1人、美咲検察官が往生際が悪い囚人を睨みつける。


「はいはい、犯罪者はみ~んな言うんですよ。僕はやってないとか、これは冤罪だってね。よりにもよって私の目の前で碧に手を出すんだからね。見損ないましたよ」

「だから誤解だって! 俺は碧ちゃんのやる気に応えたくて、つい手を握ったんだよ。足を掴んだのだって暴徒化した部員達から逃げる一心で……そ、そうだよね碧ちゃん!」


 囚人金丸部長が美咲刑務官と同じ服を着た私の顔を今にも泣きそうな顔で見る。


「え!? ……ご、ごめんなさい、金丸部長。沙織裁判長から囚人と話すなって言われているんで……」


 申し訳なさそうに手を合わせて言うと金丸部長は床に倒れては叩く。


「くー! お前ら純粋無垢な碧ちゃんを洗脳しやがって!! 碧ちゃん、君はそんな子じゃないはずだ。だから手錠を少し緩めるだけでいい! 後の事は俺に――痛っ!?」


 往生際の悪い囚人金丸部長の手錠を強くひっ張った美咲刑務官。


「なに私の可愛い碧を悪の道に誘ってるんですか。沙織所長に言いますよ?」

「ひー、ごめんなさい! それだけはやめてー!」


 沙織と言う名前を聞いただけで怯え慄く金丸部長。

 手錠に繋がれた手綱を引きながら悟り部屋刑務所に到着した。

 悟り部屋刑務所は歴代の部長が台本が書き終わらない時に入所する部屋。鍵は外側にしかなく、内側からは出られない6畳程の部屋らしい。

 部屋には机と椅子に黒電話、そして卓上型ライトしかなくて文字通り刑務所みたいな部屋なのだ。

 その刑務所の入口に同じく刑務官に扮した茜が待っており、美咲刑務官が敬礼して引き渡す。


「囚人、金丸勝俊を引き渡します」

「ご苦労様、美咲刑務官に碧刑務官。囚人を預かります」


 手錠の手綱を茜刑務官に渡して囚人金丸部長を悟り部屋に押し込んだ。


「おい、トイレはどうするんだ!? それに最終下校時間を過ぎるぞ!?」


 金丸部長が部屋の時計を指しながら叫ぶ。

 学校の最終下校時間は吹奏楽を除き、全ての部活は19時で終わり、時刻は18時半を過ぎている。

 だがそんな金丸部長の望みを茜刑務官は鼻で笑い否定した。


「安心して下さい。沙織所長が申請して演劇部は文化祭まで吹奏楽と同じく22時まで活動出来ますから。終わったら沙織所長が車で送ってくれますよ」

「くー、抜かりないな! だがトイレはどうするんだ!?」


 すると茜刑務官が机横に置いてある小さいバケツを指さし――。


「トイレはソレ使って下さい」

「いやーー!!」


 囚人金丸部長の叫びが悟り部屋に木霊する。


「冗談ですよ、トイレの時は机の所にある黒電話で呼んで下さい。代わり番子に誰か外に居ますから」

「なんだ、じゃ安心だね……ってんな訳あるか! 人権侵害だ! 七菜子ちゃんの番組を見せろ! あとアニメもだ」

「じゃ早くクライマックス書いて下さい。じゃないと配役が決まらないし、連動して衣装作りが間に合いませんので」

「はい、誠に申し訳ございません!!」


 ジャンピング土下座をして謝る金丸部長。

 余りの潔さに拍子抜けしてしまう程だ。

 部屋の扉を閉める際に美咲刑務官が囚人を蔑む様に見つめ――。


「じゃ私達は夜食を買いに行きますんで。他の刑務官が見張ってますからね。今度碧に手を出したら……家にある七菜子ちゃんグッズを処分しますよ」

「ひー、ごめんなさい! 約束しますから! だからそれだけは御勘弁を!」


 必死に懇願する囚人金丸部長が碧はちょっと可哀想に思えてしまう。


 ******


 刑務官の衣装から制服に着替えた私達は教室で文化祭準備に追われる光景を眺めながら夜食を買いに行っていた。

 お化け屋敷をやるクラスは仮装用のマスクに血を塗っていたり、カフェをやるクラスは珈琲を試飲していたりと様々だ。

 そんな中、ふと見た教室に1人の男子生徒が手に持った写真とパソコン画面を交互に見ている。

 私が教室に居る1人の男子生徒を見ていると横から美咲が囁いた。


「隼、演劇部では背景とか大道具担当なんだよ。あと写真部でもある。絵が上手いし、写真はお父さん譲りだからね」

「お父さん譲り?」

「そ。お父さんはプロのカメラマンでずっと海外で働いてるし、隼のお母さんは元モデルだからね」

「元モデル!? 凄いお母さんだね」

「でしょ。元モデルで、しかも魔法使いときたもんだ。同じ魔法使いとしては嫉妬しちゃうね、女としても」

「あはは、そうだね……」


 魔法使いとしては自分が中途半端な為に嫉妬はしないが、立飛くんが見ている写真が機になり、つい美咲に気の無い返事をしてしまう。

 それは夏の太陽によく似た向日葵が写っており、向日葵畑の空は夏の入道雲が写っていた。

 写真をパソコンの画面越しに見た私だったが、まるで夏の風に吹かれながら向日葵が揺れ動いているように見えた。

 その不思議な感覚が気になり、私がつい1歩前に出てしまうと美咲と茜が背中を押して――。


「あ、そうだ、碧。隼に食べたい物聞いてきてよ」

「そうそう。私達は先に校門で待ってるからさ!」

「えええ!?」


 思いっきり押し出されてしまい危うく転びそうになりながら教室に入って行く私。

 立飛くんも転びそうな私に気付いたのか、振り返り様に手に持っていた写真を放して私を受け止めようと……。


 ドサッ!!


 そして教室内に鈍い音が響き渡った。

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