第18話 気になる人の好きな食べ物

 耳には私と同じくらいに速い心音が聴こえた。

 一瞬自分の心音かと思ったが直ぐに自分の心音では無いと気付いて少し立ち上がりながら瞳を開けると目の前に立飛くんがいる。


「ご、ごめんなさい! 立飛くん大丈夫?」

「……大丈夫。四季島は?」

「大丈夫……です、はい」


 いつまでも立飛くんの上に股がる様に倒れ込んでいると重くて悪いと直ぐ退く。

 本当は自分の心音を聴かれたくないと思ったのだ。

 そして床に座りながら自分の胸に手を当てては深呼吸する。


 心臓がバクハクしとー……。

 何やろう……本当はもっと立飛くんの胸に抱かれ……いけんいけん!


 立飛くんは近くにあった写真を拾い上げては胸ポケットにしまい込む。


「俺に何か用?」

「え? えっと……」


 また心臓がバクハクしてきて頭がグルグルしてしまう。


 何を聞きたい? 好きな食べ物? 好きな女性のタイプ? それとも絵や写真の事?

 そして咄嗟に―――。


「立飛くん! 好きな食べ物は!?」

「は? ……好きな食べ物?」


 やってしもうた――!!

 なにいきなり教室に突入してきて好きな食べ物はって!? 普通にドン引きコース確定ばい! 立飛くんばり困った顔しとーし!!


「ツナかな……」

「へ? ……ツナ?」


 少し恥ずかしそうに言う立飛くん。

 その恥ずかしそうに言う姿に私はちょっと可愛く見え、顔が笑顔になり立ち上がる。


「うん! 夜食はツナ買ってくるけん!!」

「お、おう……」


 ******


 校門の前で何故か息を切らしていた美咲達と合流して演劇部の夜食を買いに行く碧。

 立川北高は期末試験も終わった直後の為、8月の文化祭に向けて全力で準備しており、大概の生徒は夜9時まで残っている。

 もちろん文化祭準備もあるが、この文化祭準備の空気を楽しみながら遊ぶのもあるのだ。

 夜の学校は何とも言えない楽しい雰囲気があるから。

 そして茜に美咲、私も例に漏れずに雰囲気を楽しんでいる。

 立川北高校の近くにある青い看板が目印のコンビニには3人と同じように夜食を買いに来た生徒達が溢れかえっていた。

 カゴには炭酸飲料やら甘味つが沢山入れられており、後の大半がポテチなどのお菓子だ。

 3人も各々にカゴを持ち、商品棚から取っていく。

 茜は飲み物担当、私と美咲はお菓子とお握り担当。


「あちゃー。流石に来たのが遅かったか」

「そうだね。棚には殆んど無いし……」


 美咲が商品棚を見ながら思わず心の声が出てしまう。

 お菓子は何とか確保出来たが、問題はお握りの方だ。

 お握りの商品棚は既に立川北高校の猛獣共によって刈られてしまっていたのだ。

 そんな残ったお握りの中から私は例の物をゲットした。


「あった、ツナマヨ。良かったぁ……」


 それは立飛くんの好きな食べ物。

 嬉しそうにカゴに入れると、隣の美咲が茶化してくる。


「お、碧さん。隼の好きな食べ物は無事に確保出来ましたねぇ~。よ、出来る彼女は違うなぁ~」

「み、美咲!? ち、違うから! 彼女じゃないし、これは頼まれたからだよ!」


 顔をほんのり赤くして否定する私を美咲は更に弄っていく。


「あれ~そうだったけ? 誰かさんが隼に好きな食べ物は何って聞いていたような? おかしいな~あれは私の聞き違いだったか~」

「みさきっ!!」


 顔が更に赤くなってしまった私に美咲は笑いながら肩を叩く。


「あはは、メンゴメンゴ。あ、も隼の好きな食べ物だよ」


 そう言ってカゴにある物を入れる。

 それを手に取ってはラベルを見た。


「梅のお握り?」

「そう、梅。隼ってば好みが渋いからね。あとは……シャケかなっと!」


 今度はシャケお握りをカゴに入れてくる。


「感謝しろよ~碧さん。隼の好きな食べ物だからね」

「はいはい。そういえば美咲、何で立飛くんとの会話を知ってるの?」

「えっ!? あ~それはですね……」


 みるみる内に額から汗が噴き出していく美咲。


「まさか盗み見してたとかじゃないよね?」


 ジト目で見つめると顔を背けてしまう。


「ぐ、偶然だよ偶然! 隼の好みなら分かるしね、あはは」

「ふーん……ま、良いけどさ」


 なんだろう……美咲の言葉で何とかなく気持ちがモヤモヤする。

 なんと言うか、心が苦しい感じ……。


 レジで会計を済ませて3人は学校に戻る途中。

 信号の色が青色から赤色変わり、ガソリンスタンド横の信号で待つ3人。

 美咲と茜が楽しそうに話す中、私は夏の夜空を見つめながら深呼吸。

 日は落ちたのにまだ肌に纏わり付くような暑さに湿気。

 そして街の眩しい街灯の中に埋もれながら若い星達は眩しい青春の輝きを放っていた。

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