第16話 演劇部裁判 後編

 金丸部長は陪審員と裁判長の居ない法廷で1人パイプ椅子に座りながら項垂れていた。

 まるで極刑を待つ、罪人姿に見てられずに金丸部長に声を掛けた。


「すみません、金丸部長。もっと弁護人らしく弁護したかったんですけど、力になれなくて……」


 申し訳なさそうに言うと金丸部長は笑って答えた。

 それが痩せ我慢だと私でも分かるくらいに。


「ああ、大丈夫だよ。たしか美咲の従姉妹で、名前は……」

「碧。四季島碧です、金丸部長」

「碧ちゃんね。話は沙織裁判長……じゃなくて、沙織先生から聞いてるよ。演劇に興味あるの?」

「え? あ、それは……」


 どうしよう……美咲に半強制的に入部したとは言えない。

 かと言って金丸部長に嘘を言うのも気が引ける。

 ちょっと困り顔をすると金丸部長が謝ってきた。


「あはは、何かゴメンね。たぶん美咲の奴に強制的に入らされたんだよね。嫌だったら無理にとは言わないからさ」

「べ、別に嫌では無いです……ちょっと楽しかったくらいですから……はい」


 さっきの模擬裁判で役立たずながら弁護人をやっているのは楽しかった。

 前の学校じゃ部活なんて入らずに授業が終わったら速攻で帰宅していたくらいだからだ。


「そうかい? だったら嬉しいな。碧ちゃん、初めてにしては演技に熱が込もっていたからさ。顔が楽しそうにしていたよ」

「そ、そうですか?」

「うん。生き生きとしていたし、今朝校門で見た時よりも良い顔してる。得に笑顔が可愛かった、七菜子ちゃんに並ぶくらいにね」


 屈託のない笑顔を私に向ける金丸部長に照れてしまう。

 芸能人の、ましてアイドルにと言われてしまうと流石にお世辞と分かっていても嬉しくなるもの。

 何よりさっきの即興アドリブ劇は楽しかったと私は心に感じていた。


 色褪せた灰色のキャンバスにまた少し色が塗られていき――。


「あ、あの……」

「うん?」

「もし迷惑じゃなかったら……私、演劇やってみたいです!」


 勇気を振り絞って「演劇やってみたい!」その言葉に金丸部長の顔が明るくなってパイプ椅子から立ち上がり私の手を握る。


「一緒にやろう、碧ちゃん! 言っとくけど監督としての僕は厳しいからね」

「はい。よろしくお願いします、金丸部長」


 手を握る金丸部長の肩を背後からが掴む。


「金丸部長、なにウチの可愛い碧になに手を出してるんですか。痴漢の容疑でも逮捕しますよ?」


 ドスの効いた声で金丸部長に笑いかけるが目は笑っていない美咲。


「ひー、美咲!? ち、違うぞ、これはだな……そう! やる気に満ちた碧ちゃんを役者として導いてやりたいという、一種の親心というやつでな」


 慌てふためく金丸部長に美咲が凄む。


「そうですかそうですか。じゃ私も部員という一種の子心で言いますね……早く台本のクライマックスを書きなさいよ!」

「ひー、ごめんなさい! やります! やりますからどうか執行猶予をお願いいたします、美咲様!!」


 私の手を放しては床にひれ伏し、額をゴリゴリに床に擦らせては叫びながら謝る金丸部長。

 さながら女王に遣える召し遣いのよう


「だそうですよ、沙織裁判長」


 美咲の陰から現れる裁判長と陪審員の姿。


「まったく……お前は世話の掛かる部長だな、金丸。陪審員による判決が出たから土下座しながら聞くんだぞ」

「ははーっ! 何卒、何卒執行猶予をお願いいたします!」


 もはやプライドなどは捨て去っては執行猶予を求めてひれ伏しており、陪審員や裁判長、弁護人約の私に美咲検察官がそれぞれの席に着席する。

 金丸部長は真っ直ぐ沙織裁判長を見つめては裁判長が判決を言い渡す。


「主文。被告人、金丸勝俊に休日並びに放課後で悟り部刑務所での禁固刑を命ずる!」


 ん? ……悟り部屋刑務所? 禁固刑?


 脳内が混乱していると金丸部長が床に倒れ込んで叫ぶ。 


「あんまりだ――っ!! 悟り部屋刑務所での禁固刑はあんまりですよ、裁判長! しかも休日に放課後までって……それだと七菜子ちゃんをリアタイで見れない!」

「やっかましいっ! 見苦しいぞ、被告人。だいたいお前がクライマックスを書いてないのが悪い。今日はいつだと思ってる!?」

「え? 6月第4週の週末金曜、七菜子ちゃんの番組が……」

「七菜子ちゃんはもういい!」


 小槌を叩いていたが金丸部長に投げつけては更に怒鳴る。


「文化祭はいつだ!」

「8月の第4週目の土日です」

「そうだ! 文化祭は8月の第4週の土日で、クライマックスに向けた稽古や衣装作り、舞台の大道具に小道具作りを逆算すると日にちが無い。分かるか? ま・に・あ・わ・な・の・!」

「あはは、そんなまさか。若いウチはノリと勢いで何とか――痛っ!?」


 能天気に笑う金丸部長に陪審員達が物を投げつけていく。


「ひー、やめて! か弱い部長に物を投げつけないで!」


 頭を抱えながら叫び金丸部長。しかもか弱いと言った瞬間、陪審員達から更に物を投げつけて反感を買い、沙織裁判長が制止しては茜を呼び出して説明させる。


「いいですか、部長。既に物語中盤までの台本はもらっていますから、おおよその大道具、小道具は作り始めてます」

「なんだ驚かせないでよ、茜ちゃん。だったら……痛っ!?」


 頭を掻きながら笑う金丸部長の頭を台本で叩く茜。


「問題は配役が何一つ決まっていないん事ですよ!!」

「そっちか――っ!!」


 今度は頭を抱える金丸部長に更なる追い討ちが――。


「配役が決まらないと衣装作りが出来ないんですよ! おまけに舞台稽古も通しで出来ないですし、このままじゃ夏休みが衣装作りで終わっちゃいますから!! それに8月には合宿もあるんですよ!? また黒歴史ってスレッドが立ちますからね!」

「それだけは嫌ーっ! 黒歴史スレッド怖い!!」

「そうでしょ。だったら早くクライマックス書いて下さいよ。部長の言う、皆にスポットライトが当たる劇を書いて下さい!」


 茜にも罵倒され陪審員達に物を投げつけられる金丸部長は這いながら弁護人に縋る。


「碧ちゃん、助けて! 暴徒化した部員と顧問に襲われる! あいつら僕の身ぐるみを剥がす気だ!」

「えええ!?」


 金丸部長が碧の足首を触った瞬間にカチャン! っていう金属音が鳴る。

 金丸部長が手首を見ると新たな手錠が嵌まっており、美咲が這いつくばっている金丸部長の肩を掴む。


「はい、痴漢の容疑と可愛い碧に手を出した罪で現行犯逮捕♪ 悟り部屋刑務所に1名様入りまーす!」

「いいいやややぁぁぁ――!!」

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