最終話 あなたのキャンバスは何色ですか

 演目も最終局面に向かい、シンデレラ役の美咲にガラスの靴を履かせる場面。

 スポットライトに当たりながら美咲が囁く。


「隼、あの子に……碧に好きって言わなくてもいいの?」

「っ!? お前、劇に集中しろよ。今はいいだろ……終わったことだし」


 劇に集中しろという隼に美咲は鼻で笑ってしまう。


「集中? 笑わせないでよ。アンタの方が集中してないでしょ。心此処に在らずみたいな顔してさ。好きなら好きっていえばいいじゃん。重荷になりたくないとか、格好つけて」

「お前――っ!?」


 隼の言葉を遮るように立ち上がる美咲。

 美咲の人差し指が隼の胸を突き――。


「今の隼、ダサいよ。傷つくのが怖いからって、自分に都合のいい理由を言ってて。……でも良かったかもね。こんな男に可愛い碧をあげなくて。今の隼じゃ、碧が悲しむだけだし」

「……」


 美咲に言いたい放題された隼の顔つきが変わる。

 明らかに不機嫌な時にみせる顔つき。


「なんだ、ちゃんと男の顔が出来るじゃん」


 暗幕が降り、舞台は結婚式会場に変わっていく中、僅かな休憩時間に美咲は隼にスマホを見るようにいう。

 スマホの画面にはメッセージアプリのお知らせマークが一件着いている。

 アプリを開き、メッセージ主の名前に隼の胸がざわつく。

 メッセージ主の名前は四季島碧。

 そしてメッセージ文には――。


 ――大事な話があります。夕方十六時までは東京に居ますので連絡下さい。出来れば会いたいです――。


 そのメッセージ文に、隼は自分が情けなく思う。

 美咲の言うとおり、自分が傷つくのが怖いからって、自分に都合がいい理由を言っていた。


 そして自分も碧と同じ気持ちになる。


 会いたい。


 会って、碧に大事な言葉を伝えたい。


 今さら遅いかも知れない。


 それでも伝えたい気持ちがある。


 隼の表情が変わったのを見て、美咲は嘆息つきながら笑う。


「やれやれ。やっと決意がついたみたいだね、隼」

「ああ。美咲、四季島はまだ家にいるか?」

「残念だけど、今ごろ東京駅じゃないの?」

「東京駅!?」

「そ。十六時発の博多行き新幹線に乗るから」

「十六時発って……」


 隼がスマホの時計を見ると十四時半過ぎ。

 今から立川駅に行って、運良く東京駅行きの特別快速に乗ってもギリギリのライン。

 万事休すかと思う隼に美咲が何やら準備を始める。


「さてと。今から飛ばして行けば間に合うかな」

「間に合うって、今から行っても間に合わないだろ」

「ま~だいうか、ほれ」


 美咲がヘルメットと制服を隼に投げつける。


「間に合う間に合わないが問題じゃない。何をしたかが重要。自分が好きになった女をみくびるな。たとえ間に合わなくても、あの子はわかってくれるから。グダグダ考えないで……行くの? 行かないの?」

「行くに決まってるだろ。グダグダ考えるのはもう止めた。俺は四季島に会いに行く」


 ******


 東京駅に来るのは二度目だ。

 初めて来た時は乗り換え方がわからなくて四苦八苦して中央線に乗ったな。

 スマホの画面を見るが、新しいメッセージは来ていない。

 期待していないと言っては嘘になるが、いざ現実を突きつけられると切なさが込み上げてくる。


『十六時九分発のぞみ 東京駅発博多行き、間もなく到着します――』


 そしてホームにのぞみが入場する。

 ゆっくりと進むのぞみの行き先表示は博多行きと記され、お父さんとわたしはキャリーバックを引き寄せる。

 車輌のドアが開き次々と乗客が入る中、つい足を止めてホームを見渡してしまう。


 彼がいないかと。


 だが彼の姿は何処にもなく、お父さんが声をかけてきた。


「碧、誰か待ってるのか?」

「……ううん。行こう、お父さん」


 本当は待っているのに、また嘘をついてしまった。

 来てくれるのかすらわからないけど、美咲はギリギリで間に合わせると言っていた。

 間に合わせてみせると。


 窓側の指定席に座り、ぼんやりと離れた在来線ホームを眺めて発車までの時間を過ごす。


 美咲は約束を破らない子だけど、流石に今回は無理があったと思い知る。

 もうこのまま早く発車して、後で美咲に謝ればいいと思った矢先。

 在来線のホームで誰かが叫んでいる。


「……うそ」


 その人の姿を見て、わたしは胸が高鳴る。

 周りの人達の視線なんかお構い無しに誰かの名前を呼んでいる。


「あおいーっ!!」


 初めて名前を呼んでもらった。


 四季島ではなく、わたしの名前。


 あおいって。


 わたしは勇気を振り絞り。


「ごめん、お父さん! わたし、行かなくちゃっ!!」

「お、おい! 行くって、何処にだ!?」


 隣に座るお父さんを跨いで走り出す。


「立飛くんの……隼くんの所に行ってくる!!」


 男の子の名前を言われて驚愕するお父さんを尻目に車輌出口まで走る。

 向こうも気づいたみたいで、同じ方向に走り出した。

 車輌出口から勢いよく飛び出して驚く乗客。


「す、すみません!」


 走りながら謝り、ホームの階段めがけて全力疾走。

 普段だったら絶対しない、二段跳びをしながら降りて行く。

 着地の衝撃で瞬間に足首に痛みが走るが、そんなの関係ない。


 いまはただ。


 いまはただ、隼くんに早く会いたい。


 在来線と新幹線を隔てる改札で二人は出会う。

 お互いに息を切らしているが、ついに二人は自分の気持ちに素直になる時が来た。


「あおいっ!!」


 隼くんが改札を通ろうとするが、ブザーが鳴り改札扉が二人の間に境界線を張る。

 窓口に向かおうとする隼くん。咄嗟にわたしは自分の切符を入れて、改札から飛び出した瞬間彼の名前を呼ぶ。


「はやとくんっ!」

「あおいっ!」


 わたしの声に気づいた彼。

 急いでわたしの所に来た瞬間。


俺、あおいにわたし、はやとくんに――」


 二人同時に喋ってしまい、思わず顔が赤くなる。

 互いに伝えたい気持ちを言葉に変えて隼くんが伝えてきた。


「俺、碧のことが好きだ。魔法が上手く出来なくても頑張る碧。一度は嫌なことから逃げたけど、それでも嫌なことに立ち向き合う碧。そんな碧の全部が好きだ」

「わたしも隼くんの事が好き。ファインダーを覗き込む隼くん。一生懸命に好きなものに打ち込む隼くん。また夢に向かって歩き出した隼くんが好き……どうしようもなく好き」


 その瞬間、わたしの身体を引き寄せて抱き締める隼くん。

 突然の出来事に驚いてしまうが、わたしも彼の身体を抱き締めた。

 温かくも心地よさが心を満たしていく。


「碧のことが大好きだ。……本当は早く伝えたかったけど、ごめん。俺が勝手に決め込んでいたから……重荷になりたくないって」

「ううん。わたしの方こそ、ごめん。もっと早く素直に言えてれば良かったのに……大好きだよ、隼くん。隼くんのお陰で、わたしのキャンバスこころの世界は輝いている。ありがとう。わたしのキャンバスを彩らせてくれて……また夢に向かって進む勇気をくれて本当にありがとう」

「俺も碧のお陰で夢に向かっていく決心がついたから。だからありがとう。夢に向かう勇気をくれて……碧に出会えて本当に良かった」

「わたしも皆に出会えて……隼くんに出会えて本当に良かった」


 名残惜しむように身体が離れていく。


 だが心は……気持ち繋がったままに感じる。


「ありがとう、隼くん。灰色だったわたしのキャンパスを彩らせてくれて。世界はこんなにも眩しくて、綺麗だって気付かせてくれて」


 世界は自分次第で何色にもなる。


 雨の日が憂鬱と思えば憂鬱に。


 晴れの日が気持ち良いと思えば、気持ちよく思えるように。


 自分の気持ち一つで、この世界は何色にも彩られて見える。


 灰色だったわたしのキャンバスは、みんなのお陰で……人と関わることで彩られていった。


 これからも沢山の人達との出会いと別れで、わたしのキャンバスは彩られていく。


 あなたのキャンパスは何色ですか。


 完


 ******


 ご愛読ありがとうございました。

 後日談も掲載しますので、よろしくお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る