第53話 これでいいの
八月最終週の土日が来週に迫り、演劇部は学校ゆ集まり、大道具に小道具。それに壁画であるパネルの搬入に大忙しだった。
もっとも皆の驚きは、わたしの転校。
二学期からは博多の学校で、文化祭は途中で抜けると言った時は、茜や金丸部長が泣いてしまった。
わたしは土曜の午前中のみ参加で、午後にはお父さんが迎えに来て、そのまま博多に行くと。
そして最終日前日も午前午後を通しでやり、音響担当である吹奏楽部との打ち合わせ。
金丸部長は昔みたいにセーターを肩に羽織り、黄色いメガホンを取りながら指示を飛ばしている。
しかもテレビに出てくるプロデューサーみたいに態度が違う。
なんというか。そう、横柄だ。
「隼! ガラス靴を履かせるのが下手過ぎるぞ! もっとこうだな、彼女に履かせるみたいに優しくやれ!」
「……わかった」
王子役の立飛くんに、ニヤリと笑う美咲が茶化してる。
「あれれ~、隼さん。なんだったらシンデレラを誰かさんと交代しましょうか~? きっとその方が嬉しいですよね?」
「う、うるせぇ。それに誰かさんって誰だよ」
シンデレラにガラスの靴を履かせる為にしゃがみ込む隼に、片足を差し出す美咲は嘆息。
「誰って、決まってますよ~」
緩んだ口元を片手で上品に隠す美咲がわたしを見てるが、隼は黙って美咲の足元を見ている。
「……いいから。早くやるぞ」
「本当素直じゃないね、隼は。そんなじゃ後悔するよ、あの子は文化祭の日にいなくなるんだから」
「……」
無言のままの隼に美咲は続けて。
「あの子は自分の願いを口に出さない癖がある。隼だって、あの子の癖は知ってるでしょ」
諭すように喋る美咲に、隼は不意に立ち上がり、体育館から出ようとしては――。
「……うるさい。わかってるよ、そんなこと。アイツが自分で決めたことに俺は応援してる。俺の勝手な願いでアイツの足を引っ張ることだけはしたくない。……重荷にはなりたくないんだ」
そう言って隼は体育館から出ていき、彼の背中を見ながら美咲は再び嘆息する。
「揃いも揃って、ヤマアラシのジレンマか……」
言葉に出せば簡単なのに、互いに傷つくのが怖い隼と碧。
お互いの存在を思いやっているが故に近づけなくてもどかしい。
******
文化祭当日のお昼。午後の部が始まる前にわたしと立飛くんはクラスが出店した喫茶店に居た。
昼休憩は美咲と回る約束をしていたのに、何故か待合せ場所に居たのは立飛くん。
きっと美咲の企み……それしかない。
机を向かい合わせに繋げ、白い生地のテーブルクロスを掛けられた席に、向かい合わせに無言で座るわたしたち。
「四季島、誰かと待合せしていたのか?」
「えっ!? う、うん。……美咲と回る約束してたんだ」
「そっか。俺も茜とヒロミと回る約束を……遅いな、美咲のヤツ」
「そ、そうだね」
「……」
「……」
沈黙と無言。
初めてのお見合い席でも、もうちょっと会話があるはず。
「その……博多に帰るって言った時は驚いたよ。お母さんと仲直り出来たんだな」
「……うん。みんなのお陰で勇気を持って踏み出せたから。でも、お母さんの病気はこれからが勝負だし、わたしも側でお母さんを支えたいと思ったの。だから……だから博多に帰らなくちゃって」
今の気持ちに嘘はない。
嘘はないけど最後の言葉は、やっぱり濁ってしまう。
「あっちに行っても、たまには遊びに来いよ。茜やヒロミに演劇部のみんな。それに俺……美咲のヤツも喜ぶから」
「うん。絶対行くよ……必ずね」
今のは嘘。
きっと美咲には会うけど、立飛くんには会いたいけど会いたくない。
会えば想いが溢れる。自分の決意が揺らぐから。
「あと例の写真、晴海さんから連絡がきて、表紙に決まったよ」
「本当!? 良かったね!」
「ああ。晴海さんに写真のタイトルを今日中に決めてくれないと印刷が間に合わない! って催促が激しいけどな」
「早く決めてあげなよ。それじゃ立飛くんのお父さんみたいじゃん」
「あはは、だな」
凄いなぁ、立飛くん。
美咲や立飛くんも、わたしより先に歩いていく。
美咲は将来、留学して魔法を勉強を頑張りたいと。
立飛くんは、お父さんみたい写真家になるために頑張ると。
そして、わたしは――。
「あのね、立飛くん。わたしも魔法の勉強を頑張ろうと思ってるの」
「……それって魔法科がある高校で?」
驚きと不安そうな表情を浮かべてわたしを見ている。
きっと前のわたしに戻るかもと心配してくれてるのだろう。
「ちょっと違うかな。お母さんから直接教えてもらう。魔法科がある高校を出てないと、日本の大学は難しいから。だから海外の大学に行こうかなって。海外にお母さんの知り合いもいるし、あっちの大学は結構独学で入る子もいるんだよ。わたしみたいにエスカレーター式から降りた子とかね」
自分の夢を語るわたしに立飛くんは目を見開いたまま。
呆然としているが正しいだろう。
「そ、そっか。海外はスケールが違うな……。それが四季島の夢なのか?」
「うん。魔法を勉強し直して、お母さんやお婆ちゃんみたいな魔法使いになりたいの。みんなを笑顔に出来るような魔法使いにね」
これは嘘偽りない自分の夢。
美咲に話した時は「えー!? わたしも海外行く!! お母さん、わたしも海外の大学で夢のキャンパスライフを送りたい!!」と言っといたが、綾子さんから学費が大変だから日本の国立大にしてと言われていた。
「じゃあ向こうに行っても頑張れよ」
「うん、お互いにね」
お互いに夢を騙り、午後の部が始まる放送が流れる。
最後の最後で、わたしは自分の気持ちに嘘をついてしまった。
立飛くんは出番があるからと、先に席を離れていく。
彼も何か言いたげな表情をしていた。
だけど口を詰むんで行ってしまう。
一人残ったわたしも静かに席を離れ、教室から出ると美咲が待っていて――。
「ねぇ、本当にこれでいいの? 今なら隼に追い付くよ!?」
わたしの事を想ってくれてるだろうけど、わたしの一方的な気持ちで彼の重荷になりたくない。
だから静かに首を振り。
「これでいいの」
そう、これでいい。
この気持ちは心の海に沈めた方がお互いの為にいい。
いいに決まってる。
だけど美咲は――。
「じゃあなんで泣いてるの?」
「――えっ?」
不意に頬を触ると涙の感触が指に伝わる。
悲しくなんかないのに、なんでよ。
「本当は隼に伝えるのが怖いんでしょ。上手くいっても、東京と博多は離れてる。最初は良くても段々お互いが重荷になるって。そう思ってるんでしょ!」
美咲の言う通りに怖い。
上手くいったところで、それは最初だけなはず。
段々と互いの事が重荷になって、縛ってしまう。
それならいっそ無かったことにした方が良いと考えた。
彼を想う気持ちを。
彼を好きという気持ちを。
「だったらどうすればいいのよ! わたしは博多に行くんだよ。今さら彼に重荷を背負わしたくない。それだったら最初から無かった事にした方がお互い幸せでしょ!!」
その瞬間、パシンッ! と音が鳴り、頬に痛みが走る。
「勝手に考えないでよ! 隼が言ったの? 言ってないでしょ! 自分が好きな男を勝手に、そんな男だと決めつけないで! 碧が好きな隼はそんな男なの? 違うでしょ……自分の気持ちに嘘つくな!!」
美咲に頬を叩かれ、互いの張り上げた声が廊下に木霊する。
何事かと、周りの人達の視線が集まる中、「自分の気持ちに嘘つくな!!」と言われたわたしは涙が溢れてしまい――。
「じゃあどうすればいいの? ……もう今さら遅いよ」
泣きながらいうわたしの身体を強く抱き締めながら美咲は囁く。
「バカ……本当にバカ。なんで素直にならないの」
「……ごめん……本当にごめん」
「バカ、謝る相手が違うでしょ。本当に手のかかる従姉妹よね、碧は」
「だって……だってぇ……」
泣きじゃくるわたしの涙を拭い、美咲は自信ありげに笑いかける。
「大丈夫。わたしが何とかしてみせるから、絶対に」
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