第52話 生きるのを諦めないで

 泣き叫ぶわたし。

 お母さんのわたしに託したかった想いを知った今、お母さんが嫌いなんてどうでもいい。


 今ただ。


 今はただ生きるのを諦めないで欲しい。


「……碧を苦しめていた私が居なくなるのよ。貴女にとっては肩の荷が降りて、せいせいするんじゃないの……」

「そんなの嬉しくない! お母さんに制服姿や、卒業式だって観てもらいたい!! だから……だから生きるのを諦めないでよ!! お願いだから……その為だったら勉強だって頑張るから。魔法の勉強だって頑張る……だから治療を受けて……生きる事から逃げないでよっ!!」


 嗚咽を漏らしながら泣くわたしの背中を優しく摩るお母さん。


「わかったわ。碧の為に……いえ、自分の為に私も生きる事から逃げずに闘う」

「本当に?」

「本当よ。母親としては失格だったけど、碧の卒業式くらい見たいもの」

「約束だよ! 絶対だからね!」

「ええ、約束する」


 昔みたいに仲の良い頃には戻れないかも知れないし、過去はどう頑張っても変えられない。

 だけど、これからの未来は変えられる。

 その想いと決意を胸に、わたしとお母さんを隔てていた氷の壁はゆっくりと、少しずつ溶けていく。

 互いの胸の内に懐いていた想いを言葉にしていくと分かり合えると信じて。


 ******


 お母さんと少しずつだが分かり合ったのに、未だに泣いているわたしの頭を優しく撫でながら微笑む。


「まったく……昔から碧は泣き虫だったわね」

「だって……だって」


 こうしてお母さんと顔を合わせるのは数年ぶりで感情が込み上げてしまう。

 小学校の卒業式や、中学の入学式に卒業式。高校の入学式だって会いに行くどころか、制服姿も見せていない。

 今にして思えば、なんでもっと早くお母さんと分かり合おうとしなかったのかと悔やんでしまう。


「碧、お父さんを呼んで来てくれる? 治療の件を話さないといけないから」

「……うん」


 名残惜しいがお母さんから離れ、病室のドアノブを掴むと、背中越しにお母さんが――。


「碧、群青色の花火凄かったわ。貴女のオリジナル魔法もね。……流石は私の可愛い娘」


 その言葉が聞きたくて、わたしは頑張ってきた。


 その言葉のせいで苦しんだこともあったけど、やっぱり嬉しい。


 何より魔法使いとしても尊敬するお母さんに言われると。


「うん! だって、わたしはお母さんの娘なんだから!!」


 わたしの気持ちを込めた言葉にお母さんはキョトンとしていたが、直ぐに笑い返す。

 その笑顔に嬉し涙を含ませながら。


 ******


 お母さんから新しい治療を受けると聞かされたお父さんは膝を崩して泣いてしまった。

 お母さんが生きる事を諦めない事も嬉しかったらしいが、一番はわたしとお母さんが歩み寄ったことが嬉しかったと。

 このまま仲違いしたまま最期を迎えるかも知れないと覚悟していたらしい。


「そっか~。美琴叔母さんと歩み寄れたんだ。頑張ったね、碧」

「うん」


 待合室の窓から見える景色を眺めながら恩人に電話する。

 もちろん電話の相手は美咲だ。


「その……美咲のお陰だよ。美咲が背中を押してくれなかったら、きっと今もお母さんは嫌いなままだったと思う」

「ノープロブレム! こんなの大した事ないって! ……戻ったらお別れが近いね、碧」


 いつもみたいに笑う美咲だったが、一呼吸置いてから細い声音に。

 どこか寂しそうに聞こえる。


「うん……まだ何処の学校か決まってないけど、二学期からかな。もろもろ準備もあるから、文化祭は途中で抜けると思う。たぶんお父さんが迎えに来るから、そのまま新幹線かな……」

「そっか。……寂しくなるね。せっかく碧が来て、楽しくなってきたのに」

「わたしもだよ。皆のお陰で……美咲のお陰で学校が楽しい場所になったんだから」

「それは碧が頑張ったから。碧が頑張って一歩前に進んで、自分の心を変えてったんだよ。わたしは何もしていないから。それより残された時間は少ないからね」


 美咲の言っている意味は立飛くんのことだ。

 結局、花火大会や合宿時に想いを伝える事は出来なかった。

 残された時間は少なく、文化祭の時しかない。


「……うん」


 ちょっと濁した答え。

 立飛くんのことが好きに変わりない。

 好きに変わりないけど、同時にこうも考えてしまう。

 わたしは博多に行き、立飛くんは東京。

 仮に上手くいったとしても遠い存在になる。

 スマホなんかで声や顔を見れるが、やっぱり実際毎日学校で会うのとは違う。

 月に数回、もしかしたら数ヵ月に一回かも知れない。

 そんな彼女にいつまでも想い続けてくれるの?

 彼の重荷になるくらいならこのまま言わずに、胸の奥にある深海に想いを沈めた方が、お互い為になると考えてしまった。

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