第26話 あなた達が必要なの

あれ? どうしてこうなっただろう。


 そう思う視線の先には立飛くんが座っており、私の横には美咲が座っている。

 そして立飛くんの隣には見知らぬ大人のお姉さんで、しかも美人ときた。

 デートにしてはラフな格好をしており、Tシャツにジーンズ姿。

 私がまじまじと観察しているとお姉さんが話し掛けてきた。


「あなた可愛い子ね、隼くんの彼女?」

「「「ぶっ!?」」」


 お姉さんの言葉に3人が同時にミルクティー、アイスティー、紅茶をそれぞれ噴き出してしまう。


「え!? あ、あの……」


 私の頭がショートしていると立飛くんがお姉さんに言う。


「四季島はだから。あと隣も四季島で、2人は従姉妹だよ」

「あ、なんだ~。お姉さんてっきり隼くんが掛けてるのかと思ったよ、あはは」

「いや違うから。誰とも付き合ってないし」


 二股という言葉にまたも噴き出してしまうが、何より心に刺さったのはクラスメイトと立飛くんに言われたこと。

 確かに間違っていないが、なんかはっきりと言われてしまうと心がモヤモヤしてしまう。

 そんな私に嬉しい知らせか分からないが、立飛くんは誰とも付き合っていないと。


「自己紹介が遅れたわね。わたくし、こういう者です」


 お姉さんの表情がキリっと変わり、鞄から名刺ケースを取り出し、私達の前に名刺を差し出す。


「神田出版編集部、奥寺晴海おくでらはるみ……」

「ええ。神田グループの出版会社に所属してるの。担当は新人ファッション雑誌『ランウェイ』と『ニューエイジ』って言うアマチュアカメラ専門誌なの。ランウェイなら、あなた達も聞いた事がないかしら?」


 ファッション雑誌『ランウェイ』と言えば新人モデルと新人デザイナーとコラボさせるファッション雑誌で博多でも高校生の間で有名だし、何より『ニューエイジ』は立飛くんのお父さんが表紙写真を飾った雑誌。

 すると名刺を見るなり美咲が体を乗り出して奥寺さんに迫る


「あ、ランウェイなら見てますよ! 新人モデルと新人デザイナーのコラボが面白くて。あとファッションの参考にもなりますし!」

「あら、ありがとう。ランウェイは新人モデルと新人デザイナーの登竜門的な位置付けなのよね。そこからステップアップして新人は売れっ子モデルか、女優にって感じで。今回は立飛くんを『ニューエイジ』に勧誘しに来たの」

「へー。 ……か、勧誘!?」


 奥寺さんの爆弾発言に美咲は声に出して驚き、私は心の中で驚いてしまう。


「晴海さん……何度も言いましたけど、俺はプロになりませんよ。だいたい親父の写真は越えられませんから」

「そんな事ないわよ。復活した『ニューエイジ』創刊号で伝説的な表紙を飾ったモデル、南条翼を撮った無名のカメラマン立飛綾人たちひあやと。彼の撮った写真は写真であって写真じゃないと言わしめる程に躍動感に満ちている写真と言われた。その息子なら父親を越えられるかも知らないし、実際あなたが撮った写真はその片鱗があるわ」

「……それは気のせいですよ」


 冷たくあしらう立飛くんの言葉。

 でも奥寺さんの言葉に私は思い出す。

 文化祭準備の中、立飛くんが見ていた写真は確かに向日葵が揺れ動いている様に見えた。

 そんな立飛くんに奥寺さんはホット珈琲を飲みながら言う。

 その言葉はホット珈琲の様に温かくなく、むしろアイス珈琲の様に冷たい現実の言葉。


「実を言うと『ニューエイジ』は最近発行部数が落ちているの。もちろん『ランウェイ』も例外では無いわ。これは時代の流れで仕方無い部分もある。紙という媒体からネットという新たな媒体に時代が移っているからね。でもだからって私たち業界人は諦めない。諦めの悪い連中なりに足掻いてやるつもり。だけどその為には新たな起爆剤が必要なの。立飛くんの写真や新たな原石達……新人モデルやアマチュアカメラマンがね」


 奥寺さんの熱が込もった言葉に立飛くんが返す。


「でも晴海さんが必要なのは俺の写真じゃなくて、親父の……立飛綾人っていうネームバリューでしょ」

「もちろん否定はしないわ。立飛綾人のネームバリューなら古い読者や頭の固い経営陣は惹き付けられる。でも立飛綾人は過去のカメラマンであって、今の……新しい感性を持つ若い読者には合わない。だからあなたが欲しいの、若い読者には若いカメラマンとモデルがね。いつの時代だって新しい文化を作るのは古い考えに縛られた大人ではなく、自由な翼を持つ若者だもの」


 1歩も引かない奥寺さんの熱意に立飛くんは素っ気なく返した。


「取り敢えず考えておきますが、余り期待しないで下さい。それと親父には写真を早く出版会社に送る様に言っときますから」

「良い返事を待ってる。それに助かるわ、綾人先生ったら海外に行きっぱなしで、全然つかまらないから困るのよね。いっつも奥さん経由じゃないと連絡つかないし」


 再び珈琲を飲みながら奥寺さんが私を見て――。


「確か、碧さんだったわよね?」

「は、はい」

「ウチってグループに芸能事務所もあるんだけど、モデルって興味が無いかしら?」

「モデル? 私が?」


 奥寺さんの爆弾発言に追いつかない私の心。

 しばらく間を置いて現実が襲ってきた。


「えええ!? 無理!」


 思わず否定してしまったが奥寺さんは諦めずに出版社魂を見せてくる。


「そうかしら? 見たところ顔は良いし、身長やスタイルも合格点だわ。何より垢抜けてない所が素朴で、読者が等身大の様に思える。それに、その博多弁が可愛いからウケると思うんだけど……ダメ?」

「無理ですよ、私には……。人前に出るのは恥ずかしいですし」

「う~ん、でも人前に出るのは早めに馴れといた方がいいわよ。いつか社会に出れば嫌でも人前に出るし、時には恥ずかしい失敗をして泣きたくなる時もあるからね」

「そ、それはそうですが……」


 なんだか先生に怒られてる気が……いや、お母さんに言われる気がしてきて気分が海の底に沈んでいく気がした瞬間――。


「晴海さん、いきなり失礼ですよ。四季島が嫌なら嫌でいいじゃないですか。それは四季島が決める事であって、晴海さんが決める事じゃありませんよ」


 立飛くんが晴海さんを見ながら言った瞬間、私の体は海の底から浮かんでいき、4人のテーブルに沈黙が重くのし掛かる。


「あ……ごめんなさいね、四季島さん。何か上から目線で喋っちゃって」

「い、いえ。私の方こそすみません……」

「いいのいいの、悪いのは私だからさ。ここはお詫びに私が持つから、本当ごめんなさいね」

「え、でも……」


 会計の用紙を持って立ち上がる奥寺さん。


「大丈夫よ、経費で落ちるし。それに会社は使われるよりも使い倒せだよ、四季島さん。あと2人とも、私は真剣にあなた達が必要よ。これだけは分かって欲しいわ」


 そう言って奥寺さんは私たちの前から居なくなり、テーブルには名刺だけが夏の香りと共に一緒に残されていた。

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