第27話 親には親、子供には子供の思う所がある

 眩しい太陽の光がいつの間にかサンセット色に変わり、テラス席に座る私達に帰りの合図を送る。

 暫く沈黙が流れた後、美咲が切り出した。


「あれ、どうした皆? 何か暗いぞー! もう奥寺さんったら碧は誘っておいて、私には声をかけないんだから酷いなー、あはは」


 美咲が何とか場の空気を変えようと試みるが夏の湿気の様に肌に纏わりつく重い空気は変わる様子をみせない。

 そんな中、立飛くんが立ち上がっては鞄を肩に掛けて私達を見て言った。


「2人とも、今日は悪かった。後で晴海さんには言っとくから。四季島も晴海さんの話は真に受けなくて大丈夫だからな」

「う、うん……大丈夫だよ」


 正直、モデルなんて私には無理だと分かっている。

 あれは奥寺さんも冗談で言って、本気じゃない事くらい私でも分かる。

 私は人前に出るのが苦手で、引っ込み思案だ。

 だって上手く魔法が使えない癖に魔法学校に入り、皆が上達する中で私1人が取り残されていき、段々と居場所がなくなり、そして嫌な場所から東京に逃げたのだから。

 そんな私が誰かに必要とされるはずが無い……。


「じゃあ俺も帰るよ。2人はどうする?」

「え!? えっと……」


 私が美咲に視線を向けると美咲は「私たちも帰るよ。同じ方向だから途中まで一緒に隼も帰ろ」と言って立飛くんも無言で頷いた。


 ******


 喫茶店カラフルから出た私達は多摩モノレールの軒下の歩道を無言で歩く。

 周りを見るとシネマシティ、シティ・ツーから映画を見終わって出てきた観客に、すぐ近くにあるファミレスの順番待ちの人達がガラス越しに見える。

 そんな中をすり抜けては、多摩モノレール立川北に続く階段を上がって行く。

 オレンジ色の夕陽が私達に差し込む様に照らすと立飛くんが口を開いた。


「俺さ、昔は親父みたいなカメラマンになりたかったんだよ。誰か1人でも良いから俺の写真で感動してくれる、そんなカメラマンに成りたいって……」

「え?」


 私達の1歩先を歩く立飛くんが振り向かずに口を開いた。

 まるで誰かに聞いて欲しいみたいに。


「昔は結構色んな賞や雑誌に投稿してみたんだよ。それこそ立飛綾人が親なら案外簡単にいけるんじゃないかと楽に思ったんだ」

「うん……」

「でも結果は散々で、何処の賞や雑誌にも俺の写真は載る事はなかった。まぁ、今にして思えば嘗めてたんだと思う。たまたま親父と話す機会があって、そのとき言われたんだ『の写真は技術スキルはあっても、芸術アートじゃない。所詮は立飛綾人の二番煎じに過ぎない、言わば劣化版だ。この意味が分かるか? って』ってね。たぶん才能が無いって言いたかったんだと思うよ」


 まるで自嘲する様に言う立飛くんに私は思わず――。


「そんな事ない!」


 思わず叫んでしまい、立飛くんや美咲が驚き、周りの視線が私に向いていく。

 その瞬間、駅ビルと外との境界線を表す様に床の色が変わり、立飛くんと私達を隔てる様に、まるで住む世界が違うと言っている様に見えてしまう。

 でも私は勇気を振り絞って立飛くんに自分の思いを言葉にした。

 上手く言い表せないし、逃げてばかりの私に言えた義理じゃないが、これだけは立飛くんに……彼に伝えたい。


「私は立飛くんの写真が好きだよ。星空の写真を撮ってる時の立飛くんはちょっと格好良かったし、なにより文化祭の準備をしている時……あのとき見ていた向日葵の写真は確かに揺れ動いている様に見えて、それこそ立飛くんのお父さんが撮ったみたいに写真であって写真じゃなかった! あの瞬間、少なくもても私は感動したよ!!」


 息を切らしながら言い切った私に彼は……立飛くんはちょっと照れくさそうに私に笑いかけて言った。


「ありがとう、四季島。ちょっと勇気が出たよ。土曜の撮影、楽しみにしてるからな」

「あ、うん……私もだよ……」


 立飛くんは手を振りながら駅ビルの改札方面に消えていき、私と美咲は彼を見送りながら手を振った。

 立飛くんが見えなくなって美咲を見るなりニヤニヤと笑っている。


「碧さん、今のは愛の告白ってやつですか?」

「え……あああ!?」


 今になって自分で言った事が恥ずかしくなって私は顔が赤くなったのを隠す様に両手で隠しながらしゃがみ込む。


「照れるな照れるな。碧さんだってお年頃の女の子なんだから。告白の1つや2つくらいねぇ~」

「うるさい! もう思い出させないでよ!」


 昭和記念公園のプールの帰りの人やショッピング帰りの人が行き交う中で叫ぶ私。


「いやー見事な告白だったね。隼さんのお返事はどうでしたか? 碧さん」


 まるで芸能リポーターみたいにエアマイクを私に向けてくる。


「告白じゃないから! 私は立飛くんの写真に素直に気持ちを言っただけだから」

「いやいや。あれは遠回しに好きって言ってる様なもんだよ、碧さん」

「えええ!? ち、違うから! あれは言葉のあやってやつだよ!」


 私が立飛くんを好きってこと? 確かに立飛くんを見ると何だか心が高鳴るけど、これは純粋に私が男の子に慣れていないからに違いない。


 絶対そうだよ、うん。


「ま、私はどっちでもいいけどさ。好きなら好きって言っちゃえば? 言える時に言っとかないと後で後悔するよ」

「み、美咲に言われたくないよ。美咲だって夏樹さんに好きなら好きっていったら?」

「ぐっ!? 碧さん、可愛げがありませんよ。私には私のペースってものが……」

「ペース? そんなもの待ってたらあっと言う間に誰かに取られるよ!」

「ちょっ!?」


 一歩も引かない子供じみた言い合いをしたと互いに思ったのか……暫く経つと、まるでさっきの言い合いが嘘みたく、仲の良い双子の姉妹の様に美咲と私は笑いあって帰るべき家に向かって歩き出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る