第33話 これはデート? それとも撮影練習?

 人の温もり。肌に纏わり付く暑さを感じて目を開けると目の前には美咲の顔が至近距離に。

 しかも体を動かそうとすると身動きが全く取れない。

 美咲が私に抱き付いて寝ているからだ。


「ちょっと、美咲……離れてよ」

「ん~いいじゃん……あおいの温もりが感じれて気持ちいいし……」

「普通に気持ち悪いから!」


 美咲の体を突き離そうするが、余計に強く抱き付いてくる。

 そして不意に壁に掛けられた時計を見ると時刻は8時を過ぎていた。


「うそ!? 立飛くんとの待ち合わせ時間は9時だから……」


 必死に脳内で時間を計算して、髪をセットしたり身だしなみ時間を逆算するとギリギリ……いや、間に合わない可能性が高い。


「ちょっと……お願いだからあっち行って!!」

「ぐへッ!?」


 足で思いっきり美咲を突き飛ばしてはベッド下に落とす。

 体を起こすと微かにだるあがあり、額に触るとちょっと熱い。


「気のせいだよね……」


 これは美咲が抱き付いていたから体が火照ったに違いない。

 そう自分に言い聞かせて、急いで服を着替えていると美咲が頭を擦りながら起き上がった。


「痛たた……。別にそのままでもいいじゃん。碧の可愛い寝間着姿なら隼も喜ぶよ」

「喜ばないし、普通に恥ずかしいから!」


 寝ぼけながら言う美咲の頭に着ていた上着をぶつける様に被せて叫ぶ。

 当の美咲は私の上着の匂いを嗅ぎながら「キャー、碧の匂いだー」と言いながら床に転げて足をジタバタさせている。

 美咲……やっぱり変態か!? など思いながら着替えるとそのまま急いで大きい鏡がある洗面所に急行した。

 恐らくそんなに派手過ぎずに纏め上げては髪をサイドアップにする。

 カバンにスマホやらポーチ等身嗜みセットを入れて台所に行くと綾子さんが朝ごはんを作っていた。


「おはよう、碧。あ、確か今日はデートだったわね」

「おはようございますって、デートじゃないですよ、綾子さん」


 冷蔵庫を開けて中にある作り置き麦茶の容器を出しながら否定する。

 どうやら美咲が言いふらして綾子さんの耳にも入っていたらしい。


「朝ごはんは食べていく?」

「ごめんなさい、待ち合わせに遅れそうなので遠慮します!」


 私はコップに注いだ麦茶を一気に飲み干して玄関に走る。


 台所からは綾子さんが「あんまり遅くは駄目だからね! 行ってらっしゃい!!」と言葉が聞こえた。

 私は麦わら帽子を帽子を被り、サンダルを履いた瞬間、2階から美咲の声が。


「碧、駅まで送るよ!」

「え? ちょっと!?」


 振り向くと目の前に迫る丸い物体。

 何とか寸前にキャッチするとバイクのヘルメットだ。


「美咲、運転出来るの?」

「まぁね、お父さんのバイクだけど出来るよ。それより急いで!」

「う、うん」


 家を出て駐車場に向かうと銀色のカバーが掛けられた膨らみある物体。

 美咲がカバーを外すと真っ赤なバイクが鎮座していた。

 真っ赤な車体には白地でメーカーロゴが貼り付けされている。


「ホンダCBR400R、お父さんの愛車だよ」

「結構大きいバイクだけど大丈夫なの?」

「ノープログレム! こう見えて美咲様は16歳からバイクに乗ってるから、あはは」


 美咲はヘルメットを被りながらいつもの様に親指を立てる。

 そして美咲がバイクに跨がり、その後ろに私も跨がった。

 キーを捻り、399cm3・水冷DOHC直列2気筒エンジンが目覚めの咆哮を上げて空ぶかしをする。


「碧、隼だと思って思いっきり抱き付いていいからね」


 ヘルメットのバイザーを開けたままの美咲が私を見ながら瞳を輝かせて言う。


「いや抱き付かないから。それよりも安全運転で!」

「へーい」


 無理やりヘルメットのバイザーを閉めさせて前を向かせる。

 美咲はアクセルを軽く何回か煽り、乾いた排気音を響かせながらクラッチを繋ぎ走り出す。


「じゃあちょっくら飛ばすよ!」

「え? ちょっ……きゃーー!!」


 私の悲鳴はマフラーから出る排気音にかき消された。


 そして魔法使いの箒に跨がってではなく、現代における箒……赤い車体に白い翼を生やした箒に跨がり、その白い翼を羽ばたかせながら夏の陽炎かげろうの中に2人の魔法使いは消えて行く。


 ******


 夏の空気をバイクで感じながら私たちは多摩モノレール立川駅、高島屋近くある駅に続く階段真下に辿り着いた。

 腕時計を見ると9時まで10分くらい余裕がある。

 私は急いでバイクから降りて走り出そうとした瞬間。


「碧! メット忘れてる!」

「メット? あ、ありがとう!」


 ヘルメットを被りながら行こうとしていたみたいで、急いでメットを取り、それを美咲に投げた。

 すると美咲はヘルメットをキャッチして手を振る。


「行ってらっしゃい! あ、ちゃんと勝負下着は履いたの!?」


 勝負下着というワードに歩行者の視線が集まる。

 家族連れからカップルに、果ては立川競輪場に向かうおじさんの視線。

 私は恥ずかしくなり、つい下腹部を押さえながら叫ぶ。


「は、履かないから! じゃあ行ってくるよ!!」

「はいはーい。碧から攻めてもいいんだからね!」

「美咲のバカ!!」


 美咲にいつもの別れの挨拶を交わし、急いで階段を上がって行く。

 階段を上がりながらカバンから手鏡を出して髪をセットし直す。

 ヘルメットを被ったから髪形が崩れているからだ。

 そしてリップを軽くつけて鏡に写る自分に向けて――。


「よし……上手くやるんだよ、碧」


 まるで自分に魔法をかける様に言い聞かせて、私は待ち合わせ場所である多摩モノレール立川駅券売機に向かっていく。

 券売機に続くエスカレーターを駆け上がると既に立飛くんが待っている。


「ご、ごめんなさい。待った!?」


 私が息を切らしながら言うと立飛くんは少しだけ微笑みを見せて首を振った。


「大丈夫。それより四季島は大丈夫なの? 何か汗が凄いけど」

「え?」


 今日は朝から暑く、おまけにバイクのお陰で間に合ったがエンジンやマフラーからの排熱で信号で止まっているとかなり暑かった。

 極めつけはヘルメットで頭は蒸すし、ここまで走って来たからだ。


「ごめんなさい。もしかして汗が……」


 これはひょっとしたらのひょっとしてで、汗が臭いますよって暗に言ってるのかな。


 だとしたらごめんなさい!! と謝るしかないが、立飛くんから出た言葉は案の定外れた。


「気にしなくていいよ、今日は暑いからな。その……飲む? さっき売店で買ってきたから冷えてるよ」


 そう。それは暑い季節には嬉しい冷えたミルクティーのペットボトル。

 そして私の好きな飲み物だ。


「その……貰っていいの?」


 ぎこちなく私が聞くと立飛くんは笑顔で言う。


「いいよ、もともと四季島の為に買ってきたから。学校とかでもミルクティーばっかり飲んでるから、好きなのかなって思ったんだ」


 ちょっと恥ずかしそうに言う立飛くん。

 私はそんな立飛くんが可愛いと思いながら、彼から冷えたミルクティーを受け取っては、キャップを開けて飲む。

 そして冷えたミルクティーを頬に当てながら笑顔でお礼を言う。


「ありがとう、立飛くん。ばりうまかばいすっごく美味しいよ」

「お、おう。……じゃあ行くか」

「うん」


 何故か立飛くんの頬が微かに赤くなっていたが、この夏の所為だと思い気にする事なく彼の少し後ろに付いていく様に私は歩き始めた。

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