第36話 なんかデートみたい
ライオンの赤ちゃんと触れ合える建物に入ると既に多くの人達が並んでおり、飼育員とみられるお姉さんが私達と同じく赤ちゃんライオンを触りに来た人達を整列させていた。
「すみませーん! ただいま整理券を配布しておりますので、整理券配布時に連絡先の記入をお願いいたします! 順番が回り次第、こちらからご連絡させて頂きますので!」
赤ちゃんライオンなんて滅多に触れない。考える事は皆同じなのか、親子連れや私達みたいな男女のペアが多い。
ペアの方を見ると互いに指と指を交差させて繋いでおり、私は不意に自分の手を見てため息をついてしまう。
そんな私を立飛くんが声をかけた。
「四季島。連絡は俺の番号を書いといていいか?」
「あ、うん。それで大丈夫だよ」
飼育員のお姉さんから渡されたボードの用紙に名前と番号を書いていく立飛くん。
すると赤ちゃんライオンの担当だからか、ライオンの耳を模したカチューシャを着けた飼育員のお姉さんが私にそっと話しかけてきた。
「あの、もしかして付き合い始めたばかりのカップルさんですか?」
「え!? ち、ちち違いますよ! 私たちは、その……」
出来ればそこは「そうなんですよね」って言いたいが、現実はクラスメイトかよくて部活仲間ばい。
「ごめんなさいね。なんか雰囲気がソレっぽいから、つい。でも彼女さん。ここの赤ちゃんライオン、シルヴァとキアラと一緒に写真を撮ると恋愛が上手くいくっていいますから、もし彼の事が好きならチャンスですよ」
ぐいぐい来る飼育員のお姉さんに気合いに圧されて私は苦笑いしてしまう。
まるで晴海さんみたいな女性。
「あはは……そんなまさか」
「ウソじゃないですよ。その証拠にホラ、周りは男女のペアが多いですからね。みんな噂を聞いて来たんですよ、シルヴァとキアラは幸運を招く赤ちゃんライオンって言われてますから。猫科だけに」
確かに周りを見ると家族連れよりも男女のペアが多い。
あながちお姉さんが言っている事もウソじゃなさそうに思えてきた。
「そこで幸運アイテム。シルヴァとキアラを模した魔法石を使った、私のお手製ガラス工芸ストラップなんてどうですか? 思いが通じ合っていると光ますよ!」
「か、買います!」
「ありがとございます、お客様♪」
なんだか勧誘商法に騙された感じがするが、スマホのストラップは壊れたままだしいいかなと思って返事をしてしまった。
お母さんから貰ったストラップは壊れたままだが、ずっとカバンの中に入れて持ち歩いている。
なんとなくだがお守り代わりに。
お姉さんから買ったはいいけど、後は立飛くんにどうやって渡すかを考えないといけない。
いきなり渡したらドン引きされる可能性だって……いやいや、立飛くんに限ってそんな事はないはず。
だって彼は。
ふと彼の横顔を見て心が高鳴る。
こんな優しい顔をしている人が酷い事を言うはずがない……余り喋る男の子じゃないから考えが分からない時があるけど、それだけは直感で分かる。
「四季島、まだ時間がかかるみたいだから先に昼にするか? 昼近くだと人混みするからさ」
「そ、そうだね。わたし、初めてなんだけど、どんなお店があるの?」
「そうだな……近くだとサバンナキッチンかな。後はライオンカフェのハンバーガー。ちなみにサバンナキッチンはエアコン付きの席が――」
「サバンナキッチンでお願い!」
「お、おう。分かった」
エアコン付きという言葉に反応して私は即答した。
前のめり気味に返事したから立飛くんがちょっと後退りしてしまったけど、暑いのは嫌いだから仕方ない。
もちろんケアを怠らないが、汗で立飛くんを不快にさせては流石に悪い。
何より今日は朝から頭がぼ~っとして段々と立っているのが辛くなってきたから。
美咲とかなら家に帰るって気軽に言えるが、せっかく立飛くんが誘ってくれたから無駄にしたくない。
ここは金丸部長の『若いうちはノリと勢いで、どうにかなる』って言葉を信じて頑張る!
そう心に固く誓って立飛くんの少し後を歩いて付いて行く。
******
ライオンが展示されているエリアに程近いサバンナキッチン。
中に入るとサバンナと言うだけあって、椅子の背もたれや座面の模様がシマウマの色に彩られている。
しかもお昼にはまだ早いというのに、店内は既にお客さんで賑わっていた。
私がお客さんの賑わいに圧倒されていると立飛くんが空いてるスペースを指さして。
「四季島は先に席を取っといて。俺が買ってくるからさ。メニューは決めた?」
「うん。私はきつねうどんでいいよ」
立飛くんは「本当にそんな軽いのでいいの?」と優しく聞いてくれるけど、朝から頭がぼ~っとするから仕方ない。
本当はオムハヤシライオンなる、ハヤシと半熟タマゴの上にご飯が乗っかっていて、ケチャップでライオンを描いている方が食べたかったけど。
「わかった。じゃあ先に四季島の方を買ってくるよ」
「うん、ありがとう。あ、立飛くん。待って――」
立飛くんが振り向くと私は手を差し伸べて。
「バック、私が見てるから置いていきなよ。流石に重いでしょ?」
「ありがとう。助かるよ」
そう言って立飛くんはカメラが入ったバックを私に手渡した。
それを私は映画に出てくるワンシーン。さながら爆弾解体をしている処理班みたく慎重に扱う。
それを立飛くんは少し笑いながら見届けると歩き出した。
「じゃあ行ってくるよ」
「気をつけて行ってらっしゃい」
立飛くんを見届けた後、私は直ぐ様椅子に座った。
そして熱くなった顔に両手を当てては、一人ジタバタ足を動かす。
ヤバい! 自分で言っといてアレだけど……凄く恥ずかしい!!
なんか付き合ってるというより、新婚さんみたいなやり取りだった!!
一人で妄想を膨らませながらジタバタしていると立飛くんが戻って来た。
しかも片手に私が頼んだきつねうどんと、もう片方の手には立飛くんが注文した料理を持ってだ。
「お待たせ。こっちが四季島の方だから」
立飛くんが私のきつねうどんを片手でテーブルに置こうと、すると私も立ち上がって手を差し伸べた。
「ごめん、重いから持つよ」
「これくらい平気だよ、四季島。こう見えても男だよ、俺」
咄嗟に立飛くんの手に私の手が触れ合う。
あ……男の子の手って意外とゴツゴツしてる。やっぱり女の人とは違うな。
しかも「こう見えても男だよ、俺」って言うのが、なんかちょっと可愛いかも。
「あの、四季島。そろそろ手を離してくれるか? 流石に片方の手がキツイから」
「え?」
視線の先にある私の手はきつねうどんが載ったトレーを持っておらず……立飛くんの手を触っていた。
肝心のきつねうどんのトレーは既に立飛くんがテーブルに置いている。
「あ……ご、ごめんなさい!!」
「別にいいよ。俺の手を触ってもご利益なんてないからな」
笑いながら席に座る立飛くんに、またも私の口が。
「いやいや、ご利益あるか……なんでもない! 何でもないよ、あはは」
思わず本音が出そうになってしまい、これ以上余計な事を言わない為に黙って食べる事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます