第35話 近いようで遠い親娘の距離
近くにあったトイレに駆け込み、鏡の前で深呼吸しながら息を整える。
「(落ち着け碧、あれは幻よ……)」
そう自分に言い聞かせて落ち着かせる。
まるで魔法で過去を見せられてる様に嫌な記憶を……まだ嫌になる前の記憶を見せられてしまう。
トイレから出て周りを見ると幸せそうな家族連れを見て私は呟いた。
「過去に向き合えか……今さらお母さんと仲良くなんて出来ないよ」
幻の私が言った言葉。
過去に向き合えと言っても向き合った所で何も変わらない。
変わるはずがない。
お母さんは私の事が嫌いだし、私もお母さんが嫌い。
幼い時に言われた言葉でどれだけ私が傷つき、苦しんだ事か。
きっと言った本人は忘れているだろうが、言われた本人は忘れない……絶対に。
お母さんが入院している病院にはお父さんが頻繁にお見舞いに行っているらしが、幼い私を一緒に連れて行こうとしたら泣いて拒否した。
見兼ねたお父さんが、お見舞いの時はお婆ちゃんに預けるくらいに会うのが嫌だった。
「(そういえば一度も制服見せてないな……見せた所で何も言わないだろうな、お母さんの事だから)」
そんな姿を見せられても喜ぶ人ではないし、また叱責されるのが落ちに決まっている。
考えても仕方無いと思い、私はトイレから出る。
いつまでも立飛くんを待たせておくのが悪いから。
外に出てライオンがいるエリアに行くと立飛くんは写真を取っている。
「お待たせ、立飛く――」
その瞬間、カバンに入っていたスマホが鳴った。
誰からと思い画面を見て、その名前に息を飲む。
「お父さん!?」
お父さんとは毎週末に連絡を取り合う事になっていた。
だけどいつも私から連絡していたし、大半がお父さんの仕事が終わる頃を見計らってだ。
私は一瞬通話しようか迷ってしまう。
毎週末の連絡はお父さんから出された東京に転校する条件だった。
だけど今はこの時間を邪魔されたくないという思いが先にきてしてしまい、スマホをカバンに戻してしまう。
後で謝ればいい、そう思って立飛くんの元に駆け寄った。
「ごめん、立飛くん。お待たせ」
態とらしく髪を触りながらぎこちない作り笑顔で立飛くんの名前を呼ぶ。
本当は偽りない笑顔をしたいが、さっきの幻にお父さんからの電話で心がざわつく。
だけど立飛くんは疑いもなく笑顔を私に見せてくれる。
「もう大丈夫なのか? なんか顔が赤いけど」
「え、うそ!?」
思わず頬を触って泣いていないか確かめる。
「だ、大丈夫だよ。ちょっと今日は暑いからさ」
咄嗟に今日は暑いからさと言ってしまったが7月だから暑いに決まっている。
自分でなに言ってるんだと思ってしまった。
「確かに今日は暑いからな。それと四季島、コレ渡しとくよ」
「あ、ありがとう」
立飛くんから渡された一眼レフのカメラ。
軽いモデルと言っていたが結構重い。
「まずはライオンを撮ってみるか。今日は暑いからライオンが木陰で涼んでいて動かないから初心者でも撮り易いと思うよ」
「うん……お、お願いします。立飛先生」
思わず立飛くんの事を先生と言ってしまった。
立飛くんは少しだけ笑って言う。
「おう。俺の指導は甘いからな」
「えええ!? 普通逆じゃないの? もっとこう『俺の指導は厳しいからな、四季島!』って感じにさ」
「はは。そんな運動部みたいな事は言わないよ」
優しく指導してくれるなは嬉しいが、果たして初心者の私に上手く撮影出来るのかな? など思いながらカメラのレンズをライオンに向けて覗き込む。
「今は日陰で休んでるけど動物は動くから連写で撮って」
「れ、連写!?」
思わずファインダーから目を離して立飛くんを見ようとしてしまうが、早速先生からお叱りを受けてしまう。
「目を離さないで。ピントが合ったらシャッターを押し続ければ大丈夫。設定は俺が変えといたから」
「う、うん」
木陰で休むライオンの群れ。私はその群れの中に居る一頭のメスライオンにピントを合わせる。
ちょっと群れから外れたライオンで、何となく私と同じ様な気がしたからだ。
連続したシャッター音が鳴り、ちょうどライオンが大きくあくびをした所が撮れたはず。
「どうかな?」
立飛くんにカメラを渡して撮影確認をしてもらうと、ほんの少し笑って撮れた写真の画面を見せてくれた。
「よく撮れているよ、四季島。初めてにしては上手いと思う」
「本当!?」
「うん、俺が初めて撮った時よりも上手い」
「いやいや、立飛くんの方が上手いよ。その……教える人が良かっただけだし……」
心の中では大感謝だが、いざそれを言葉に出してみるとちょっと恥ずかしい。
当の立飛くんは少し恥ずかしそうにしながら背を向けて言った。
「四季島、良かったらアレに触ってみないか?」
「アレ?」
立飛くんが指差す先には小さな建物があり、ライオンの赤ちゃんとの触れあい場と看板が出ている。
ライオンの赤ちゃんとのワードに私の心が躍動して瞳を輝かせながら立飛くんに言った。
「行く!!」
「お、おう。じゃあ行くか……」
「うん」
子ライオンが居る建物に歩き出すと不意に立飛くんが手を差し伸べた。
「四季島、カメラ重いだろ? 持つから貸して」
「い、いいよ! そんなの悪いから大丈夫」
「いいから貸して。俺が持ちたいだけだから」
「うん、じゃあ……」
立飛くんのお言葉に甘えてカメラを渡す。
カメラを渡す瞬間、ほんの一瞬だが指と指が触れあって心の鼓動が速くなってしまう。
私にとっては重いカメラを軽そうに肩に掛けて歩く立飛くん。
その後ろ姿を見て、やっぱり男の子なんだな~ちょっと格好いいと思いながら私は彼の少し後ろを歩く。
いつか一緒に彼の横を歩けたらいいなって思いながら。
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