第14話 青春と恋、そして夏の香り

登校初日の放課後、文化祭に公演する演劇台本前を金丸部長から奪取しようと3年生の教室を見張る私と美咲。

 金丸部長と言えば昼休みも見かけたが、購買部でお弁当とサンドイッチを買い、極めつけは甘い菓子パンを買っていた。

 パンダ体型に恥じない大食漢である。

 そんな金丸部長は楽しそうな表情で鞄を肩に掛けて教室を出ようとしていた。


「さぁ、家に帰って七菜子ちゃんの番組をリアタイリアタイっと♪」


 気分上々で帰ろうとする金丸部長に美咲が立ちはだかった。


「ちょっと何処行く気ですか、金丸部長! 文化祭の演劇台本は上がったんですか!?」

「げッ美咲……じゃなくて脇役兼特殊効果担当総監督! さては沙織先生の差し金だな!!」


 えー金丸部長!? 美咲の名前は脇役兼特殊効果担当総監督じゃなかとよ!


「観念して下さい、金丸部長。部長から台本を取り上げて沙織先生に届ければ私達の遅刻は取消しなんですよ」

「お、お前! 権力に屈して俺を売ったな!!」


 美咲に指を指す金丸部長。

 そんな美咲は微かに金丸部長を見て笑う。


「当たり前じゃないですか。遅刻したら内申点が下がるからですよ! 金丸部長だって同じ立場ならするでしょ!」

「くー! 正論過ぎて反論出来ない!! 流石は俺が見込んだ脇役兼特殊効果担当総監督だ!!」


 逆に美咲に指を指されて言われてしまい反論出来ない金丸部長。

 そして最早、名前違うのに脇役兼特殊効果担当総監督すら流す美咲。

 教室と廊下。床にあるドアレールが金丸部長と私達を隔てる境界線。


「だが甘いな、美咲……そして可愛い新入部員さん。今日の俺はいつもと違うのだよ! いつもとはな!」


 金丸部長が鞄からピンク色の煙が入った小瓶を取り出す。

 それが魔法が込められた魔霧まきりの小瓶だと瞬時に分かったのか美咲が私に叫ぶ。


「碧、鼻ふさいで!」

「えええ!?」


 鼻を塞ごうとした瞬間、金丸部長が床に小瓶を叩きつけた。

 すると小瓶の中に閉じ込められていた煙が一気に教室に広がり廊下にも充満する。


「ははは! 悪いな、美咲。そして可愛い新入部員さん。俺の七菜子ちゃんへの愛は誰にも止められないのだ! この通販で買った魔法を食らうがいい!!」


 煙が充満する中、何かの影が動くのを見えたのか美咲が再び大声を出した。


「くっ、風魔法を出す、ニャー《碧》!」

「ニャン ニャン《分かった》」


 え? いま私……ニャン ニャンって言ってた?


 猫は好きだし、魔法使いなら動物の言葉や気持ちが少しなら分かるけど……。

 私の疑問をよそに朝の悪夢が甦る。

 非常ベルが鳴り、再びスプリンクラーが作動したのだ。

 煙とスプリンクラーにビックリして誰かぶつかると思い身構える私達。

 だが不思議と誰もぶつかって来ない。

 それどころか足元をモフモフしたものが何回も通り抜けて行く。

 そして私と美咲は互いの顔を見て叫ぶ。


「ニャー《碧》?」

「ニャン《美咲》?」


 美咲の顔はまるで猫の様にひげが生えており、それはそれは大変立派な猫耳と尻尾がある。

 まるで猫の着ぐるみを着ているようだ。


「ニャンニャン《変身魔法だよ》、ニャー《碧》!」

「ニャニャ!?《えええ!?》 ニャン、ニャー《だって私と美咲は》」

「ニャー《碧》、ニャオーン《周りをよく見て》」


 美咲に言われて周りを見ると、そこには大量の猫がいる。

 変身魔法で生徒達が猫にされてしまったのだ。

 足元をモフモフしたものの正体は逃げ惑う猫にされた生徒達。


「ニャッ、ニャー《追うよ、碧》」

「ニャジャ!《分かった!》」


 逃げ惑う猫達を避けながら私と美咲は階段踊り場窓から外を見ると金丸部長は既に下駄箱で靴に履き替えている最中だ。


「ニャー!《金丸部長!》」


 窓を開けた美咲が勢いよく猫語で叫ぶ。

 半擬獣化した2人の姿に周りの生徒達の注目が一気に集まり、私の心拍数が羽上がる。


 みんなが見よーし、尻尾まで生えてしもうとーようち!


 スカートの下から立派な尻尾がフリフリと揺れており、皆のスマホが私達に向けられている。

 そんな注目の的になっている私達を見ながら金丸部長は舌を出しながら走って行く。


「あはは、2人とも暫くすれば魔法は解けるからな! 今日の部活は七菜子ちゃんの為に休む! 俺の七菜子ちゃんへの愛は誰にも止められないのだ!!」


 高笑いする金丸部長。

 そんな部長の足を止めようと美咲がポケットから魔水が入った小瓶を取り出しては振り撒いて言霊を吹き込む。


「卑怯だぞ、脇役兼特殊効果担当総監督! か弱い人間にチート魔法を使うなんて!!」


 美咲は魔水に言霊を吹き込んだが、虚しく魔水が地面に落ちっていった。

 一瞬訳が分からなかった美咲だったが直ぐに理解して頭をフサフサの肉球で抱えながら叫ぶ。


「ニャオーン!《しまったー!》 ニャニャ ニャン!《猫の言葉じゃ無理!》」


 猫の言葉じゃ魔法はかからない。

 初歩的なミスに嘆く美咲をよそに金丸部長は校門に近づいて行き、パニック状態の美咲は肉球で頭の毛を散らかす有り様。


 終わったばい……。


 猫の言葉じゃ魔法はかからないし、金丸部長は校門に近づいている光景。

 登校初日に遅刻という不名誉に落ち込む私に奇跡を起こせる人が校門にいる。

 遠くからでも分かる、逞しい筋肉の男。

 私は大声で叫ぶ。


「ニャオーン!《西郷さん!》  ニャ、《振り向いてラリアット》ニャオーン!《ばい!》」


 猫の言葉が分かるのか、西郷が振り向いた瞬間にラリアットを金丸部長に食らわす。


「ぐへっ!?」


 西郷のラリアットは見事に金丸部長の喉に食らい、見事なパンダ体型が1回転しては地面に倒れた。

 口から泡を吹く金丸部長。


「すまんな、金丸。従姉妹さんの頼みは断れんのだ」


 自慢の筋肉を見せつける西郷に騒ぎを聞きつけた茜と沙織先生が金丸部長を引きずって校舎に戻しながら、沙織先生が2人に良くやったと合図を送った。

 それを見た私と美咲はハイタッチして喜ぶ。


「やったー! やったよ、碧!」

「うん!」


 魔法が解けたのか私達の猫耳や尻尾も無くなっては、猫語ではなく普通に喋れている。

 またもスプリンクラーが作動した為に制服のシャツは濡れてしまい、それに気付いては咄嗟に胸元を両手で隠す。

 そんな恥ずかしい女の子の姿を隠す様に後ろから優しくカーディガンを掛けられた。

 私が振り向くとそこには立飛くんの姿が。

 立飛くんの顔を見てまたもや胸が高鳴り、そしてこんな姿を見られて恥ずかしくなってしまう。


「やったな、四季島。お疲れ」

「う、うん……ありがとう、


 ただ単にカーディガンを掛けられただけなのに……なんでこんなに胸が高鳴るんだろう。


 立飛くんに掛けられたカーディガンをギュッと両手で摘まむ。

 立飛くんも急に自分がした事に恥ずかしくなったのか、顔は少し赤くなっていた。

 そして何とも言えない雰囲気が立飛くんと私の間に漂う。

 そんな雰囲気を察したのか、美咲が態とらしく立飛くんに文句を言う。


「えー碧だけズルい! 隼、ここにも濡れたか弱い美少女がいるよー!」


 立飛くんと私が困っている姿を楽しむ美咲の頭にそっと後ろからカーディガン被せるイケメン。


「悪いが、お前は俺ので我慢しろ」

「えーヒロミのやだー。チャラ男菌がうつる!」

「相変わらずお前、俺には容赦がねぇな」

「これくらいでへこむ男じゃないのは知ってるから。何年幼なじみやってると思ってるの」

「だな」


 ヒロミに被せられたカーディガンを「今回は我慢してあげる」と言いながら肩に掛け直す美咲に、それを笑って見ているヒロミ。

 その姿に碧は何か良い雰囲気が見えるばい! と心の中で思ってしまう。

 和んでいる雰囲気を楽しむ碧が床に落ちている1冊の本を拾いあげる。

 そして表紙には皆が求めている言葉が書いてあり――。


「……文化祭台本?」


 白い表紙を捲っていくと時代劇物の台詞が書いてあり、最後のページにさしかかると私の目が思わず皿になってしまう。


「白紙や……」

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