第43話 届きそうで届かぬ想い ②
自分の服装のラフさに頭が真っ白になり、私は美咲の肩を掴んでは揺らす。
「どうしよう、美咲! この格好おかしくない!?」
「おかしくないよ! 普通だから普通! 隼は別に服装で女の子選ばないし」
「そういう問題じゃない!」
立飛くんが良くても私が良くない。
デート? に行くには普段着過ぎるし、メイクだって軽くしかしていない。
「じゃあ碧、コレ着たら?」
美咲のいうコレは花火大会実行委員会のハッピ。
しかも背中にキャッチコピー「今年も熱いよ! 立川!!」って描かれている。
「それは流石にダサ過ぎる!! ねぇ美咲! 今からバイクで家に送って! 着替えて行くから!!」
「それはいいけど、家に帰ったら間に合わないよ。流石にね」
……そうだった。
立飛くんが駅から此処まで歩いて十五分くらいかかる。
今からバイクで家に帰っても確実に間に合わない。
「……こののままで行きます」
「そうしなよ。隼は分かってくれるからさ」
******
せめてもと思い。待ち合わせ場所に行く前に駐屯地の人に化粧室を借りてメイクを直し、髪を整えてから向かう。
美咲は気を利かしてくれて、私が行ってから時間を置いて喫茶店「カラフル」に向かうと。
夏樹先輩も花火大会に来てくれるっていっていたからか、美咲も心なしか顔が緩んでいる。
「じゃあ碧、気をつけて。良い雰囲気なら告っちゃいなよ」
「バカな事言わないでよ。そういうのはタイミングが大事なんだから」
「タイミングねぇ……。碧の性格で待ってたら隼を誰かに取られちゃうよ。碧は大人しいから直ぐ遠慮しちゃ……ごめん! 今のはウソたがらね!」
美咲の言葉がグサっと心に刺さる。
自分でいうのもなんだけど、性格は大人しい方だろう。
何よりも苦しかったのは、彼が違う女の子と居る瞬間を想像してしまったことだ。
「分かってるよ。今日、彼に想いを伝えるから。あなたが好きですって……」
不安と決意を滲ませた声に美咲は優しく声をかけて抱き締める。
「頑張って、碧。上手くいって、幸せになりなよ。碧みたいに良い子が幸せにならない世界、私は嫌いだからさ」
「ありがとう……美咲」
小さい頃から遊んできた美咲が、まるでお姉さんみたいに感じてしまう。
互いの頬を触りながら、額を合わせて。
「じゃあ行ってくる」
「うん……一緒に青春を楽しもうね!」
「うん!!」
手を振りながら美咲と別れ、私は嬉しさを滲ませながら早歩ききで彼の待つ場所に向かった。
******
嬉々として駐屯地入口に向かった私を待っていた彼。
その姿を見た瞬間、又もや心が高鳴る。
いつもの私服姿ではなく、夏祭りの花火大会にピッタリな浴衣姿。
濃紺地の浴衣に細かく白い縞模様が入った帯に二枚歯桐下駄。
一方の私はTシャツにジーンズとスニーカー。
ごめんなさい、立飛くん! と謝りたくなる。
「お待たせ、たち……ひ……くん……」
段々とスローダウンしていく私の歩み。
立飛くんの他に見慣れた男女の姿。
ヒロミくんと茜だ。しかも二人とも立飛くんと同じ浴衣姿。
だけど頭髪の色が終業式で見た時よりも明るい茶色だ。
「悪い、四季島。駅歩いていたら二人に捕まって。二人も一緒に回りたいって言うんだけど、いいかな?」
申し訳なさそうに謝る立飛くん。
本当は立飛くんと二人で回りたかったけど、茜やヒロミくんも友達だから断る理由がない。
「もちろんいいよ、一緒に楽しもうよ」
私のちょっとした声色の変化に気づいたのか、立飛くんは「悪い、もしアレだったら二人に言うから」と言ってくれるけど、私は笑顔で首を振る。
「大丈夫。みんなと一緒の方が楽しいよ」
「ありがとう、四季島」
それから終業式を終えて、まだ数日しか経っていないのに茜とヒロミくんの変わり様に驚く。
立飛くんは首から小さいカメラを下げていて、相変わらず立飛くんらしいなって微笑んでしまう。
そして私の顔を見るなり茜が抱き付いてきた。
「久しぶり、碧! 一日一回は碧の顔を見ないと疲れが癒されないよ」
まるで美咲みたいな事をいう茜。
スキンシップの取り方まで美咲と同じだ。
「一日一回って大袈裟だよ。終業式で会ったばかりじゃん」
「いやいや、碧って癒し系だから。そうだよね、ヒロミ」
「まあ美咲や茜じゃあ癒される処か、疲れが溜まる一方だ。部活や教室でもギャーギャー騒がしいしな、あはは」
笑っているヒロミ君だけど、茜の顔が笑っていても目が笑っていない。
そんな空気を察したのか、立飛くんが。
「そろそろ行こうぜ。四季島だって暇じゃないんだから時間が勿体ない。せっかく来てくれたんだからな」
******
茜が事前に調べていたみたいで、最初は多摩モノレール方面に向かうことに。
なんでも今年は去年の祭りとは違う趣向で取り組んでいるらしく、会場着くなり私の口から言葉が出てしまう。
「す、すごい……」
モノレールの軒下は一面に色とりどりのパラソルが広がり、ビルとビルの向かい壁にワイヤーらしき物を張って、パラソル達を吊るしている。
しかも太陽の光が射し込むと、地面にパラソルの色が移り出させて幻想的。
そして、余りの子供染みた感想を言った私を見て、横にいる立飛くんが笑いを堪えている。
「もう、笑わないでよ」
「悪い悪い。四季島があんまりにも驚く顔するからさ」
「だって博多には、こんなカラフルで綺麗なお祭りは無かったから」
色とりどりのパラソルの下を歩く。
手を伸ばすと肌に赤や黄色。青や水色に紫色。
色んな色が私を染めてくれる中、不意にシャッター音が響く。
シャッター音の方を見ると、立飛くんがカメラを向けていた。
「……いま、撮った?」
「あ~うん。撮った。だって四季島、色んな色達に彩られて綺麗だったから」
「ええ!? 撮ったって、こんな格好だよ」
今日は無地の白いTシャツにジーンズ姿。おまけにスニーカーまで真っ白。
「その格好が良いんだよ。四季島、白いTシャツ着てるからパラソルの色が移って綺麗だよ」
立飛くんに綺麗と言われて、心が踊ってしまう。
もちろん私の事じゃなくて、私の着ているTシャツの事を言っているのは分かる。
分かるけど思ってしまう。
そして自分の姿を見ると、彼の言う通りに、わたしのTシャツやスニーカーは鮮やかに彩られていた。
まるで自分の心を表すよう。
この街に来た時は灰色だったが、みんなと出逢って、私の心は少しずつ色を取り戻した様に。
「本当に綺麗。わたし、こんな色が出せるんだ」
通行人がいる中、私は両手を拡げてクルクルと回ってしまう。
そんな私にカメラを向けて写真を撮る立飛くん。
まるで昔の自分を思い出してしまうが、夢の時間は褪めてしまう。
カバンの中にあるスマホの着信音。
カバンからスマホを取り出すと、その画面にはお父さんの名前が表示されていた。
動物園の時にかかってきた以来だ。
あの時は私もいっぱいいっぱいで返事出来なかったけど、お父さんもかけて来る事が無かったから忘れていた。
「四季島、出ないの?」
スマホを見る私の顔を察したのか、心配そうに言ってくれる立飛くん。
今、この瞬間を邪魔されたくないと思って、わたしはスマホをカバンの中に戻す。
「大丈夫だよ。なんか間違い電話っぽいし」
「……そう。じゃあ何か出店で食べないか?ちょうど昼だし」
「うん、そうだね」
「茜、ヒロミ。お前ら……も……あれ?」
後ろに居たはずの茜とヒロミ君を捜すが、二人の姿は人混みの中には居なかった。
******
あれから二人を捜したけど、影すらなく、立飛くんがスマホで連絡を取って確めてくれた。
「――わかった。じゃあ後で」
スマホの画面をタップするなり、ため息を吐く立飛くん。
「どうだったの?」
「いや……なんか、茜に連れられて他回ってるから、夕方に現地集合だって」
「そ、そうなんだ」
嬉しい様な困る様な展開。
互いに次の言葉が見つからずに無言になってしまう。
「どっか適当に回るか。ここに立っててもしょうがないし」
「あ……うん」
人混みの中を掻き分けて行く、彼。
わたしは彼の斜め後ろを歩く。
何か話題をと思うほどに話題が出てこない。
写真の話?
それとも動物園の時の話?
あ、ストラップと無料チケットをカバンに入れたままだ。
渡したら喜んでくれるかな?
迷惑がらないかな?
告白する前、それとも後に渡すべき?
でも振られたら渡せないから、告白する前に渡した方がいいかな。
「四季島」
「はっ、はい」
「歩きづらくないか? もし人混みが嫌なら俺の後ろを歩くといいよ。少しはマシだから」
夏祭り、しかも花火大会の前だから人混みが凄い。
博多の夏祭りも人手は多いけど、東京よりずっと少ない方だ。
「うん、ありがとう。そうする……」
「うん」
立飛くんの背中を見ながら歩きながら思ってしまう。
本当に優しい人なんだなと。
そして、こうも思った。
彼の事が好きといいながら、彼の……立飛くんの事を何も知らないことに。
何が好きとか、何が嫌いとか。
写真以外の好きな事や、食べ物の好き嫌いも少ししか知らない。
知りたい。
彼の事をもっと知りたい。
不意に彼の背中に手を伸ばした矢先。
「そこの強欲そうな顔をした魔法使いと、残念なイケメン男子。暇ならウチのたこ焼買っててよ」
声の方を見てみると、真っ赤暖簾には「たこ焼き屋」と書かれている。
そして暖簾の奥に居る男性。
強面で体格のデカイ。おまけに額にタオルの鉢巻を巻いている。
「青山さん!?」
青山さんこと、青山力也。
喫茶店「カラフル」店長だ。
「あの……強欲そうな魔法使いって」
「碧ちゃんに決まってるじゃない」
「わたしですか!?」
中途半端な魔法使いは言われたけど、強欲そうな魔法使いは初めてです。
「そうよ。さっきから残念なイケメン男子の背中ばかりみちゃってるじゃない。美琴ちゃんの娘ならガツン、といきなさいよ」
「ガツン、って……」
それが出来たら苦労はしないけど、わたしの性格からして難しいですよ。
それにお母さんって、そんなに行動派だったんだ。
「そんな事より、そこの残念なイケメン男子。まだ何も食べてないなら、ウチのたこ焼買っててよ。見た目はデカイけど、すんごく美味しいから」
イケメン男子と言われて立飛くんが周りを見ては自分を指さす。
すると青山さんは「アンタしかいないから」と言って手招きする。
「えっと……四季島、たこ焼食べる?」
「……うん」
わたしが小さく頷きながらいうと、青山さんは大きいため息を吐く。
「あなた達、揃いも揃って本当に不器用ね。見ていてヤキモキしちゃうわよ」
「ヤキモキ?」
「何でもないわよ。ほら、碧ちゃん。昔みたいに私の作ったたこ焼食べて元気つけなさい。今日の主役なんだから」
「は、はい」
う……かなり大きい。
青山さんが焼いてくれている、たこ焼は普通サイズの1・5倍くらいある。
手慣れた手つきでたこ焼をひっくり返していく。
たこ焼を焼きながら青山さんが呟いた。
「懐かしいわね……昔は美琴ちゃんも来てくれたわね。小さい碧ちゃんを引き連れてさ」
「そうなんですか……」
「そうよ。覚えてないの? 浅紫色の朝顔柄の浴衣を着せてもらっていたわよ」
浅紫色の朝顔柄の浴衣は覚えているし、花火大会に行った事も覚えている。
だけど、お母さんの顔は黒く塗り潰されたままだ。
「よく覚えてないです……小さい頃は嫌な事がいっぱいあったんで」
嫌な事がいっぱいあった。
逃げ出したくなるくらいに。
だけど子供の頃のわたしには逃げる場所なんて無かった。
ある日を境に何か間違ったり、成績が落ちるとお母さんに頬を、手を叩かれて泣くしか出来なかったわたし。
あの瞬間から、わたしの心は灰色になってしまったのだ。
そんな事を思っていると美味しそうな匂いがわたしを刺激し、暗い気分から救い出す。
かつお節が湯気で踊り、マヨネーズやソースの匂いが食欲をそそってくる。
しかも頼んでないのに青海苔抜きになっていた。
「はい、どうぞ。美味しい物を食べて元気になりなさい」
「はい。ありがとうございます……青山さん」
暗い顔をするわけにはいかないから、今出来る精一杯の笑顔を見せる。
「昔もそうだけど、本当に笑顔が可愛い子ね」
「そっ、そうですか?」
「ええ。ちょっと垂れ目な所や、笑った時の笑顔が素敵よ。碧ちゃんの笑顔は人を幸せにする魔法がかかってるのかも知れないわね」
青山さん、お婆ちゃんと同じ様な事を言ってくれる。
お婆ちゃんも、わたしの事を人を幸せに出来る魔法使いになるって言ってくれた。
こんな中途半端な魔法使いなのに。
「今日の花火大会楽しみにしてるからね。美琴ちゃん以来の群青色の――っ!?」
青山さんがネタばらしをしそうになったので慌てて口に指を立てる
後ろで待っていてくれている立飛くんの耳には届いてなかったらしく、こっちを見ていない。
「あらごめんなさい。そういう意味だったのね。碧ちゃんったら美琴ちゃんと考え方が同じなのね。やっぱり母娘は似るものだわ」
「すみませんが、内緒でお願いします」
「もちろんいいわよ。頑張ってね、恋も魔法も」
「……はい」
真っ赤になりながら青山さん手製のたこ焼を受け取る。
すると立飛くんがたこ焼を見て「四季島、俺の分は?」
あれ? 二人で一つ? 一人で一つ?
すかさず青山さんが。
「ウチのたこ焼はシェアして食べるのよ。アンタ、可愛い碧ちゃんを太らせる気?」
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