第12話 四つ葉のクローバー

「あたしには見えたよ。男の人の顔」

「それほんと?」

 ルイは身を乗り出す。公園はほぼ真っ暗で、ルイは隣にいたサフィアが辛うじて見えたという程度だったのに。

 アシルも目を丸くしている。夜目が利くアシルでさえ見えていなかったのだろう。

 サフィアは魔法使いの血を継いでいるから、人にはない能力が備わっている。鋭い五感もそのひとつだ。

「うん。白黒の服の人だったよ。髪も短くて穏やかそうで、清潔そうな感じの人。あんな人でもひどいことするんだなって思ったもの」

「特に特徴なさそうだな」

 レブラスの言葉にルイも同意だった。ミシェルが眼鏡をかけ直してサフィアへ目を向ける。

「他に気がついたことはなかったか?」

 人差し指を唇に当て、サフィアは唸る。

「そういえば、バッチが光ってたかな」

「バッチ?」

「うん。上着の襟についていたの」

 サフィアは人差し指をテーブルに押し当て、指を滑らせた。

 すると、ぱりぱりと氷が固まるような音がして、テーブルの上に氷の線が出現した。氷はサフィアが指でなぞる通りにひとつの絵を描き出す。

「こんなのだったよ」

 それはダイヤの中に四葉のクローバーと十字架が描かれたマークだった。とてもかっこいいとは思えないデザインだ。

 ミシェルの目の色が変わる。

「お手柄だぞ、サフィア! これはアルヴェンナ孤児院のランドマークだ! そのバッチをつけていたということは、そいつは孤児院の職員に間違いない」

 ミシェルが笑う。悪企みを思いついたような笑みだ。

「アルヴェンナ孤児院……ってどこ?」

 ルイはミシェルに視線を向ける。

「フロッセ南側の、町に唯一の孤児院だ。小さい修道院の隣にあってな。職員はほとんど修道士らしい。町に溢れている孤児や浮浪児を保護して育てている」

 ミシェルはメンバーの中では一番の年長で、冷静で、何でもよく知っている。ルイはわからないことがあったとき、ミシェルに訊く癖がつき始めている。

「孤児院かあ……」

 そんなところがあるなんて知らなかった。大人が、親も住処もない子供を助けているなんて。

 フロッセの孤児は町で問題になっているらしい。

 町にいる孤児の多くは、孤児や売られた子供が大半だ。

 売り物にならずに捨てられた子供、炭鉱や工場で重労働をさせられ、そこから逃げ出した子供。それから、貧困に耐えられずに親に捨てられた子供もいるという。

 そういえば前にミシェルが、妊娠を隠したい女や娼婦とかいう女が産んだ子を密かに捨てているとか、そういう原因もあると言っていた気がする。

 フロッセの孤児のほとんどは、大人の都合で使い捨てにされてきた。そんな孤児たちを、大人たちは見て見ぬ振りをしている。むしろ〈孤児狩り〉で牢屋に入れてしまう。

 牢に入れた子供は孤児院に入れるなり里親を探すなりしているというが、警察が子供に対してそんな親切をしているとは思えなかった。大人が子供を保護して育てている場所があることが、ルイにはどうも信じられない。

 スープにつけたパンをアシルが口に放り込む。パンを食べきったアシルが疑わしそうな顔を作った。

「その孤児院の奴が誘拐犯と取引してたんだろ? 結局、偽善活動の皮を被った汚い野郎ってことだな」

 アシルの言う通りだ。大人は孤児を保護する裏で子供を利用している。レブラスが口を開く。

「待ってくれ。孤児院全体が関与しているかどうかはまだわからないだろ? 孤児院の職員が個人的に悪事に手を染めてる可能性だってある。表向き人身売買は禁止されているんだ。法を犯してまで子供を売っているのが、職員全員とは考えにくい。それに、孤児院には子供たちがたくさんいるんだ。安易な手段で、孤児院を潰すような真似はできないぜ」

「レブラスの言う通りだ。子供がいる以上、慎重に動かねば」

 ミシェルが頷く。

 ルイの頭が急速に冷える。大人だというだけで悪いんだとルイは思いがちだ。それが本当のときもある。

 けれどレブラスの言う通り、孤児院にはルイたちと同じ子供が暮らしている。何も考えずにいつもみたいに悪人をやっつければいいというわけではないのだと思った。

「まず取引に関与している職員をすべて特定する必要がある」

「つまり、また調査?」

 ルイは少し面倒だと思った。大人なんて全員ひどい目に遭えばいいとすら思うルイにとって、事前に調査をするのはまどろっこしいと感じてしまう。

 けれど、ルペシュール全員の決定を我儘で覆そうとは思わない。〈黒猫〉がいるとも言っていたし、慎重に行動すると全員で決めたのだ。

「ただ、今回は外から洗ってわかるかは微妙なところだな」

 ミシェルは腕を組んで困ったような顔をする。ミシェルが困ると、ただ怒ったように顔が険しくなっているように見えるから変だ。

「孤児院は基本的に閉鎖的だからな。職員全員の動向を探るのだけでも大変だ。アシルが中に潜入して調べても、職員の中から犯人を洗い出すのには時間もかかるだろう」

「失踪している五人の子がまだ孤児院内にいるかもしれないし、売られる前に助けたいものね」

 サフィアもミシェルと同じように難しい顔を作る。

 アシルが軽い口調で言った。

「じゃあ、全員で潜入して調べちまうか?」

「せん、にゅう?」

 ぽかんとするサフィア。ルイも似たような反応をした。

「それって、危険なんじゃ……?」

 子供も職員もたくさんいる孤児院に潜入。見つかる危険性も高い。見つかれば警察に通報されるし、一度侵入に気づかれれば孤児院が警戒して再侵入が難しくなるだろう。

「そういうのはバレなきゃいいんだよ、バレなきゃ」

 アシルがウインクする。そんな楽観的でいいのだろうか。

「いや、待て。案外いいかもしれない」

 ミシェルが全員を見渡した。

「まず、孤児院内の見取り図と潜入場所をアシルが確保する。それから、攫われた子供がいないか、いるならどこにいるかを洗い出す。その後全員でこっそり子供を救出する。すると子供を買った職員が、子供が消えたと慌てるだろう。職員の動きを注視しておけば、相手が勝手に犯人だと名乗り出てくれる。あとはそいつを突き出すなり何なりすればいい」

 ルイもサフィアもほうっと息を吐いた。

 こんなにすぐ作戦が思い浮かぶなんて、やっぱりミシェルは頼りになる。レブラスやアシルも異論はなさそうだった。

「攫われた子供が見つからなかったときはどうするんだ?」

 レブラスの問いにミシェルはすぐ返す。

「そのときはそのときだ。まずは院内にまだ攫われた子供がいるか確かめるのが先決だ。もしいるなら急ぎの仕事になるが、そうでないなら慎重に犯人を捜せばいいだけのことだ」

「それもそうだな」

 レブラスも納得する。

「じゃ、オレは早速孤児院に行ってみるかな」

 アシルは立ち上がり、手を振ってアジトから出ていった。

 まずはアシルの仕事を待たなくてはならない。アシルのことだから、きっとすぐに孤児院を調べて帰ってくるだろう。

 アシルを待っている間に、ルイは眠気を感じて寝床に潜り込むことにした。

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