第31話 戦いの終わり
ライザがロビンに向けて拳銃を撃った。
レブラスが銃弾を真っ二つに斬って防ぐ。レブラスの剣が青緑色の淡い光を帯びているのをルイは見た。
「オレの仲間には指一本触れさせない! 子供や女を売って暴利を貪る貪欲で狡猾な悪人め! 貴様の罪、この〈聖騎士〉が断ち切ってくれる!」
「〈聖騎士〉だと? ハッ! ただの人殺しが正義のヒーローのつもりか? 国家簒奪の重罪人め!」
ライザの言葉をレブラスは正面から見据えた。
「オレは人殺しだ。一生そのことで悩み続け、責を負い続ける。それでもオレはオレの信じる道を行く! 困っている人を助ける騎士であるというオレの理想と正義は曲げない! そのために戦う! この聖剣が輝く限り!」
ライザが発砲する銃弾をレブラスは流れるような剣捌きですべて斬ってしまった。
レブラスは踏み込み、ライザの銃身をすっぱり斬った。ライザの首筋に聖剣の切っ先を突きつける。
「レブラス!」
ミシェルのかけ声とともにレブラスが後ろへ跳んだ。
レブラスのいた場所に銃弾が撃ち込まれる。
「署長!」
逃げていた警官たちが戻ってきたのだ。
「おお、優秀なフロッセ市警諸君! 犯罪者はそこだ!」
さっきまでの人数の倍以上の警官が銃を向けながら迫ってくる。銃口を向けながらも包囲を狭めてくる。
どこにも逃げ場がない。
「まったく鼻の利く〈黒猫〉が余計なことばかり嗅ぎつけよる。金に目の眩んだ手品師を使ったのが悪かったか、王都から無理やり客分警官を寄こされたのが失敗だったか……」
ライザは勝ち誇ったように嘲り笑った。
「どうすれば……」
レブラスは剣を構えたまま動けずにいる。
「あたしに任せて」
サフィアがすっと背筋を伸ばして立つ。
そして両手を空へ伸ばす。まるでサフィアのその動きに応えるように、突然強い風が大雪を纏って吹き荒れ始めた。
ほとんど目も開けられないほどの凄まじい吹雪が警察署を包み、集まってきた警官たちに襲いかかった。
警官たちの短い悲鳴が方々から上がる。
ルイたち六人は吹雪に見舞われているだけだが、向こうの警官たちは立つことすらできていない。中には風で飛ばされそうになっている者もいるし、実際に飛ばされている者もいる。サフィアが風の強さを操っているのだ。
サフィアが雪の中で静かに語る。
「あたしは、魔法使いを犯罪者にして殺そうとする人間が嫌い。ずっとその考えの中でひとりだった。でも、どんなときでもあたしとして大切にしてくれる仲間がいる。世の中が変わらなくたって、今のあたしにはこれだけで十分。だから絶対に守ってみせる!」
サフィアの吹雪が強まる。こんなにすごい魔法を使っているところをルイは初めて見た。
空がごご、と低く轟音を上げている。
「まさか……! サフィア、待て!」
ミシェルの静止が上がったかと思うと、眩い閃光と轟音が響き渡った。大地が破裂したかと思うほどの大音声と大地の揺れが辺り一帯を襲う。
ルイはゆっくりと目を開ける。吹雪は止んでいた。
みんなが雪をかぶって真っ白になっている中、サフィアだけが平気そうに立っている。
警官たちはほとんどが呻きながら倒れていた。多分、あまりの強風に飛ばされて地面に激突したのだろう。死んでいる者はいないようだ。
辛うじて片膝をついている警官が立ち上がった。サフィアに向けて銃口を向ける。
「危ない!」
ルイの言葉にサフィアが気づく。警官がこの魔女めと叫びながら銃の引き金に手をかける。もう間に合わない。
発砲音が響いた。ルイはその瞬間を見られなかった。おそるおそる目を開けると、サフィアは無事だった。
警官は銃を取り落として腕を押さえていた。あの発砲音はあの警官を撃ったものなのか。
「ざーんねん。撃たせはしないぜ」
さっきまでルイが銃弾避けにしていた木の上にアシルがいた。いつの間にあんなところに。
アシルは銃を取ろうとする他の警官たちにも銃を撃ち込む。
警官たちはサフィアとアシルの攻撃でほとんど戦闘不能になっていた。
警察署の正門の方から煙が上がっていた。建物の一部が燃えているのも見える。火事が発生したようだ。
ミシェルが髪とコートの雪を払いながら言った。
「雷があっちに落ちたんだ。天候を操るなんて、今の技術では不可能なんだがな」
それなら、学んで魔法使いになったミシェルにはできないことなのだ。
「あたしだって、みんなの力になるためにいるんだからね」
サフィアがミシェルを振り返って笑った。
駆けつけた警察たちはほぼ負傷して動けないし、サフィアが落とした雷が他の警官の目をそちらに引きつけるだろう。
アシルは木の上から軽やかに降りてきた。
どれだけ他に警官がいるかわからないが、この騒ぎで他に警官が駆けつけない様子から、警察署はもうほとんど壊滅状態だろう。きっともう大丈夫だ。
銃と激戦の末、ルイはようやく安心することができた。
「終わった……」
全員で顔を見合わせて、笑い合った。
「ルイ、よく無事だったな!」
アシルが真っ先にルイに駆け寄ってきてルイの頭を乱暴に撫で回した。レブラスもサフィアもミシェルも傍まで来て、ルイの無事を喜んでくれた。
少ししか離れていないはずなのに、みんなと一緒にいられることが懐かしく感じた。ルイもつい、笑みが零れる。
少し離れたところでロビンも安心したように笑っていた。
ロビンがふと視線を外した。
「伏せて!」
アシルとレブラスがいち早く反応した。二人はルイたち三人を引き倒すようにして覆い被さってきた。
また発砲音が響いた。
今度は一体何が起こったのか。アシルとレブラスは起き上がる。ルイは横目で、何が起きたのかを知った。
「この、犯罪者どもめ……! 許さんぞ……!」
傷だらけのライザが這いつくばったまま銃口をこちらに向けていたのだ。ロビンが銃をライザに向けようとするが、逆に銃口を向けられ、動きを封じられた。
「こうなったら全員殺してやる!」
冗談じゃない。絶対に、こんな奴に誰も殺させるものか。
ルイはロビンが着せてくれたコートの胸元の留め具を外した。それを起き上がると同時に宙へ放り投げる。
ライザが動いたルイに反応した。ルイは広がって落ちるコートを隠れ蓑に走り出す。
みんなみたいに戦ったりはできないけれど、ただ走るだけならメンバーでも一番速い自信はある。
ルイがコートから飛び出すと同時に、コートに何発も銃弾が撃ち込まれた。ライザは膝立ちになって腰からもう一丁銃を取り出す。その隙にルイはライザに肉薄する。
――こいつの銃さえ奪ってしまえば!
ルイは銃を持つライザの腕に飛びつく。銃を持つ指を引き剥がそうとするが、大人であるライザの力には敵わなかった。
ルイはライザの腰にナイフホルダーがあるのに気づく。
あの雪の日の残像が突然浮かんで、ルイの全身を凍てつかせる。その一瞬の間でルイの片腕がライザに吊り上げられるように持ち上げられた。
「うわっ!」
身体が少し浮いている。足をばたつかせても自由の片手を使っても、とてもライザから逃れられそうにない。
「ちょこまかと! これで終わりだ! 死ね!」
ライザが銃口をルイの頭に押しつける。
「ルイ!」
仲間が叫んでいる。
ルイの視界にはライザのナイフがちらついている。
あの日心に封じて、誰にも言っていない秘密。
ルイの罪の証。
けれど今は、罪を犯すためには使わない。
ライザの腰からナイフを奪う。抜き放たれた銀色の刃に背筋が凍りつく。そのナイフを、歯を食いしばって振り上げた。
ライザの銃を持つ腕を切りつける。肉を鋭い刃物で割く嫌な感触が纏わりつく。涙が溢れた。それでも力を込め続けた。
ライザは叫び声を上げながら銃を取り落とした。
ルイは振り落とされ、地面に転がる。
ロビンがライザに銃を向けていた。
「ルイ、絶対に動かないで!」
ロビンが銃を撃つ。ライザの肩に銃が撃ち込まれ、血飛沫が散った。ライザはゆっくりとその場に倒れ込む。
アシルはすかさずライザの元へ駆け寄り、その両腕を背中で捻り上げた。アシルはロビンの方を見て言った。
「おい、あとはそっちで何とかしろよ」
頷いたロビンが駆けつけ、ライザの両腕に手錠をかけた。
「生かして捕えてくれて、感謝します。これで彼が犯罪に手を染めたことを認めさせることができる。この男の裁きは司法に委ねさせてください。私が証拠を揃え、立件させます」
アシルとロビンはしばらく向かい合っていた。
「裁くも殺すも好きにしろよ。オレたちはこんな奴の命なんていらねえだけだ。それよりも……」
アシルは地面に座り込んだままのルイの傍に屈んだ。
「無茶しやがって!」
「そうですよ。もう危ないことをしてはいけません」
ロビンも他のみんなが駆け寄る。
「ルイ、怪我はない?」
「銃が暴発したらどうするつもりだったんだ!」
サフィアとレブラスに続き、ミシェルが眼鏡の奥の瞳を光らせる。
「前に警官から物を盗むのは禁止だと言っただろう! まったく、心配させるな」
腕も足も怖くて震えて、動かせそうにない。
でもルイは涙を流しながらも「へへへ」と笑いが零れるのを抑えられなかった。
これで本当に全部終わったのだ。
ルイはここから出て、また五人一緒の生活に戻れる。
そう思っていると、真っ直ぐこちらにやってくる刑事がひとりいることに気づいた。古ぼけたコートを着ている。
「ロビン殿!」
「ヘイゼルさん?」
ロビンがヘイゼルと呼んだ男へ向き直る。
確か、孤児院でロビンと一緒にいた警官だ。彼は周囲の状況を見渡し、呆気にとられたような顔をしている。
「消防に連絡していたのですが、これは一体……」
「ちょうどよかった。ここの怪我した警官たちをお願いします。私は王都の特別警察に電話して応援を呼びます。フロッセ市警の署長がこれでは、他所がここを仕切らねばフロッセの治安にも関わります。急いでください」
「はあ、それはいいのですが……」
明らかに余所者のルペシュールのメンバーがいて、署長が手錠に繋がれている状況を呑み込めないのはルイでもわかる。彼は明らかに戸惑っていた。
「あの、そちらの者たちは?」
ヘイゼルはルイたちに目線を向けた。五人とも犯罪者だと知られたら、孤児院にいたメンバーだと思い出されたら、ここの警察署を脱出できても捕まってしまう。
「この子は警察の児童売買の被害者です。現場を押さえた際に保護しました。彼らはこの子の身内で、民間の協力者です」
ロビンは淀みなく嘘と本当が混じったことを伝えた。
こんなことで納得するのだろうか。全員どうしても民間の協力者には見えないし、孤児院でほとんどが顔を見られている。絶対に嘘がばれると思った。
ヘイゼルは一瞬固まったが、わかりましたと答えた。
「怪我人を署内に移送します。今夜はもう、協力者の方々を休ませてあげましょう。後始末はとりあえず私がやります」
「了解しました。お願いします」
ロビンはルイたち五人をこちらへ、と言って誘導した。
今はヘイゼルに怪しまれないよう、ロビンの指示に従うしかなかった。
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