番外編 第10話 結成の理由

 同僚の医者二人と医学生が昨夜から行方が知れないと聞かされ、ルドガー・エルトンは早朝から顔を青くした。

 同僚のハーマンとトラヴィスは病院創立時代からずっとこの町の医療に貢献してきた、いわゆる同志だった。助けられない患者を見送るたびに、もっと医療の発展に貢献するために手を尽くそうと誓い合った仲なのだ。

 盗掘人から新鮮な死体を買うと決めたときもそうだった。

 死んだ患者は遺族に返すのが普通だし、解剖実習用に使うはずの犯罪者の死体が警察からあまり回ってこなくなったのだ。理由は知らないが、病院は死体不足に悩まされていた。

 そこで目をつけたのが死体盗掘だ。死体を使うなんて世間にバレたら医者としての名声は終わりだったが、他に検体を手に入れる方法がなかった。

 そのうち死体だけでは満足できなくなった。解剖だけならまだしも、新薬実験は生きた検体でなければ充分なデータが取れないのだ。

 今度は比較的安価で買える町の孤児に目をつけた。金に困っている町の小悪党に、死体の調達の他に孤児の連れ去りを頼んだ。

 他の医者には内緒にしたまま、三人で禁断に手を出した。

 そのうちの二人の同志が、昨夜から行方不明。

 ルドガーの脳裏に地下室の存在が浮かんでいた。二人が出勤してこない、家に行ってもいないという話を朝から受け、二人を案じながらも、ルドガーの頭の中は地下室でいっぱいだった。

 二人は昨夜、例の地下室で実験を行う予定だった。珍しい肌の色をした子供が手に入ったのだ。昨夜から行方知れずということは、あの地下室の秘密がバレたのか、それとも他に何かがあったに違いない。

 ルドガーは病院での業務中、気が気でなかった。地下室を確かめに行きたいが、そんな時間を作れない。時間だけが過ぎ、結局ひとりで地下室に行く時間を取れたのは夜間になってからだった。誰にも見つからないように地下室に入る。

 そこでルドガーが見たものは、とても言葉にならないものだった。

「何だ、これは……!」

 明かりがついたままの地下室。ダクトと通じている鉄網には何故か大きな穴が開き、扉も床も飛び散った血で汚れていた。床の血溜まりが完全に乾いているところをみると、やはり昨夜ここで何かがあったのだ。

 奥の扉が少し開いているのに気づいた。あそこは使った死体を一時的に置いたり、つれてきた子供を軟禁したりしていた部屋だ。開けっ放しにはしない。

 ルドガーはおそるおそるその扉に向かった。凝縮した闇が漏れ出す部屋へ近づく。普段は不気味だなんて思わないのに、暗闇に圧迫されるような気分だった。

 ルドガーは意を決して一気に扉を開けた。闇が溢れ出す。

 ルドガーは近くにあったランプを手に取り、明かりをつけて中を照らした。

「なっ……!」

 中にあるはずのものがない。ルドガーたち三人が検体に使用し、そしてまだ埋めることもできていなかった死体がない。

 ルドガーの指先が震える。いや、ランプの光では奥まで照らしきれていないだけだと自分を無理やり納得させ、ルドガーは部屋へ踏み込んで奥を照らした。

 そして奥にやはり検体用に使った死体がないことに愕然となり、更に三つだけ死体が積み重なっているのが目に入って不審を覚えた。

 誰が死体を処理したにしても、三つだけ死体を残すなんて不自然すぎる。その死体が何なのか、確認せずにはいられない。ルドガーは決意で足を前へ動かす。

 床を踏む硬質な音が響く。少しずつ前に進み、死体へゆっくり近づいていく。

 ランプが照らす死体の背中の白衣に見覚えがある気がして、嫌な予感が頭を支配した。けれど確かめないわけにもいかず、ルドガーはその死体へ腕を伸ばした。

 白衣の背中部分を掴み、顔を確認しようと死体を横へ転がし、仰向けにする。

 目と口を開けたその顔が行方不明中の同僚のトラヴィスのものだと瞬時に覚り、恐れていたことが現実になったのだと理解して全身に悪寒が走った。

「…………!!」

 あまりの衝撃に悲鳴を上げることすらできない。息を呑んでつい後ずさる。手が震えるせいでランプを取り落としてしまう。床に叩きつけられたガラスが、破裂音のように響いた。火が消え、部屋が暗闇に包まれる。

 慌てて逃げようとした拍子に足を何かに引っかけて転んだ。ルドガーは痛みをものともせず、何とか床を這って明かりのついた手術室へと戻った。

 恐慌状態になった頭は何が起こっているかを理解できず、パニックになったまま血の乾いた場所まで這って出た。

 何が起こったのか、この血は彼らのものなのか、何故あそこに彼らの死体があるのか。頭に湧き続ける疑問が混乱とともに噴き出し続けるが、納得できる答えは得られない。

 ダクトから唸り声のような風が吹いてきた。

 思わず肩がびくんと跳ねた。今まで風が吹き込んでくることなんてなかったのに。普段ならこんなこと気にも留めないのに、今の状況ではただルドガーの混乱を加速させるだけだった。

「……ゆ、るさ、ない……」

 風に混じって子供の声が聞こえた。

 辛うじて機能していた理性が一気に吹き飛んでルドガーは叫びながら地下室から飛び出した。もう一秒だってここにいられない。

 地下を抜け、階段を上り、病院を飛び出す。

 冷たい夏の外気に包まれると、あの死体や血や唸り声から物理的に遠ざかったことで、冷静さがルドガーの中に戻ってきた。既に五十を過ぎた身体では走り続けるのも辛い。病院から逃げ出してしばらく、人通りの絶えた大通りにひとり立ち止まり、息を落ち着けた。

 これからどうしようかと考えようとしたとき、背後に視線を感じた。

 弾かれたように振り返る。真後ろに赤目の少年が立っていた。

「うわ……!」

 心臓が飛び出るかと思った。

 こんな肉薄するほど近くに立たれていて気づかないなんて。

 少年はにやりと笑って腕を突き出した。ルドガーの首を、少年のナイフが素早く切り裂く。声も上げられず、ひゅっと笛のような息が漏れる。

 遅れて、喉から火を噴くような熱さが迸った。感じたことのない激しい痛みがびりびりと身体中を巡り、脳を焼くようだった。

 続いて左胸を貫く感触がして視線を落とすと、胸に輝く白い剣が突き刺さっていた。ルドガーはわけもわからないまま剣を引き抜かれ、前に倒れ込んだ。胸から、喉から、どくどくと血が流れていく。その分だけ身体から力が抜け、末端から身体が冷たく、重たくなっていく。

 最後の力を振り絞って何とか顔を上げると、赤目の少年と、血に濡れた剣を持った少年がルドガーを見下ろしていた。

 ルドガーはそのまま、暗がりに沈んでいく意識の中に埋没していった。




 フロッセの町のフレーテス病院で火災が発生した。

 火元は現在使われていない地下の物置部屋だという。扉が焦げついているのを発見した医者が不審に思い、扉を開けると部屋は真っ黒焦げになっていたという。

 通報を受けて駆けつけた警察は、煙が上がっていることや焦げの具合を判断して、どうも昨夜にでも火災があったのではないかと結論づけた。地下室に保管されていた古いものが何かの作用で燃えたのだろうとのことだ。

 不思議と隣接した死体安置室や階段などにはまったく類焼はなく、他の部屋はすべて無事だった。まるで地下室に火が閉じ込められたような不自然な状況だったが、それ以上にわかることもなく、謎の不審火として片づけられた。

 また、早朝に同病院の医者ルドガー・エルトンの遺体が発見された。

 首と心臓を刃物で切られたことによる失血死で、現場に凶器などが発見されなかったことから他殺として捜査が進められることとなった。

 病院の地下の不審火とルドガー医師の死が関係あるのかは未だ不明である。




 ルイが死体盗掘人を追ったあの墓地に、ルイたちは五人で立っていた。

 夜間である。光源はミシェルが作り出す宙に浮かぶ小さな炎だけだ。淡い光を放射状に広げながら、辛うじてルイたち五人の顔を照らし出している。

 アシルが黙々と空いている場所をシャベルで掘っている。ある程度掘ってからアシルは息を吐いた。

「こんなもんかな」

 誰ともなしに呟くと、レブラスが地面に置いていた白い布包みを抱え上げた。

 レブラスが持ち上げたとき、布包みから浅黒い細い腕がだらりと垂れ下がった。無機質にぶら下がるその腕が、ナレシュがもう生きていないことを教えていた。

 レブラスは掘った地面の中にナレシュをそっと横たえた。

 そして軍帽を取ると胸の前に抱え、目を閉じて静かに祈りを捧げた。

「ルイズ、こうやって手を組んで祈るといい。ナレシュが安らかに眠れるように。そうしてからお別れを言うんだ」

 ミシェルが自分の手元をルイに見せるようにした。

 死人にそれが届くのか、意味のあることなのかはわからないが、ルイはミシェルに倣った。両手の指を組む。今はこれでナレシュにお別れをするしかない。

 しばらく経ってから祈りをやめ、アシルがナレシュに掘り返した土をかぶせていく。

 ――ありがと、ルイ。

 か細く、小さなナレシュの声が胸の内に蘇った。

 もうこれで本当にお別れなんだ。そう思うと胸がきゅっと痛んだ。

 アシルが土をかぶせていく間に、サフィアが二本の木の棒で十字架を作ってくれた。これが墓標になるのだという。死体に完全に土をかぶせてしまうと、サフィアがそこに十字架を突き刺した。

 復讐は果たされた。みんなが協力してくれたおかげだ。

 地下の奥の部屋にあった死体はダクトに移動させ、かわりに二人の医者と医学生の死体だけ残した。最後のターゲットが来たところでサフィアがダクトから風を吹かせ、空気を操ってターゲットが不安になるような音を人の声のように作り出したのだ。パニックになって逃げ出したターゲットを、アシルとレブラスが仕留めた。

 最後に、地下の痕跡が一切残らないよう、ミシェルが地下室内だけを燃やしてファイルや死体、血痕などを消したのだ。あんなものが見つかったら病院自体に迷惑がかかるからだという。

 みんなが力を合わせてくれたことで、きっとナレシュの無念も晴れたと思う。

「……オレさあ、考えてたんだけどさ」

 アシルが口を開く。

「今回みたいに悪い大人を倒すの、けっこういいなと思って。サフィアたちもこの際この町に潜伏して、協力し合わないか?」

「今回みたいって、今後も悪人たちを闇討ちするってことか?」

 レブラスは尋ねる。

「今回で本当に悪い奴がいるもんだと思ったんだ。それなら、オレたちでまだ警察が捕まえていない奴らをやっつけられるんじゃないかと思ってさ」

 アシルの提案はルイにとっては予想外で、けれどとても魅力ある誘いだった。

 少し年上のみんなは頼りになるし、土壇場で仲間を売ることもしなさそうだ。

 それに仲間が新しくできるのがとにかく嬉しい。ナレシュが死んで、これからどうしようかと途方に暮れていたところだったから、特に。

「確かに、この町にはひどいことをやっている犯罪者がいっぱいいるみたいだ。俺の力で誰かを助けられるっていうのは、いいことなのかもしれない」

 レブラスも魅力的に思っているらしい。

 ナレシュが死んだとき、レブラスは仇を討とうと真っ先に言ってくれた。人を殺す姿は怖かったけれど、きっと困った人を放っておけない人なのだ。

「みんながやるなら、あたしも。あたし、行くあてもないし、できるなら、みんなともうちょっと一緒にいたい!」

 サフィアも同意だった。ルイも「オレも」と伝えた。最後はミシェルだが。

「みんなが決意したなら僕も特に異存はない。これからは裏社会の者と警察を敵に回すことになる。僕がそれを何とかする」

「ミシェル、助かる」

 レブラスが安堵したように笑みをミシェルに向ける。逆にミシェルは何故かちょっとむっとした表情だった。

「昨日の作戦も面白かったし、五人でなら面白いことができそうだな」

 アシルも嬉しそうに笑っている。

「じゃあ、やろう。五人で、子供や弱い人から搾取する悪い大人を倒していこう」

 レブラスの言葉に全員が頷く。

 ナレシュが眠っている場所の前で、誓い合う。

 ルイはナレシュの無念や、ナレシュのことを忘れないようにあることを思いついた。

「みんなにお願いがあるんだ。オレのこと、ルイって呼んでくれない? ナレシュがずっとそう呼んでたんだ。仲間になるなら、そう呼んでほしい」

「わかった」

「いいじゃん」

「じゃあ、今からルイだな」

「よろしくね」

 四人が順にルイへ笑みを向けた。

 ナレシュのことを忘れずに、ルイはこれからみんなと戦っていこうと思った。

 そして新しい仲間ができたことへの喜びで、ルイはようやく笑うことができた。

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