第18話 銃声
あの孤児院は少し怪しいとロビンは思った。
昼間、エルマー・フレッドのことを尋ねにアルヴェンナ孤児院へ行ったロビンとヘイゼルは、応対に出た職員に半ば追い返されるような態度を取られたのだ。
警察手帳を出し、丁寧に名前と用件を伝えた。
だが職員は「ここには多くの子供たちがいますから」とよくわからない理由で塀の中へロビンたちが入るのを嫌がった。
「私たちは市井の手品師がここの院長の名刺を持っていたので、彼との関わりをお聞きしたいだけです。院長に取り次いでいただけませんか」
ロビンは食い下がったが、職員は引かなかった。
「手品師なら、子供に見せるために何人も孤児院に来ていますよ。別に名刺を持っていたって変じゃないでしょう。すみませんが、部外者の立ち入りは禁止されているんです」
最後には無理やり門を閉ざされてしまった。
仕方ないのでロビンたちは孤児院を後にした。
警察機構に反感を抱いている民衆はどこにでもいる。だから冷たい態度を取られること自体に思うところはない。
だが、応対した職員の態度は警察への反感というよりも、何かロビンたちを中に入れては困るような、そうした警戒のようなものを感じさせた。
ただの直感である。
犯人捕縛や事件解明のための推理は、すべて客観的で論理的思考の下に結論づけられなければならない。
自白や状況証拠だけでは決定的な証拠とはいえないし、もし濡れ衣など着せて冤罪になどしてしまえば、その人の人生が大きく変わってしまう。真相究明は慎重かつ論理的であらねばならない。
ただ、捜査中にピンとくるときというのはある。
それらは今までの経験の蓄積から培われるといってもいい、ただの勘である。
それで犯人を決めてしまうのは論外だが、怪しいと思ったものをきちんと調べ上げても損はない。調べた結果疑惑を晴らせるかもしれないのだ。
容疑者が減る。捜査は無駄にならない。
アルヴェンナ孤児院は、怪しい。
ロビンにはある推測がある。手品師エルマー・フレッドこそが児童失踪事件の犯人であり、誘拐した子供を隠すか何かしている場所が孤児院なのではないか。
そしてそれに協力している職員が、院内に警察を入れるのを恐れているのではないか、と。
証拠もないうえ、予断として考えては危険だった。
そうした先入観は視野を狭くする。自分の考えた仮説を盲信し、その仮説に都合の悪い事実を無視しがちになってしまうこともある。だから決めつけてはいけない。
ロビンは先日も訪れた、手品師のサロンに向かった。
孤児院との関わりについて尋ねるためだ。
ロビンとヘイゼルが訪ねると、サロンにいる手品師のひとりがロビンに応対してくれた。でっぷりした腹と頬が特徴的な、人のよさそうな中年の男だった。
男はエルマー・フレッドの死を、肩を落として残念がった。
「残念です。フレッドの奴、けっこう人気の人形劇なんかしていたので……」
彼はサロンの経営者のような人で、現場で手品の興行をするより、町で仕事をする手品師たちのバックアップをしているらしい。ロビンはひと通りの挨拶を済ませた後、彼にエルマーの部屋で見つけた名刺を見せて尋ねた。
「この町の手品師の方々は、孤児院など子供のいる施設へ興行することもあるのですか?」
「ええ。月に一度もないですが、たまに手品師が交代で出張するんです。でも、あそこの孤児院も経営が苦しいみたいで、手品師を呼ぶのも大変そうなんです。本当は無料でできたらいいのですがね、手品師には生活が厳しい奴も多くて、安くするのも難しいです」
彼は孤児院と手品師たちの間に立って、報酬の取り決めもしているのだという。手品師が孤児院に出入りしていたというのは本当らしい。
「だから、最近はほとんど呼んでもらえていません。成金とか町の有力者たちが、孤児院なんか必要ないって言って、市に口を出して、支給されている運営資金を減らしているという話ですよ。それで経営が苦しいんだって噂です。この町は孤児が多いですから、孤児院が豊かになって町の孤児たちみんなが保護されるといいんでしょうが、そういうのは難しいんでしょうねえ。あそこが潰れたら、あそこにいる孤児たちはどうなってしまうやら……」
手品師は心配だと言わんばかりに大げさに嘆いてみせた。
子供のたちのことを考えて憐れに思ったのか、ヘイゼルが頷く。
「孤児院がそうなっていたとは知りませんでした。子供たちのことが気がかりですね」
経営が苦しい、か。
もし金に困っていたとしたら、動機としては充分だ。
もしかしたら、そうした理由で犯罪的行為に手を染めている職員はいるかもしれない。
「ですが、何故院長さんの名刺をフレッドの奴が持っていたんでしょうね」
手品師が名刺片手に不思議だなあと言った。
ロビンはそのことが気にかかった。
「それは、どういう意味でしょうか」
「ああ、いえね、手品のとき応対してくれる係の職員がいまして、その人の名刺ならみんな持っているはずなんですが。院長さんも手品のときは子供たちと一緒に見ていますし、挨拶くらいはするでしょうが、手品師たちが直接名刺を貰うことはないように思いますがねえ」
もし男の言う通りなら、裏で院長をはじめとする孤児院とエルマーの関係がより怪しいものに見えてくる。
ロビンたちは男に礼を言い、サロンを後にした。
外はすっかり夜が更けていた。馬車や人の通りもすっかり減り、冬の風が冷たい石の町を通り過ぎていく。
「これからどうしましょうか」
通りに立ったまま、ヘイゼルが尋ねる。
「本当は孤児院の職員と院長に直接話が聞きたいものですが、さて、どうしましょうか」
今のままでは取り合ってもらえないだろう。
もちろん、警察が孤児院内に無断でこっそり入り込んで捜査することはできない。
孤児院が手品師と結んで何か秘匿するようなことを行っているとしたら、確実に孤児院の外と何かしら連絡を取り合わなければならない。最近は孤児院への興行がほとんどないと言っていたので、外でやり取りするしか方法はないはずだ。
手紙など証拠に残るものを使うとは考えにくいので、電話か、もしくは実際に会っている可能性が高い。
考えながら孤児院の近くに戻ってきた。
無駄になる可能性が高いが、今晩孤児院の傍を張るか。
もしくは孤児院内を捜査する必要があると職員に納得させられるような証拠を掴むか。
子供の命がかかっているのでのんびりしていられない。
宵闇に乾いた発砲音が微かに響いた。
空に反響する。周囲の木々がざわめいた。
「ロビン殿、今のは……!」
音の方向からして確実に孤児院の方からだ。
「行きましょう!」
ロビンは駆け出した。
すぐに孤児院の門の前へ向かう。何度も門を叩くと職員が出てきた。ロビンとヘイゼルは手帳を掲げる。
「フロッセ市警です。巡回中にこちらの建物で発砲音が聞こえたので、中を調べさせていただきます」
入ろうとするロビンを、職員が押し留めた。
「ま、待ってください! 発砲音なんて私には聞こえてきませんでしたよ。何かの気のせいでは?」
ヘイゼルがなるべく穏やかに、宥めるように言う。
「いいえ、確かに聞こえてきました。何かあったのではありませんか?」
「うちは基本的に部外者は立入禁止なんです。それに、発砲音なんて聞こえるわけがないですよ。誰も銃なんて持っていませんし、こんな夜に銃なんて……」
職員が言う間に、もう一度銃声が聞こえた。
もう間違いない。何かが起こっている。
この機に乗じてしまおう。
「やはり何かあったみたいですね。私たちが収めましょう」
「ちょ、ちょっと!」
ロビンは職員の隙を突くようにして門の中へ入り込んだ。ヘイゼルも続く。
騒ぎがするのは孤児院の北側だ。建物の形状が外からでも違うのがわかる。おそらく併設の修道院だろう。
端の方に裏口のような扉がある。ロビンはホルスターから銃を取り出し、安全装置を外した。
扉の脇に背を張りつけ、銃を構えながら中の物音を探る。
話し声が聞こえてくる。誰かがいる。
先程発砲音がした。銃を持つ相手が暴れているのか。
孤児院のような場所で銃撃があったなら、そこに犯罪の香りを嗅がない方がどうかしている。
ロビンは隣に立つヘイゼルに目配せする。ヘイゼルも銃を手に突撃の態勢に入った。先にロビンが行くことを目顔とハンドサインで伝えた。ヘイゼルは頷く。
ロビンは肩で扉を押し開けると同時に突撃し、中へ入ると同時に銃を構えた。
「フロッセ市警です! 全員その場で両手を上げて止まりなさい!」
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