第17話 職員室にて

 アシルが天井の換気口をそっと開けると、下の部屋への道が開かれた。暗い部屋の様子を探る。

 誰もいないことを確認してから、アシルは部屋に音もなく降り立った。上を見上げるとミシェルは下を見下ろしたまま降りようとしない。

「何してるんだ?」

「いいか。一般人はな、天井裏から地上に簡単に下りることができないんだ」

 きっと眼鏡越しに睨まれる。

 ミシェルは頭がいいし魔法も使えるが、身体能力はからっきしなのだ。顔を強張らせたまま地上を見つめている。

「大丈夫だ。飛び降りろよ。オレが受け止めるから」

「……絶対、取り落とすなよ」

 ミシェルは意を決して飛び降りた。アシルは真下でミシェルを受け止めたが、その衝撃で思いきり尻餅をついた。

 ミシェルの下敷きになりながら、アシルは起き上がる。

 アシルが動くとミシェルもさっさとどいてくれた。下敷きにして悪いと思ったのか、ミシェルは素直に心配してくれる。

「大丈夫か?」

「何とかな。お前は軽い方だから」

「馬鹿にされてる気がする」

 と言いつつも否定しないのは自覚があるからだろう。

 二人で立ち上がる。ミシェルは部屋の中を見渡した。

 部屋には大きな棚が一角を占拠し、あとはデスクがいくつも並んでいる。どのデスクにもファイルや書類らしきものが積まれていた。あとは電話機とか、事務仕事に使いそうなもので溢れかえっている。

 アルヴェンナ孤児院の職員室だ。

 ここなら、職員が行っている子供の売買について何か見つけることができるかもしれない。

 職員は十数人いる。アシルひとりのときは調べられなかったが、ミシェルもいるし、何か証拠を掴めたらいい。

 ミシェルは顔を顰めた。

「それにしても暗いな」

「そうか? 月があれば大体わかるだろ」

 そう言ってアシルは窓のカーテンを開けた。明るい月夜だから調査はしやすい。それに明かりをつけては侵入がばれかねない。

「いいか。一般人はな、アサシンのお前ほど夜目が利かないんだ」

「お前目も悪いもんな」

「そういう問題じゃない。ほら、さっさと探すぞ」

 ミシェルは率先して奥の方の机を探り始めた。

 明らかに管理職らしい構えの机がある。あっちはミシェルに任せよう。

 アシルはその他の机を探ってみる。まさか一目見てわかるようなところに児童売買の証拠を置いておかないだろう。

 机の抽斗の中を重点的に調べたが、それらしいものは出てこない。机の奥の方や書類の束の下も見てみる。特に変わったところはない。

 別の机も調べていく。全部の職員の机をざっと見たが、児童売買に関する書類のようなものは見当たらない。証拠になりそうなものは残していないようだ。

 ミシェルが調べている机の近くまできてしまった。

 これが最後の机だ。抽斗の中を見ていくが、やはりそれらしい書類はなさそうだ。

「ん……?」

 他の抽斗より何だか底が浅い気がする。

 ピンときた。端を見ると半円の穴がある。その辺のペンを引っかけてみると底がすんなり持ち上げられた。

 やっぱり二重底になっていた。

 下にあったのはファイルケースだ。機密情報に違いない。

 ファイルを開いてみると、中身は書類ではなかった。

 同じ大きさの小さな袋がぎっしり詰まっている。

 勘で気づいた。これは麻薬だ。

 袋をひとつ開けてみると、白い粉が入っていた。麻薬の臭いもする。注射器のケースもあるからもう間違いない。

 職員が自分用に使っているのか、もしくは。

 クラッカーカンパニーが麻薬密売をしていたため、町では麻薬がそれなりに出回っているはず。この薬もあの会社から買ったものかもしれない。

 小声でミシェルを呼ぶと、彼は見ていた書類から顔を上げてこちらに近づいてきた。

「見ろよ、薬見つけた」

「隠れて大人が使っているか、もしくは攫った子供を大人しくさせるために薬漬けにしているか、だな」

 察しはついていたが、言葉にされるとおぞましさが増した。

「それは何だ?」

 アシルは、ミシェルが手に持つ書類を覗き込んだ。

 何かの帳簿だった。誰かの名前と、金額と、購入者の名前のリストのようだ。アシルは思わず顔を顰めた。

 奴隷商人が商売の帳簿としてつけているリストを他所で見たことがある。これはそれによく似ていた。

「これって、やっぱり……」

 アシルの呻くような低い言葉を、ミシェルが引き取って吐き捨てるように言った。

「エルマー・フレッドのような奴から買った子供を、奴隷として売っているということだろうな。買った子供は秘密裏に孤児院に監禁し、早めに売り捌いているのだろう。こうなれば、表向きは孤児院として引き取っている子供も、里親に出すように装って売られていてもおかしくはないな」

 金額だけで見れば、子供は相当な額で売れている。最近人身売買が全面的に禁止されたばかりだから、子供を堂々と売り買いする場はなくなった。それで値段が高騰しているのかもしれない。エルマー・フレッドは、金に目が眩んで人身売買に手を出したのだろう。

「一番名前が多い奴がいる。お得意様から子供を安く仕入れているようだ」

 ミシェルがその名前を指差す。

 ――ライザ・シュペーマン。

 アシルはその名前に妙な引っかかりを覚えた。

「この名前の字面、どっかで見たことがあるような……」

 児童売買をするような悪党だから、町に巣食う凶悪犯のひとりだろうと思うのだが、どこで見たのか思い出せない。

「僕もこの名前を見たことがある気がするが……」

 ミシェルまで見たことがあるなら、名の知れた凶悪犯だろう。ただ、彼も思い出せないらしい。

 いずれにせよ、吐き気がする話だ。孤児院の経営のためか、職員が私腹を肥やしているのかは知らないが、非道で不当な商売で暴利を得ていることは間違いない。

「孤児院摘発はできるが、そうすることで孤児院が経営できなくなると、ここの子供たちがどうなるか……」

 ミシェルはリストを睨むように見た。

 悪い奴らをやっつけてもやっつけなくても、子供たちが酷い目に遭う。悪事に関わっている奴らをどうにかできれば、子供たちを助けられると思っていたのに、簡単にはいかない。

「まあ、そのことについては後で話すとして、今は子供を助けるのを優先して……」

 ミシェルの言葉が途中で途切れた。

 発砲音が聞こえた。今の銃撃は何だ。

 まさかレブラスたちの方でトラブルがあったのだろうか。潜入がばれたとか。メンバーで銃を持っているのはアシルだけだ。となれば、職員と鉢合わせている可能性が高くなる。

「サフィアたちに何かあったかもしれないな」

「向こうに行ってみようぜ」

 アシルはミシェルと頷き合った。

 ミシェルはその帳簿をコートの中に仕舞い込んだ。

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