第13話 誰がための剣
眠っていたはずなのに、ルイはふと目覚めた。
寝床にしている部屋と、みんなで食事する部屋は扉で区切られている。薄く開いている扉から淡い光が漏れていた。
誰が起きているのだろう。そう思ってルイは寝床を抜け出し、薄く開いた扉の隙間から居間を覗き込む。
テーブルを囲み、レブラスとミシェルが向かい合うようにして座っていた。テーブルには蝋燭を一本灯している。寝床から見えた明かりはこれだろう。
「……ルペシュールの活動を始めて、半年くらいになるな」
レブラスが神妙な面持ちで口を開く。
ミシェルは腕と足を組んだ。
「真面目なお前のことだから、警察に追われてまで活動を続ける意味があるのか悩んでいるといったところか。それに、どんなに手を汚しても世の中が変わるわけではないことに焦りと無力感も感じている。正義感で突っ走ってきたが、自分が選んだ道が正しいのかわからない。過去なんか捨てて真っ当に働いていればよかったかも。そんなところだろう?」
レブラスは「お前は占い師みたいに思っていることをよく当てるな」と言って自嘲するように笑った。
「オレたちは全員、ルペシュールにならなくても警察から追われる身だった。オレは〈聖騎士〉として、アシルは〈アサシン〉として、ルイは〈盗人〉として、お前とサフィアは〈魔法使い〉として」
ルイは黙って二人の話を聞くことにした。
レブラスが話を続ける。
「オレのやったことは間違いだったわけじゃない。他の四人だってそうだ。強くて狡い大人に敵わなくて、弱くて、他にどうしようもなくて、犯罪者の烙印を押されて逃げることしかできなかった。正当化する気はないんだ。法を犯しているんだから、オレたちは犯罪者だ。オレはどう言い訳してもただの人殺し。でも、この世には悪いことをしてたって捕まらない大人たちが、まだたくさんいる」
ぽつぽつと語るレブラス。
「法が裁かないなら、オレたちが裁く。そのためにルペシュールを作って、今まで色んな悪人を裁いてきた。悪人たちに酷い目に遭わされてる人を助けるために」
ミシェルは頷く。
「ああ。患者を使って新薬実験する医者も、過労死をたくさん出した紡績工場の社長も、女ばかり狙うシリアルキラーも倒した。借金を作らせて無理やり客を取らせた売春宿だって、麻薬密売する煙草会社の社長だって潰した。児童誘拐の犯人も先日止めた」
ルイは思い返す。路地裏で食べるために盗みを働き、泥水を啜って寒さに耐えていたとき、ルイは四人と出会い、そのまま一緒に行動するようになった。
ひとりぼっちだったルイは、何よりも四人と一緒にいるのが楽しかった。兄弟みたいに過ごして、笑い合ったり、大変な仕事を一緒にこなしたり。
そんな吹けば飛びそうな暮らしが、ただ楽しかった。
だから四人がやろうと決めたことをルイは手伝うし、役に立ちたいと思うのだ。盗みより重い罪を手伝うことになるとしても、ルイは四人と一緒にいることを選んだ。
悪い大人を懲らしめればやってやったと思ったし、そういう奴らが苦しんだり死んだり、警察に捕まったりすればざまあみろと思っていた。
レブラスはテーブルに両肘をついて、顔を両手で覆った。
「そうだ。オレたちは誰も裁かない悪人を倒してきた。自分で選んだ道だし、後悔はない。けどその先に待ってたのは、結局警察に追われてる、何をしてもただの犯罪者でしかない自分の姿だ。困ってる人たちを守るために何人も斬った。けれど何も変わらない! 罪深い大人をどれだけ斬ったって、世の中の悪を絶やすことはできないし、オレたちの境遇も決して変わりはしない! オレは――」
震えるレブラスの声が、空虚に響いた。
「――ただの人殺しで、罪人のままだ……!」
レブラスは叫びを絞り出し、顔を覆っていた手をテーブルの上に下ろした。思いつめたような表情だった。
いつも冷静なミシェルは、今も冷静な様子でレブラスを見つめている。
そして辺りがしんと静まり返ると、いつもとは違った表情を見せた。困ったような、痛々しそうな、優しそうな、そんな顔で、微笑んでいた。
「お前は、本当に生真面目な奴だな。そうやって色々なことを突き詰めて考えすぎる」
「考えすぎないアシルとかの方が変だろ?」
レブラスとミシェルはお互いに笑い声を漏らした。
「あいつはそうならざるを得なかったのだろう。善悪も考えずにターゲットをただ殺さなければいけない状況に置かれてそうなった。人を殺す罪悪感が欠けているのも同じ理由なんだろうな」
ミシェルは階下への階段の方を見た。アシルは再び出かけていってから、まだ帰ってこない。
「なあ、ミシェル。オレたちが本当に望んでいるのは、何なんだろう? 正義のヒーローになりたいわけじゃない。搾取される人のために悪い奴を潰していっても、オレたちがしていることは結局私刑や人殺しで、罪を重ねていることには変わりない。このままだと警察に追われるだけだ。オレたちが目指していることって、本当は何なんだろうな?」
「そうだな。レブラスは、リスクとか可能性とかみんな排除したとき、どんな大人になりたいんだ?」
「大人、か……」
レブラスは考え込む。
ルイは思う。今はまだみんな子供だ。けれどいつかは、ルイたちが軽蔑している大人に、自分たちもなっていく。
ルイはまだ、大人になりたいなんてとても思えない。
「……穏やかに暮らしたい。五人で、誰かに追われたり隠れたりしないで、静かに暮らしたい。誰も殺さず、真っ当で誠実で、普通の人がそうするように、日の下で働いて、善良に暮らしたい」
レブラスは言ってから、苦笑した。
「でも、叶いっこないな。いつまで経ってもオレたちは追われるだろうし、オレの手は、真っ当さとはほど遠いほど血で汚れてる」
「何といってもお前は〈聖騎士〉だからな。国家クラスの犯罪者だ。聖剣を盗んで追手の騎士を何人も惨殺した」
「聖剣はオレを選んだんだ。盗んだんじゃない」
「そんなことは知っている」
しれっというミシェル。そして再び二人して笑った。
ルイはミシェルがあんな風に笑っているのを初めて見た。普段は神経質そうに、いつも難しそうな顔をしているから。
「僕自身がそうだが、他人に、自分が脅かされるのが嫌なんだ。年齢や家柄や、力のなさでバカにされたり、蔑まれたりしたくない。暴力とか、姦計とか、謀略とか、そういう悪意のせいで、在りたい自分になれないのが、嫌なんだ」
ミシェルはテーブルの上の蝋燭の炎に人差し指を突き出す。火に触れないように突き出した指が蝋燭の傍から離れた。
ミシェルの指が宙へ滑る。すると、蝋燭の火がミシェルの指を追うように一部だけ離れて、いくつもの小さな火の玉となってぽつぽつと柔らかな明かりを部屋に灯した。
ただ小さな明かりがいくつも点いているだけなのに、それはとても綺麗だった。
「ただ、何にも脅かされずに、他人から尊厳を奪われずに、罪を犯さずにいたかった。今もそうだ。でも、結局僕は魔術師になった。国が禁じている技術に手を出して人を死なせたのだから、僕は立派な犯罪者さ。この罪はずっと消えない」
「お前の本心を初めて聞いた気がするな」
レブラスは意外そうに言った。
「ミシェルも、悩んでるのか?」
「……〈黒猫〉もいる。警察も本腰を入れてこっちを潰しに来るのは時間の問題だ。ずっとこのままでいられるとは思えない」
「そうだよな。ずっとルペシュールを続けるなんて、きっと無理だ」
「サフィアもそのことに薄々気づいてる。だが、大人に直接痛い目に遭わされたアシルとルイは、目の前の悪い大人を潰すことに躍起になってる。心配だな」
ルイは思わずどきりとする。
ミシェルが焦ったような声を出した。
「僕が心配してたなんて、絶対に二人には言うなよ!」
「別に照れなくてもいいじゃないか。多分二人とも喜ぶぞ」
「絶対に言うなよ! 言ったら炎で灰にしてやるからな!」
「怖いこと言うな!」
声を潜めてはいるが、弾むような声色は隠せない。
「……最初から生き方なんて選べなかったし、今から罪が消えて普通に暮らせるようになるわけじゃない。幸せにはなれない。でも、それでもオレは、自由が欲しい」
レブラスが寂しそうにそう言った。
その言葉は、罪を犯してきた自分が自由なんて手にできないことを知っていて言っているようだった。
自由。
それがあれば、ルペシュールでも盗人でも孤児でもない、ただのルイズになれるのだろうか。
何のしがらみもなく、五人で一緒にいられるのだろうか。
ルイはその場を離れて、再び寝床に潜り込んだ。
いつまでもこのままではいられない。
それでも、ルイは少しでも長く、みんなと一緒にいたいと思う。
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