第27話 脱出
「待ちなさい!」
ロビンは声を張り上げた。
二人が振り返る。ルイズは両手に手錠をかけられ、俯いていた。アンバー警部補はルイズの手錠の鎖を掴んでいる。無理やり連れていくつもりだ。
「その子をどこへ連れていくつもりですか?」
息を整えて、相手を睨み上げる。
「尋問ですよ、捜査官殿」
警部補はこの前と同じふてぶてしい態度だった。
「尋問は私が担当します。その子の身柄を引き渡しなさい」
「あんたに任せてちゃ、何も出てこんからこっちがやってやるんですよ。偉そうなこと言ってるが、結局は何の情報も引き出しちゃいないじゃないか」
アンバー警部補は小馬鹿にするように嘲笑った。
ロビンは再度命令する。
「引き渡しなさい」
警部補は大きく舌打ちした。
「警部クラスだろうが舐めてもらっちゃ困りますねえ。こっちだって公務だ。特別捜査官だろうが執行妨害ですよ」
アンバー警部補はルイズの鎖を離し、腰の警棒を取り出した。
――ああ、もう。
わざわざ人を小馬鹿にして、子供だと侮ってくる奴らなどどうでもよかった。今まで相手にせず、彼らより大人らしい態度を取って、何でもない振りをしてきた。
いちいち対立して仕事に支障が出るのは馬鹿みたいだし、対人関係を円滑にすることで動く仕事もある。だからずっと大人の特別捜査官の顔をしてきたのに。
――馬鹿馬鹿しい。
こんな奴らのために我慢して、屈辱に耐えてきたことが、急激に馬鹿らしくなってしまった。
「面白い。やれるものならやってみなさい」
ロビンは挑発的な笑みを浮かべた。
わかりやすく頭に血を上らせたらしい警部補は警棒を振りかぶる。逆上した人間は隙が多い。身を低くし、アンバー警部補の足を払うと彼は簡単に仰向けに倒れ込んだ。
目を丸くしている警部補の顔面に、ロビンは足で踏みつけるようにして鼻っ柱に蹴りを叩き込んだ。
足を避ける。一発で気絶してしまったらしい。アンバー警部補は鼻血を垂らしながら白目を剥いていた。
ロビンはルイズの元に駆け寄った。
「大丈夫ですか? 怪我は?」
ルイズはロビンを見上げて、首を横に振った。見たところ外傷もない。無事でよかった。
「あの、大丈夫なの、あれ」
ルイズはちらと気絶したアンバー警部補に目を向けた。
ロビンは一応ここの署長の指示に従うよう言われているが、非常時には好きに動いていいと上司に言われている。
「言い訳はいくらでも立ちます」
笑顔を作る。ロビンはルイズの両肩を掴んだ。
「ルイズ、君の言う通りでした。警察は捕らえた子供を奴隷として売り飛ばしている。それも、若い女や少女は売春宿に売られていた。こんな吐き気がするような犯罪を、僕は許せない。王都に戻ってこの犯罪を追及するつもりです」
ロビンは続ける。
「そして、君を裁ける者はこの署内のどこにもいない。だから君のことは、僕が責任を持って仲間の元へ送り届けます」
ルイズは初めて、瞳に光を宿した。
「帰して、くれるの?」
「ええ。何としても、無事に君を帰す。君が、僕についてきてくれたらですが……」
警察署は夜でも警備はちゃんとしている。
ルイズを逃がすには、ひとりで逃がすよりロビンが連れて行った方が安全なはずだ。それには、ルイズがロビンを信じてついてきてもらう必要がある。
ルイズは明らかに戸惑っていた。
無理もないだろう。憎らしい警官に逃がすと言われて、簡単に信じられるとは思えない。
だがルイズは真っ直ぐロビンを見て頷いた。
「…………いいよ。あんたについてく」
それはロビンを信じてくれるということだ。ロビンは初めて、ルイズとわかり合えたように思えて嬉しくなった。
「ありがとうございます」
ロビンは倒れたアンバー警部補のポケットを探って手錠の鍵を取り出した。それでルイズの手錠を外す。手錠はルイズの手首から落ちてかしゃんと音を立てた。
ロビンはフードを取り、ルイズを振り返った。
「行きましょう、ルイズ」
ルイズが頷く。ロビンが先に立って廊下を走った。
後ろからルイズがついてくる。
「……あのさ」
ルイズがおずおずと口を開いた。ロビンは後ろを振り返る。
「ルイって、呼んでもいいよ。仲間はそう呼んでる」
愛称を教えてくれるのは、きっとルイズからの信用の表れだ。ロビンはそれが嬉しかった。
「わかりました、ルイ。僕のこともロビンと呼んでください」
ルイは口をすぼめて小さく頷いた。
廊下を進んでいくと、刑務所の出入り口が見える。
扉に真っ直ぐ向かっていく。
刑務所の外を窺う。巡回の警邏もいないようだ。
普段は外から鍵がかかっているが、鍵は署内の警官全員が持っている。開けて外に出た。
刑務所の壁を伝うようにして移動する。裏口からさっさと出たいところだが、さすがに門には警護の警官が立っている。
ルイを逃がすと決めたはいいが、どうやって脱出するべきか。塀は、囚人の脱走を拒むように高く作られ、その上には有刺鉄線を巡らせている。塀を越えるのは絶対に無理だ。
ルイの正体をどうにか隠し、ロビンの権限で囚人を外に護送する手も考えたが、ロビンはフロッセの警官たちに嫌われているので、素直に通してもらえないだろう。
強行突破すべきか。〈黒猫〉と呼ばれるロビンでも、警官たちを敵にして、ルイを守りながら誰も殺さずに突破する自信はない。
それに、そんなことをすればロビンが傷害の罪で訴えられておかしくない。後からフロッセ市警を告発するというロビンの目的も果たせなくなる。
ルイを振り返ると、少し震えているようだった。
ルイは浮浪児らしくボロの薄い服を着ただけの姿だ。真冬の夜は辛いだろう。
ロビンは黒コートを脱いでルイに羽織らせてやった。落ちないよう胸元の留め具をしっかり留めてやる。ルイは小柄なので、彼の膝まですっぽり覆うマントみたいになった。
ルイはされるがまま、驚いたようにロビンを見ていた。
「いいの?」
「寒いでしょう。警察の制服は長袖なので、平気ですよ」
「……ありがと」
「どういたしまして」
笑みを向ける。少し困ったような、コートの温かさに頬を上気させる小さな子供を見て思う。
こんな表情ができる子供が物を盗まねば生きていけず、憎悪に満ちた顔で大人を睨み、大人に拷問される社会は、どれだけ発展していても間違っている。
絶対にこの子を無事に送り届ける。
裏口の警官の注意をロビンが引き、その隙にルイを逃がそうと思った。それからロビンが堂々と裏口を出て、ルイを町に連れていく。それくらいしか策が立てられない。
作戦をルイに話そうとする。
そのとき、銃口が見えた。
「伏せて!」
ロビンは咄嗟にルイに覆いかぶさるように倒れ込んだ。
瞬間、発砲音。頭上に二、三発飛んできた。刑務所の壁に銃弾が撃ち込まれる。
ロビンはルイを引っ張って近くにあった木の後ろへと隠れた。発砲音はほぼ同時に三発聞こえた。最低三人はいる。
ロビンはホルスターから銃を取り出した。
木の陰から裏庭を窺うと、六人の警官が銃口をこちらに向けていた。脱出のことを考えて気づくのが遅れてしまった。
裏庭は拓けている。他に遮蔽物がない。六人相手にひとりでどこまでやれるか自信はないが、やるしかない。
「ルイ、絶対に木から顔を出さないで」
「わ、わかった」
ルイに怪我さえなければ、そしてロビンが最低限動ければ、多少無茶をしてもいい。
「さっきはよくもやってくれたな〈黒猫〉! お前は囚人の脱走に手を貸した犯罪者だからな! ここでその罪人もろとも撃ち殺してやる!」
叫んでいるのはアンバー警部補だ。
もう起き上がったのか。部下を呼び、ロビンの邪魔をするつもりらしい。
気に食わない〈黒猫〉を潰すいい機会と考えているのかもしれない。こうなったからには全員死なない程度に倒すしかない。
警官たちの銃口が木に向かって一斉に火を噴いた。
全員がロビンに向かって一気に撃ってくる。リロードの隙を狙うしかない。
六、七発ほど撃ち尽くした警官からリロードをしようとする。ロビンはその警官の腕に狙いを定めた。
引き金を引く。
発砲音と同時に警官が短い悲鳴を上げて手に銃弾を受け、銃を取り落とした。
同じように他の警官も腕を狙う。これで二人無力化した。
リロードを終えた警官がロビンに向けて銃口を向けた。
ロビンは素早く木の陰に隠れる。銃弾が木に撃ち込まれた。木の横を掠める弾もあった。
砲火が止むのを待ってからロビンは再び警官の腕を狙って銃を撃つ。これで三人。四人目。
砲火が襲ってくる。このまま押し切れるか。
銃を構えながら銃弾の雨を耐える。
突如、ロビンの周囲を囲うように厚い炎の壁が出現した。
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