第26話 児童売買
「今、町ではルペシュールが話題になっていますね」
ロビンは世間話のつもりでその話題を選んだつもりだ。
だが、ルイズの肩が大きく震えたのを見逃さなかった。
――何かある。
「ルペシュールは法で裁かれない悪人を倒しているそうですね。確かに、警察によって捕まっていない犯罪者はまだたくさんいます。彼らは人から色んなものを吸い取って笑って生きている。それは許されることではありません。そうした悪事を止めているのなら、ルペシュールの行い自体を悪と言い切るのは乱暴ですね」
ルイズは下を向いたままだ。
「でも、法律で私刑は禁止されています。市民が他の市民を傷つけることが許されるなら、強盗や殺人は今より多く発生しているでしょう。人の命を奪ってはいけない。人から物を盗んではいけない。そういう、倫理的にも法律的にもしてはいけないことをルペシュールは手段にしています。そういう意味ではルペシュールは悪です。でも、感謝している人もいます。何が正しいのか、悪いのか、人によって見え方がまったく変わってしまうのでしょうね。だから絶対に正しいことも絶対に悪いことも、本当は存在しないのかもしれません」
ロビンは思いつきでそう語った。語っているうちに、そうした考え方があると気づいた。
ルペシュールは法律的には悪だ。クラッカーカンパニーの被害者の無残な死体は忘れられない。けれどその死体が築かれるまで、確実に泣いている者がいたのが本当なら。
何が正しいのか、何が悪いのか、そんなものは個人の価値観で変わってしまうものでしかない。民衆がヒーローと崇めるのなら、崇められる理由がルペシュールにはある。
ルイズがぽつりと呟いた。
「……オレの仲間も、同じこと言ってた。みんな、殺す以外の解決方法がなくて、殺さないと殺されるようなところにいたんだ。ルペシュールは、そこまで追い詰められた弱い人が、手を汚さないためにもあるんだって」
仲間とは、あの夜孤児院で一緒にいた子供のことだろうか。
ルイズは少しずつロビンに対して口を開くようになった。
「……孤児院に捕まってた子供って、どうなったの」
――そうか。
ロビンは頭に光が差した気がした。
「僕が保護して、身許を確かめて、今は病院です。すぐ回復して、家に帰れるでしょう」
「そっか」
ルイズはほっとしたように小さく笑った。
ひょっとして、アルヴェンナ孤児院にルイズがいたのは、その子供たちを助けるためではないか。
思い返せば、児童失踪に関わっていると思われるエルマー・フレッドはルペシュールによって裁かれている。そのとき現場にいた子供は無事だった。
ルペシュールはエルマーを児童誘拐の犯人だと指した。
彼らがどこに子供が売られたかを突き止めて、孤児院へ向かったのだとしたら。
ルイズはルペシュールのメンバーで、彼の仲間たちこそがルペシュールなのではないか。
そうだとすると、すんなり腑に落ちる。
ルペシュールが義賊めいたことをしているのは、彼らが子供特有の純粋さを持っているからだ。
もしルペシュールが警察に捕まらずに様々な私刑を行うほどの隠密と殺人の技術を持っているなら、もしそれが大人ならば、自分たちの利益のためにその力を使うのではないか。
彼らは、どちらかしか助からない状況に陥ったらどうするのだろう。六人全員を助けることを諦めないのだろうか。
ロビンはそのことを急激に知りたくなった。
「……ねえ、あんたは、オレをどうするの」
一度ルイズを牢へ帰して休ませようかと思っていた矢先に、彼に尋ねられた。
「君は参考人です。罪がないとわかればすぐに帰しますよ。そのためにも、孤児院で何があったのか、どうしてそこにいたのか、よく話してもらわなければなりません」
ルイズはよくわかっていない様子で首を傾げた。説明がわかりにくかったようだ。
「罪人には罰を下さなければなりませんし、無罪の者を裁くわけにはいきません。だから、君に罪があるのかないのか、あなたから話を聞いたり調査したりして、間違いのないように結論を出さなければならないのです。だから、孤児院でのことを話してほしいのです」
ルイズが仲間たちとともに夜間のアルヴェンナ孤児院に侵入していたのは確かだ。罪が不法侵入だけなのかは不明だが、それだけならあまり重くない罰でここを出られるだろう。
ただ、あそこで職員三人の他殺体があった。
あのときロビンが戦った〈聖騎士〉の剣には血がついていた。職員三人の遺体も鋭い剣が凶器なのは確かだ。〈聖騎士〉とルイズは一緒にいた。殺人を幇助した可能性が高い。
もしルイズの関与が認められた場合、ロビンは公正な裁きのため、ルイズを検察に委ねなければならない。それをどうやって、ルイズに説明しよう。
「……話してもいいよ」
ルイズが呟いた。
「ほ、本当ですか」
ロビンはつい腰を浮かせた。少しはルイズの信用を得られたのだろうか。
「話しても話さなくても、変わんない。……どうせ売り飛ばされるんだろ?」
ルイズは低い声で唸った。
「なっ……? 何を言うのです。売り飛ばすなんて、そんなことあるわけが……!」
戸惑っているロビンを見て、ルイズは冷たさと憎悪に満ちた視線を寄こした。
「オレは知ってる。青服どもは〈孤児狩り〉で捕まえた子供を奴隷にして売り飛ばしてる。噂は昔からあるよ。どうせオレもそうなる。そんな奴らに話して、オレの罪が真っ当に裁かれるもんか!」
ロビンはルイズの言葉を理解することが恐ろしかった。
「〈孤児狩り〉は、褒められたものではありませんが、それでも、捕まえた孤児や浮浪児の里親を探したり、孤児院に入れたりしているはずで……」
子供を犯罪者のように捕まえる〈孤児狩り〉のことは気に入らないが、それでも名目上は治安維持と子供の保護になっているはずだった。それを話すと、ルイズは大人がそんな綺麗ごとで動くはずがないと言い切った。
ルイズの言葉は直情的で、子供相応の主観的な言い分だった。けれど、嘘を吐いているようには感じない。ロビンは多くの被疑者や関係者と話してきた。嘘を吐いて他人を惑わせたり、自分への疑いを晴らそうとしたりするタイプの子供には見えない。
もしルイズの言うことが本当なら、警察官が捕まえた子供たちを裏で奴隷として売り飛ばしていることになる。
人身売買は数年前に正式に禁止条例が施行された。奴隷商売は全面的に犯罪になったのだ。それをまさか警察官がやっているなんて、とても簡単に信じられる話ではない。
「そんな、馬鹿なことが……」
「オレも本当のことは知らない。気になるなら、ここに里親を待つ子供がいるのか調べてみたら。警察に捕まった子供が外に出た形跡がないっていうのは本当のことだし、噂は裏社会のものだよ。それでオレのことが本当だったら、教えてよ。あんたの言う、正しいことってどんなことかを」
ロビンは一度何を信じていいのか逡巡して、そして冷静になった。
調べること自体は無駄ではない。それに、本当にそんなことが起こっているのなら、見過ごすわけにはいかない。
真相がどちらにせよ、ルイズの口を開かせるのに調査は必要だ。ロビンは頷いた。
「わかりました。調べてみましょう」
ルイズは罪人の裁定者のような厳粛な面持ちで頷き返した。
「一度帰します。次は、僕が直接牢に迎えに行きます」
そう約束をしてから、ルイズを牢へ帰した。
ロビンは取って返し、急ぎ警察署の資料を漁った。
入所者、逮捕者のリストと現在使われている牢のリストを照らし合わせた。
一度軽く仮眠を取った後、実際に牢に足を運んでみた。
調べた結果、〈孤児狩り〉で捕まえた子供は刑務所にほとんどいない。よく確認したが、どうやら若い女もいない。
里親となった者の名前も確認していったが、偽名だったり、工場の経営者だったり炭鉱経営者だったりで怪しいことこのうえない。
里親の戸籍も調べてみたが、養子を迎えた痕跡はまったくなかった。そのかわり、リストにあった工場では多くの子供が働いていた。里親として引き取るという体で、奴隷として買い入れている疑いが調べれば調べるほど深くなっていった。
調査に一日かかりきりになってしまった。
深夜に戻ったロビンは、警察署内で机に向かって書類を作成している相棒の元へ向かった。
幸い、署内は彼ひとりだった。ロビンは真っ直ぐ彼の元に歩み寄り、彼の机に両手をついた。
「ヘイゼルさん、お聞きしたいことがあります」
「どうしたんですか、ロビン殿?」
ヘイゼルは人のよさそうな顔に、戸惑いを浮かべていた。
「……以前、〈孤児狩り〉について話してくれたとき、どうしてあんなに辛そうだったのですか?」
ヘイゼルが〈孤児狩り〉のことを話してくれたとき、彼は悲しそうな、辛そうな顔をしていた。悲愴、と言ってもいいほどだった。
最初は〈孤児狩り〉で子供を捕まえる警官たちを止められないことに罪悪感を持っているのだと思っていた。そうした面はあるだろう。
しかし「私は、自分の身可愛さに子供を見捨てている汚い大人のひとり」だとヘイゼルは言った。
いくら犯罪者と同じ刑務所に入れられているからと言って、本来は罰も下されない、里親を待つ子供たちのはず。
ヘイゼルの言葉の意味は別のところにあるのではないか。ルイズの話を聞いてからそう思ったのだ。
ヘイゼルはロビンから視線を逸らした。
「……いつか、ロビン殿なら、辿り着いてしまうと思っていました」
今の反応で、ヘイゼルが隠していた警察署内の悪事がはっきりわかってしまった。
ロビンは机の上の両手を強く握りしめた。
「……このことに、関与しているのは誰ですか。署内のどれほどの警官が、このことを……!」
ヘイゼルは目を固く閉じ、首を横に振った。
「それだけは、申し上げられません」
彼の態度と性格から、児童の人身売買を見過ごすことに良心の呵責を感じていないわけがない。それは彼らしいと思う。
それでも、この署内で唯一まともだと思えるヘイゼルが、しばらく相棒として一緒に捜査してきたヘイゼルが、この件に見知らぬふりをしていたことがロビンにはショックだった。
「そうですか。ありがとうございました」
ロビンはヘイゼルに背を向け、刑務所の方へ向かった。
みんなルイズの言った通りだった。
彼にこのことを伝えなければ。そして、この警察署に蔓延る悪意と腐敗を徹底的に追求しなければいけない。
巨悪を見つけた以上、昨日見つけた書類と一緒に一度王都へ帰り、上司――特別警察の長官に事態の報告をすべきだと思った。
こんなところで、誰がルイズの罪を裁けるというのだ。
彼には両親がおらず、きっと孤児になって路地裏で生きていくしかできなかった子供だ。
浮浪児を救済することなく放置していた町の土壌が最初にあって、ルイズは初めて盗人としての人生を培った。ルイズを作ったのはこの町だ。
もちろん、ルイズに罪はある。ルペシュールとして、盗人としての道を選んだのもルイズ自身だろう。
それでも、この子供を捕え、裁くことはこの署内にいる人間には誰もできない。あんな傷ついた子が奴隷として売り飛ばされるところは見たくない。
ロビンは牢の鍵を借りて牢へ向かった。
牢屋は窓もほぼない地下にある。ランプを掲げながらルイズが収容されている牢内を照らした。
牢はもぬけの殻だった。
背筋に悪寒が走った。嫌な予感がする。
ロビンは弾かれたように一階へ駆け戻った。
ロビンが警察署を出たのは一日。その間に、誰かがルイズを連れ出したのだ。
廊下を曲がる。
ルイズを連れたアンバー警部補が歩いていた。
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