第10話 アルヴェンナ孤児院へ
十一月上旬の朝、手品師エルマー・フレッドが自宅傍の通りで殺害されていたのを、近隣住民が発見した。
駆けつけた警察によって辺り一帯が調べられた。
エルマーは頸動脈を切り裂かれ、血溜まりの中に仰向けで倒れていた。手には刺し傷があり、銃が傍に落ちていたが発砲された形跡はないようだ。近隣住民も、銃の音などは聞いていないという。
不思議なことに、エルマーの傍には大きな布の包みがあり、中を確認すると二日ほど前に姿を消したと訴えられた子供が眠っていた。子供はすぐに親元に返された。
子供は失踪直前の、夕方遊んだ後の記憶がなかった。
どうして離れた地区の路上にいたのか、本人でさえはっきりしないという。
早朝から駆り出された警官たちがせわしなく捜査する中、ロビンはヘイゼルとともに現場に来ていた。
昨夜、子供相手に興行している手品師ならば何か知っているのではないかと思ったロビンたちは捜査に出向いた。
町には手品師たちが集うサロンのようなものがあり、手品師たちは興行場所が被って客が減らないよう、地区ごとに興行場所を分担して仕事をするらしい。
夜中だったが、サロンには二、三人の手品師がいて話を聞くことができた。
そして子供が失踪した地区で興行している手品師を教えてもらった。五人の子供が失踪したとき、五人それぞれが失踪した地区を担当していた手品師を突き止めたのだ。
エルマー・フレッド。
奇しくも、五つの失踪場所を担当していた手品師は彼ひとりだった。彼なら児童失踪事件について、目撃か何かをしているかもしれない。
朝から彼の家に行って事情聴取をしよう。そう決めていた矢先、エルマー・フレッド殺害の報がもたらされた。手がかりを潰されたようなものだ。ロビンは内心舌打ちした。
エルマー・フレッド殺害の件は担当の警官に任せるとして、ロビンたちは児童失踪事件の捜査をしなければならない。
一応被害者の部屋を調べることにした。
フロッセでひとつの建物を丸々家屋としているのは豪商や成金などの一部の富裕層だけだ。町に住む一般人は、ひとつの建物にいくつもある部屋を買ったり借りたりする集合住宅で暮らしている。
横長の建物を縦割りした長屋式のテラスハウス、階ごとに分割されたアパート、マンションなどが町では主流だった。
ロビンもヘイゼルもひとつの部屋を借りて一人暮らしをしている。エルマーもそうだったらしい。
早朝、ロビンはエルマー・フレッドが借りている建物までやってきた。
四階建ての石造りのアパートメントには入口の扉がひとつ。そして部屋ごとに取りつけられた窓がいくつもある。
下層の労働階級で一人暮らしの者は、部屋をひとつだけ借りる者が多い。そのための部屋を貸し出す大家も増えている。そんなアパートの二階に、エルマー・フレッドの部屋がある。
二階に上がって狭い廊下を進むと、一名の警官が部屋の間に立っていた。エルマーの部屋だろう。部屋の中は既に他の警察が調べているようだ。
「これはこれは、〈黒猫〉殿とヘイゼルさん。一体こちらに何の用で? エルマー・フレッド殺人事件は我らの担当ですよ。貴方がたは、確か児童失踪事件を捜査中とか」
「その通りです。私たちがここへ来たのも、児童失踪事件の捜査のためです」
ヘイゼルが前に出て応対してくれる。ロビンが交渉するよりは円滑になるだろう。ただ、穏やかなヘイゼルは敵意を向けられることはなくとも、他の警官に侮られることが多いようだ。警官は意地の悪そうな態度を改めようとはしない。
「児童失踪事件の捜査? エルマー・フレッドと児童失踪に、一体何の関係があるんですかな?」
「エルマー・フレッドは、子供たち相手に手品の興行をしています。彼が仕事をした地区というのが、児童失踪事件のあった場所と同じ時間、同じ場所なのです。ですから、彼に話を聞ければと……」
「残念だがエルマー・フレッドは殺された。ルペシュールの犯行によってな!」
捜査の邪魔をするな、と言わんばかりに警官はロビンたちの目の前へと進み出る。二の句が継げなくなるヘイゼルにかわり、後ろからロビンが出る。
「ルペシュールの犯行とはどういうことです?」
「またあの犯行声明のカードがあったんだよ。子供を物のように売り飛ばす大罪人とか書いてあった。案外、児童失踪事件の犯人はエルマー・フレッドで、奴が死んでもう真相はわからないんじゃないのか?」
年下を侮りきった視線を、ロビンは真っ向から見返した。
悔しいし、円滑に捜査ができないことは腹立たしくもある。しかしここでそういう態度を見せれば相手を喜ばせるだけだ。
いつものように、心の内を見せないように冷静沈着な顔を作って相手に向ける。
「証拠がないので真相はまだわかりませんし、決めつけることもできませんよ。もちろん本人に話は聞けませんので、部屋を調べさせていただこうかと思いまして。別にお邪魔はしませんよ。十分で終わりますから」
一歩も怯まないロビンの態度に、警官は舌打ちする。
署内の警官のほとんどが、王都からやってきたロビンを目の敵にしている。自分たちより年下なのに、肩書きと手柄が自分たちより上のロビンが気に入らないのだ。
十月の終わりにロビンがこの町に来たとき、凶悪な殺人事件をひとつ解決して犯人を迅速に捕縛した。
最初はお手並み拝見とばかり捜査を任せていた警官たちも、ロビンの実力で事件を解決されたことが面白くなく、ロビンへの敵意に拍車をかけている。
手柄をフロッセ市警ぐるみで世間に隠されたことからもそれは知れる。〈黒猫〉が来たと世間に知られていない方が犯罪者は警戒しないし、名声や手柄には興味がないのでその件に関しては怒りも沸かないのだが。
「十分だけだぞ!」
ロビンの冷静な態度に警官は更に気を悪くしたらしい。
言い捨てながらロビンを突き飛ばして部屋を出ていった。ロビンは突き飛ばされたまま、廊下の壁に背をぶつけた。
「大丈夫ですか、ロビン殿」
「平気ですよ」
何をしてもロビンが小憎らしく、ロビンに意地悪し尽くしたいのだろう。
子供だという理由だけで非難されることには慣れているが、年齢や外見など、実力以外の面で評価されるのは不平等だとは思う。
だが、彼らと衝突して態度を改めろと言うのはもっと軋轢を生むだろうし、それより捜査に時間を使った方が有意義だ。
ヘイゼルは少し屈み、小柄なロビンに目線を合わせた。
「ロビン殿、その、困ったことがあったら、いつでも言ってください。頼りないかもしれませんが、私ができることなら何でも力になります」
ロビンは気を遣ってくれる相棒に笑いかけた。
「ありがとうございます、ヘイゼルさん」
ロビンは部屋の中へ進み出た。
「さて、十分しかありません。急いで部屋を調べましょう」
部屋を見回してみると、窓がひとつ。そして窓際に安価そうな寝台がひとつ。狭い部屋の半分はそれで埋まっている。
あとは小さなテーブルに書類か紙束が積み上げられ、木造の椅子がその脇に置かれている。
興行用と思しきトランクもその傍に置かれていた。シャツと上着とが壁にかけられている。殺風景だが、下層労働階級の男の独り住まいなどこんなものだろう。おそらくトイレとシャワーは、アパートの住人の公共用として部屋の外にあるはずだ。
ロビンはテーブルの上の書類に目を通した。
ヘイゼルもロビンの持つ書類を覗き込む。
「これは、興行のスケジュール帳? 確かに五人の子供が失踪した地区で仕事をしていたようですね」
確認した情報は正しかったことになる。ロビンは書類に埋もれて小さなカードがあるのに気づいた。
名刺だ。貰い物だろう。
『アルヴェンナ孤児院 ロワ・アンフェル院長』
アルヴェンナ孤児院といえば、町の南側にある、それなりに大きな孤児院だ。確か、どこかの成金の援助を受けて建立され、町の孤児たちを引き取って育てている場所らしい。
フロッセには暗く悲しい事実が横行しているが、こうした慈善事業も行われているのだと思うと、少しは心が軽くなる。
「何故、孤児院の院長の名刺がここに?」
ロビンは呟く。
「手品師なのですから、孤児院へ行って子供相手に興行しているのでは?」
「それにしては、スケジュール帳に孤児院へ行く予定がないのは変ですね。まあ、後日孤児院へ確認を取ってみましょう」
テーブル周りの書類の確認を粗方済ませる。
ロビンは部屋全体をもう一度見回した。
ロビンは壁にかかっている服のポケットを一応調べてみた。が、特に何も入っていない。
続いてベッドに何かないか、仕事用のトランクの中まで調べたが、特に何も見つからなかった。
「部屋の中はこんなところでしょうか。そろそろ行きましょう、ヘイゼルさん」
「もうよろしいのですか」
ロビンが部屋の外へ向かうので、ヘイゼルが慌てて追いかけてくる。
ロビンは部屋の扉を開きながらヘイゼルを振り返る。
「名刺にあったアルヴェンナ孤児院へ行ってみましょう。何か手がかりがあるかもしれません。
ロビンは部屋を出た。
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