第11話 日常
エルマー・フレッド殺害事件が新聞で発表された。
ルイは新聞社で刷られたばかりの小新聞でそれを知った。
いつものようにコーヒーハウスに新聞を配りに行き、給金を頂戴してアジトへ戻った。
ルペシュールの面々は、普段はそれぞれ日銭稼ぎの仕事をしたり生活の助けになるものを集めたりしている。
レブラスはコーヒーハウスで給仕の手伝いをして、情報を集めながら余った食材やココアの材料を持ち帰ってきてくれる。
サフィアは仕立屋工房で手伝いをしつつ、町の外に行って食べられる山菜や薬にできる薬草を摘んできたりする。リンゴやベリーを摘んできてくれるときもあるのだ。
アシルとミシェルがそれぞれ何をしているのか、実はルイは知らない。二人ともたまにまとまった金を持ち帰ってくる。
アシルが真面目に働くとは思えない。というか普通に働いている姿を想像できない。ミシェルはサフィアと一緒に薬を調合しているから、それを売っているのかもしれない。
金があるときは毛布や衣類、食料を買う。具のあるスープを食べたり、いつもよりパンをひと切れ多く食べたりできる。
全部、金がないと得られない。
だからといって、必要以上に金や物を盗むことはほとんどない。半年ほど前、食べるものがなくなったときにルイは何度か食べ物や金を盗んでみんなで分け、食い繋いだ。
それ以来、少し我慢すれば毎日何とか食べる程度の食料と金を必ず全員で用立てることに決めた。頼んでくれれば何でもすぐ盗ってくるのに、その機会は巡ってこないばかりが、遠回しに無駄な盗みはやめろとみんなから言われていた。
早朝、ルイたち五人はレブラスが淹れてくれたココアを飲んで、それぞれの仕事へ向かった。ルイも新聞社へ行き、エルマー・フレッドの事件の新聞発表を知った。
給金を貰えば町に用事はない。ルイは真っ直ぐアジトへ帰った。青服たちが町を巡回しているのも、アジトへ真っ直ぐ帰る要因になった。きっとエルマーの事件で警官たちが町を駆け回っているのだろう。
「おかえり、ルイ」
帰るとサフィアが掃除をしていたので手伝う。
ルイより早く帰っているなんて珍しい。仕立屋の手伝いがなかったのだろうか。採取にも行かず、アジトの掃除や洗濯をずっとしていたのかもしれない。
日銭稼ぎとルペシュールの活動ばかりしていると、身の回りのことを怠りがちだ。サフィアはよくその穴を埋めてくれる。ルイとアシル以外の三人は細やかな方だけれど、サフィアが一番気の配り方が細やかだった。
「サフィアは何でもよく気がつくよね。やっぱり女の人だから?」
「そんなことないよ。ルイだって心がけひとつでこうなれると思う。女の子も男の子も関係なくね」
サフィアは濡らした端切れの布で机の上を拭きながら言った。
サフィアはルイの一歳上だ。そのせいか、他の三人は兄みたいだが、サフィアは近しい友達のような感覚がある。
「あと、性別とか年齢とか、お仕事とか生まれとか、お金とか、そういうもので色々判断してたら、そのうち差別になっちゃうよ。あたしもよく差別されるからわかる。魔法使いや人狼、吸血鬼や妖精って今はみんな法律で犯罪者扱いでしょ。魔法使いは悪いものって勝手に思われてるもの。そういう、自分じゃどうしようもないところで善いとか悪いとか言われるってやっぱり嫌だし、不公平だと思うな」
サフィアはちょっとお姉さんっぽく言った。
背が低くて視野の狭いルイより、背の高い場所でものを見ているサフィアの言葉だから、ずっと大人っぽく聞こえるのかもしれない。
掃除を二人で終わらせてしまうと、レブラスがじゃがいもとココアが入った袋を抱えて帰ってきた。もう夕方近い。
騎士のフロックコートと帽子は日中アジトに置いている。
本当はずっと着ていたいらしいが、すぐお尋ね者だとばれるのでコーヒーハウスの手伝いに行くときは控えているらしい。聖剣だけは手放す気がないらしく、布で包んで持ち歩いている。いつかバレるからやめろとアシルはよく言っている。
「今日はじゃがいもを貰ったから、スープの具が豪華だぞ」
じゃがいも。考えるだけでルイはお腹が空いてくる。
「やった。あたしも切るの手伝うね」
サフィアがキッチンに立ってナイフと鍋を出した。
レブラスは鍋にたっぷり水を入れ、切ったじゃがいもと古くなりかけた豆を入れた。具が二つもあるなんて今日は豪勢な食事になりそうだ。
アジトにいい匂いが満ちる頃、アシルが帰ってきた。
帰宅早々、アシルは顔を綻ばせる。
「美味そうな匂いがするな」
アシルは鍋を覗き込んだ。サフィアはアシルの伸びかけた手を軽く叩いた。
「アシル、つまみ食いはダメだからね」
「わかってるって」
諦めて鍋から離れたアシルは、椅子に座ってナイフや銃の手入れをし始める。武器が怖いので、こういうとき、ルイはアシルからそっと距離を置くのが常だった。
しばらくするとミシェルが帰ってきた。
みんなが「おかえり」と言っても、ミシェルはいつも「ああ」とかそっけない返事をするだけだ。
ミシェルは椅子に座って難しそうな顔をずっとしていた。
ミシェルは必要なとき以外喋ろうとしない。
出会ったばかりの頃は怒っているのかと気になって、こっそりレブラスに訊いてみたことがある。
そのとき、レブラスは困ったように笑った。
「あいつはああいう奴なんだ。あの顔で固まってるのさ。怒ってないから安心しろよ」
そのときから、ルイはミシェルが怖くなくなった。
レブラスが、テーブルに置いた五人分のマグカップにあめ色のスープを注いだ。出来立てで湯気が立ち昇っている。
サフィアがテーブルに固くなりすぎた五切れのパンを持ってきた。スープにつければ固くなっても食べられるのだ。全員が席についた。
ルイは熱々のカップを両手で持ち、息で冷ましながら少しずつスープを飲んだ。
とろりとした熱い液体が身体の中を通って、満たしていく。冷えた身体に熱が通ったような気がした。
パンを浸して食べれば充分ごちそうだ。お腹にじゃがいもとパンが溜まる感覚が強い満足感となる。思わず頬が緩む。
「あったかい……」
ルイは一気にスープを飲んだ。
みんながスープをそれぞれのペースで飲む中、アシルはルイが持ってきた新聞をテーブルに広げる。
新聞の一面を指差す。
「エルマー・フレッドの事件、載ってるな。今回もルペシュールの仕業って書かれてるぜ」
テーブルの小新聞をレブラスが覗き込む。
「『ルペシュールが裁いた相手は児童誘拐犯の可能性』か。警察の方じゃまだ児童誘拐と奴が関わっていると裏が取れたわけじゃなさそうだな」
ルペシュールは犯行声明のカードや張り紙を必ず残す。
その悪人が何をしたのか、警察にも民衆にも知らしめるためにも、メッセージをいつも残している。
エルマーの死体と一緒に行方不明だった子供が発見されているはずだから、今回は特にエルマーの犯罪は決定的なはずだが、まだ世間的には決めつけてはいないらしい。
タブロイド紙では、犯行声明カードによれば児童誘拐を繰り返す凶悪犯をルペシュールが裁いたと書いている。
タブロイド紙は大衆向けだから、でっち上げたような信憑性の薄い記事もある。事件の他に巷間の出来事なんかも載る。読み物として大衆にウケるものが好まれるからだろう。
ルペシュールが正義のヒーローとして仰がれるのは嫌ではないが、ルイたちとは関係ないところで周囲が盛り上がっているのが何だか妙な気分になる。
ルペシュールの犯行声明が出れば、民衆は驚くほどに沸く。
その犯行声明を真似して作って、人殺しや強盗を行う者まで出始めているらしい。
ルペシュールは罪のない人を殺すことはしないと擁護する記事もあれば、表では義賊めいたことをしているが裏では私利私欲のために人殺しをしていると煽る記事もある。
知らないところでルペシュールがひとり歩きしているみたいで、ちょっと気持ち悪い気がする。
ただ、ルペシュールのせいで他の犯罪者たちの裏仕事がやりにくくなっていると、聞いたことはある。
表には顔が出ないよう気をつけていても、裏から見ればルペシュールのことを知るのは容易いだろう。
そのうち他の犯罪者とぶつかることにもなるかもしれないと前にミシェルが言っていた。
ミシェルは、スープの湯気で曇った眼鏡を面倒そうに取り外した。
「問題は、子供を誘拐していた実行犯は潰したが、その子供を買っていった奴らがまだ残っているということだ。そいつらが何者なのかは、まだわかっていない」
ルイは思い出す。
「それって、あの日、夜の公園でエルマー・フレッドと取引をしてた男のことだよね」
あの夜の公園で、二人は子供の値段だと言って金のやり取りをしていた。つまり、あのもうひとりの男の方が、エルマーが誘拐した子供を買い取っていた男ということになる。
「でも、暗くてどんな奴と取引してたかはわからなかったな」
レブラスが苦々しそうに言う。
声さえ聞こえにくいほどの距離で、周囲には明かりもなかった。取引相手の男がどういう奴なのかはわからないままだった。
そこでサフィアがぽかんとした顔でみんなを見た。
「え? 見えなかったの? そんなに暗かった?」
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