番外編 第15話 疑心

 ロビンがルペシュールの個室を出たところで、廊下にいた204号室の乗客のマリーナと鉢合わせた。彼女はロビンを睨むようにして立っていた。

「刑事さん、ちょっと、通りがかったら話聞こえたんですけど、どうして他の乗客と捜査の話をしているんですか?」

 今の話を聞かれたのか。ロビンは焦りや驚きを顔に出さないように努めた。

「こちらの乗客にお話を伺っていただけですよ」

「じゃあどうして、処刑の話なんてしてたんですか?」

 一体どこまで聞かれたのか。今、フロッセの町で話題だったルペシュールの正体がバレるのはまずい。

「遺体の状況をお話ししたら、串刺し処刑みたいだと言われたんです。年若い方は発想や想像力が豊かですね」

「子供だけで列車に乗ってる客とそんな話、やっぱりおかしいです。刑事さんも、本当に警察なんですか?」

「特別警察官の制服と手帳は支給されるものなので、身分を騙ることはできません」

 突っかかってくるマリーナをこれだけで退けられるとは思えない。どうやってルペシュールへの疑いを逸らすか、話しながら必死に考えた。

「それでも、親の付き添いのない子供が五人で列車に乗っているなんて変ですよ。その五人が寄ってたかって人を殺したんじゃないですか?」

 親のいない子供は働いていてもその賃金だけで生活していくことは普通できない。そんな子供が固まって列車移動しているというだけで奇異に映るのは仕方ない。

 三号車の扉を開けて、車掌のラシェルがやってきた。おそらく巡回だろう。

「刑事さん、お客様、どうされました?」

 ぴりついた空気を感じ取ったラシェルはすぐにロビンとマリーナの間に入った。

「車掌さん、犯人がわかったんですよ! ここの部屋の子供たちです!」

 ラシェルは驚いた声を上げつつも、ロビンに本当かと問いかけるような視線を寄越した。

「この部屋の乗客が殺したという証拠はひとつもありません。それに、兄妹で固まって過ごすこと自体はおかしいことではないと思いますよ」

 ミシェルは乗客のリストに偽名と弟妹がいると書いていた。それに乗っかった形で弁護する。

「そうです。こちらのお客様は、同じ孤児院で育ったご兄弟ですよ。王都にある救貧院きゅうひんいんを頼るそうです」

 ラシェルが補強してくれる。多分チケットを確認したとき、ミシェルか誰かがそういう情報をラシェルに与えておいたのだろう。抜け目がない。

「そんなの、そう主張してるだけですよ!」

 何が何でもルペシュールを犯人にしたいらしい。

 尋問のときの控えめな態度はどこへ行ったのだろう。

 ちらと窓越しに部屋を見ると、五人は暗い表情でマリーナを睨んでいた。ルペシュールのメンバーは全員事情があって親と離れ離れになっている。

 それもルイは親に奴隷として売られた孤児なのだ。そんな事情も知らないで、よくこの子の前で親の付き添いがないのは変などと言えたものだ。

 苛立ちを抑えながら、彼女の言い分をそっくり返すことにした。

「それを言うならマリーナさん、若いご婦人の一人旅というのも怪しいといえば怪しいですよ。見たところ貴女は十代後半くらいのようですが、貴女こそご両親がついていないのはおかしいと言えるのでは?」

 マリーナは明らかに不愉快そうな顔をした。

「刑事さんには言ったじゃないですか! 私の親は事業に失敗して……」

「貴女の証言を、ここで本当のことだと証拠をもって立証することができますか? 貴女は先ほど、彼らに『そう主張しているだけかもしれない』と言いましたが、それは貴女の主張にも当てはまるのですよ」

 彼女が尋問のとき語った理由が本当かどうか、今は確かめる術はない。基本的に証言は信用するつもりだが、妙に決めつけるような言い草が気にかかる。

「私が嘘を言っているとでも? ひどすぎます!」

「殺人事件における証言とは、裏づけがあって初めて証拠として認められるのです。それとも、ただ親が付き添っていないという理由だけで人を犯人だと決めつける貴女はひどくないのですか?」

 ロビンは極めて事務的に、落ち着いた調子で話した。

 落ち着いた印象の女性だと思っていたが、感情的か、思い込みの激しいタイプなのかもしれない。こういう人に感情的に言い返しても感情的な答えが返ってくるだけだ。

「証拠のない者を犯人呼ばわりするのは人権侵害ですし、証拠のない証言のすべてを信用することはできません。警察官として公平な捜査をしていますので」

「でも、親のいない子供が固まって列車移動って変じゃないですか?」

 マリーナは随分苦しげだが、それでも言い分を曲げる気はないらしい。

 自分が正しいと思っている人間ほど、ひとりよがりの正義感を善意で押しつけようとするものだ。そういう者は自分の間違いを認められない。言動に悪意があった分、フロッセ市警の方が対応しやすい。

「そういえばマリーナさん、薄暗くなってきましたがこんな時間に何故三号車へ? 貴女の部屋は二号車ですし、この先は貨物室ですよ?」

「え……? そ、それは、そのう……」

 明らかに動揺して言い淀むマリーナ。

「救貧院もご存知ない世間知らずのご婦人が狭い車内でお部屋に戻れないようですね。ラシェルさん、マリーナさんを204号室まで送っていただけますか」

「はい、喜んで」

 快諾してくれるラシェルが、マリーナの背を押すように腕を伸ばす。

「ちょ、ちょっと!」

「それと、世の中には片親の家庭もあれば、両親が揃っていない家庭も存在します。貴女の価値観に当てはまらない家庭をおかしいと言うのは、この子らや私にも失礼です」

 マリーナは何かを言い返そうとしたが、ラシェルに押されるようにして二号車へ連れて行かれた。静かになってから、廊下にミシェルが出てきて溜息を吐く。

「いらん手間を取らせたな」

「構いませんよ。私も家族のことを言われるのは嫌ですから」

 幼い頃に弟を連れて出ていった母、男手ひとつでロビンを育て、そして犯罪者に殺された父。家族のいない家の静けさには、いつだって暗い気分になる。

「それより、何故204号室の乗客がこちらに来たのでしょうね」

 別の個室と貨物車があるだけで、用事があるようには思えない。

「知るか。論理的にものを考えられない奴は疲れる」

 ミシェルが怒りを吐き出すように息を吐く。黙っていたのは正体がバレるのを危惧してのことだと思ったが、単に呆れて言い返すのも面倒だったのかもしれない。

「あの女、僕のことはともかく、よくも他のメンバーの前であんなことを……」

 ミシェルが二号車の方を見ながら眉を顰める。彼の纏う空気には強い怒りがある。レブラスたちの表情から、扉を隔てても話の内容は聞こえていただろう。

「自分が理解できない価値観を、非常識や間違ったことだと考えて攻撃するような人間はいます」

 ロビンは慰めとも事実ともつかないことを言ったが、頭のいいこの男はそんなこと承知しているだろう。それでも仲間を思って強い怒りを表す姿は、冷静で冷淡な男だと思っていただけにロビンには意外に感じた。

 部屋の中からアシルが出てくる。

「……変じゃね? 三号車の扉が開く音をオレは聞いてないし、耳がいいサフィアも聞いてない。音を立てないように開け閉めしたならオレたちの会話を盗み聞きするためだよな。それに、オレやレブラスがいて盗み聞きされてる気配に気づけないなんて」

 ロビンも気づかなかった。それらの音や気配を一切感じさせずに会話を聞いていたのだとしたら、ステルス技能については手練れだ。あのマリーナという女、ただの中流階級の娘ではないかもしれない。

「僕たちを犯人だと言ってきたのは、捜査に協力する僕たちの動きを脅威に思ったのかもしれんな」

「犯人はオレたちを疑う乗客を差し向けて、オレたちが無闇に動けないように仕向けようとしたってことか?」

 犯人が何らかの情報を与えてマリーナがルペシュールを疑うよう仕向けたか、もしくはマリーナが犯人なのか。

 いずれにせよ、マリーナの行動はルペシュールへの強い牽制になる。

 ただ、ロビンが彼らを庇ったことで、ルペシュールに疑いの目を向けるという彼女の行動は失敗している。証拠を剣しか残さずに大胆に殺人を行った犯人の行動と、マリーナの詰めが甘い行動がロビンの中で一致しない。

 扉を開けてラシェルが戻ってきた。こちらへ小走りにやってくる。

「お客様、大丈夫ですか? 先ほどのお客様は自室にお送りして、できるだけ個室を出ないようにお願いしてまいりました」

「ありがとうございます、ラシェルさん。収めていただいて助かりました」

 ロビンがかわりに礼を言う。彼が車掌として場を収めていなかったら、ヒートアップしたマリーナを追い出すのに苦労しただろう。

「いえ、私も、まだ幼いお客様を証拠もなしに犯人呼ばわりするのはひどいと思ったので」

 一般人の前でようやくミシェルが口を開く。

「ありがとうございます、車掌さん。怖かったので本当に助かりました」

 愛想は壊滅的にないが、その朴訥で飾らない話し方はラシェルに好意的に見られたらしい。ラシェルはにっこり笑ってから先頭車両に戻っていった。

 ロビンは一度現場へ戻った。

 二号車に入ると、203号室の前で201号室のキールが立っていた。現場保全のため部屋には入らないようにお願いしていたが、彼は何をしているのか。

「どうされました?」

 ロビンが近づくと、キールは取り繕うように薄ら笑いを浮かべた。

「いやあ、捜査はどうなってるのかと思ってさ……」

 彼は興味津々といった顔で扉の中を覗き込む。

「うわー、本当に死んでるよ。あんな死に方じゃ、ロクなことしてなかったんだろうなあ」

「モーリッツ氏が悪時に手を染めていたかはまだ……」

「何だよ。裕福な奴なんだろ? なら死んで当然のことをしたんだよ! 知ってるか? フロッセの町にはルペシュールっていう義賊がいて、オレたちみたいな弱い奴から搾り取る裕福な悪党ばかりを狙ってたんだ。きっと今回も奴らの天誅だぜ!」

 世間がルペシュールをどう思っているか、キールの興奮気味の言葉を通して伝わってくるようだ。キールの態度は褒められたものではないが、事件にまったく関与していない民衆が娯楽のように事件を見ることはことのほか多い。

「残念ながら、今回はルペシュールの犯行声明はなかったようです」

「えー? 何だよ、つまんねえな」

 キールはぼやいた。

「ちょっと、うるさいわよ」

 今度は202号室のセシリアが顔を出した。

「何だよ。へえ、結構可愛い子じゃん」

 キールはセシリアの傍まで歩いていって彼女の肩を掴もうとした。セシリアは煩わしそうに身を逸らす。

「触ってこないで」

「街娼風情が、生意気だな!」

 キールが振り上げた腕を、ロビンは咄嗟に後ろから掴んだ。

「キールさん、暴力はいけません」

 キールは面白くなさそうに舌打ちをして、ロビンの腕を振りほどくと何かをぼやきながら部屋に戻っていった。

「お怪我はございませんか?」

 ロビンは立ち竦むセシリアに声をかける。

「……商売女ってだけで見下してくる男は多いから、気にしてないわ」

声は気丈だが、セシリアは暗い目をしていた。

「あのお嬢ちゃんといい、変な客ばっかり乗ってるのね。三号車の話聞こえたけどさ、親がいないってだけでいらない苦労するのね」

 セシリアはルペシュールへ言いがかりをつけていたマリーナの声が聞こえていたのだろうか。

「セシリアさんもご両親がいないのですか」

 セシリアはそれには答えない。

「田舎で農場の安い仕事してたわ。それが嫌で町に来たけど、結局は売春宿の主人に騙されてこんな道に入っちゃった」

 つまんない話しちゃった、とセシリアは手を振って自室に引っ込んだ。

 誰もが何か事情を抱えている。それはきっと、被害者も、犯人もだろう。

 ルペシュールと出会ってから、ロビンは今まで考えてこなかった犯人や被害者、事件に関わった者たちの内情について考えている。

 ロビンは改めて現場に入った。

 気を取り直してもう一度現場や死体の状況を調べた。

 窓の外の平原の向こうでは陽が落ち始めていた。夕焼けが現場を染め始めたかと思えば、気がつくと車内の隅に闇がわだかまる。また夜が近づいてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る