番外編 第14話 串刺し刑
窓の外はいつの間にか明るくなっていた。
あの後、ミシェルの指示でルペシュールの個室「304号室」に戻ったルイとサフィアは他のメンバーの帰りを待った。列車内に殺人犯がいると思うと安心できなかったのだが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
明るくなってから目が覚めると、他の四人はもう部屋に集まっていた。
ルイと向かい合う形で窓際に座っていたサフィアが、ルイが起きたことに気づいて「おはよう」と声をかけてくれた。目を軽く擦りながら「おはよう」と返して大きくあくびをする。
みんないつ戻ってきたのか全然気づかなかった。起き上がると、隣にはミシェル、サフィアの隣にはレブラスが座っていた。アシルは扉に寄りかかって立っている。
みんなから水を分けてもらった。少し頭がすっきりする。
ルイが寝た後にみんな帰ってきて交代で休みを取ったらしい。自分だけ起きていられなかったのが悔しいが、みんなはそんなルイに何も言わない。ありがたいけれど、もっとみんなの役に立てればいいのに。
扉がノックされた。一番扉側にいたアシルが立ち、カギと扉を開ける。
ロビンだった。乗客たちに事情聴取してきたらしい。
「まず私の方からお話ししましょう」
ロビンの話によると、労働者のキール・フィランダーは昨夜よく眠っていたため犯行時の怪しい物音などは聞いていないという。彼は労働者用の劣悪なテラスハウスに暮らしており、その際に弟を亡くしていた。
次に街娼のセシリア・ヘステル。被害者のモーリッツに目をつけられたらしいが、それが犯行の動機かは微妙なところだ。
最後が町娘のマリーナ・メイジー。潰れた工場経営者の娘で、父親とモーリッツは知人同士だったらしい。夜間に隣から呻き声が聞こえたかもしれないと証言した。
運転手のステファンと車掌のラシェルは犯行時刻一緒にいたらしいので、嘘をついていなければ潔白である。
「乗客の尋問は以上です。昨夜は全員がひとりで過ごしていて、誰にでも犯行は可能であるとしか言えませんね」
ロビンは閉めた扉の前に立ったまま情報を伝えた。
「アシル、お前の調べはどうだった?」
ミシェルの言葉を受け、アシルは「んー」と気のない返事をした。
「一応列車の中をぐるっと見てきたけど、乗客と乗務員以外の奴が潜んでる痕跡はなさそうだったぜ」
「貨物室もか?」
「ああ。いくら隠れてたって一日いた形跡まで完全には消せないはずだし。容疑者は乗客と乗務員の五人だろうな。あと、剣の鞘がないかも見たけどなかった」
ミシェルは外部の者の犯行を疑ってアシルに外堀を埋めてきてもらったらしい。
「それで、乗客の荷物に妙なものはあったか?」
「注意して見たけど、剣を包んでた布や鞘なんかはなかった。全員小さな鞄ひとつだったし」
さらっと答えるアシルだが、ルイには意味がわからなかった。
扉の小窓は事件現場以外カーテンが閉まっていて中を見るなんて無理だったはずだ。座席側にあるこの窓の向こうはもう外で、もちろん列車が走っている。まさかそんなところから個室の中が見えるわけがない。
「ちょっと待ってください。乗客の様子なんて、窓からどうやって……」
ロビンもルイと同じことを思ったのか、話を遮った。するとアシルはさも当たり前のように軽く答えを口にする。
「え? 列車の屋根に出て覗いてきたんだよ」
そこの、と言いながらアシルは個室の窓を指差す。さすがのロビンも絶句した。
黙っていたレブラスが悩ましげに唸る。
「まだ犯人を絞り込めるほどじゃないな。これからどうするつもりだ?」
問われたミシェルは腕と足を組んだまま答えた。
「犯人が吸血鬼なのは、殺し方や体内の血液量や嚙み跡から考えても間違いない。吸血鬼は日光が苦手だと聞いていたが、そういう乗客はいたか?」
「特に具合が悪いか、窓の光を遮断しているような者はいませんでしたね」
ロビンは注意深く見ていたらしく、そういう者はいないと断言した。
「吸血鬼って、魔力量や個体差で日中も出歩く人はいるよ。もちろん身体能力や力はかなり弱くなるけど、普通の人と見分けはつかないと思う」
真向いのサフィアは浮かない顔で膝に置いた両手に視線を落としていた。吸血鬼などの人外種はサフィアと同じように魔力を持つので、近しい存在の彼らが犯人なのが悲しいのかもしれない。
ミシェルも難しい顔で押し黙る。彼でもお手上げ状態なのだろうか。
ルイは不安になってロビンの様子をちらと見る。ロビンも何かを考えているようだが、ルイの視線に気づくと小さく笑った。心配するなということだろうか。
列車内にしばし沈黙が流れた。これからどうするのか、建設的な意見がないままの、停滞と疲労が混ざり合った重たい時間が部屋に積もる。
息苦しいほどではないが、ルイもみんなの様子を窺いながらも何もできずにいる。こんなとき、みんなの助けになって問題解決の突破口を作れたらいいのにと思う。
「……何で、吸血鬼なんだろう。またあたしたち魔力を持つ者が、犯罪者だって責められちゃう」
重たい沈黙を破ったのはサフィアの重苦しい声だった。犯人が人外種であることを気にしているとは思ったが、ルイが思っている以上に堪えているみたいだ。
「それは違うと思う」
レブラスがサフィアを気遣ってか、柔らかい口調で言う。
「吸血鬼だから、魔法使いだから犯罪者ってわけじゃないだろ? この列車内で吸血鬼が人を殺したのは事実だろうけど、それは犯人がたまたま吸血鬼だっただけだ。相手が吸血鬼でも誰でも、人を殺したことは変わらない。だから捕まえるんだよ」
前にサフィアが言っていたことをルイは思い出す。男だから、女だから、魔法使いだから、こういう家柄だから。そういう言葉や属性で人を分けて悪事や犯罪と結びつけるのは偏見や差別になるのだ。
「……うん。そうだよね。そこを間違えたら駄目だよね」
サフィアは慰めの言葉だと思ったのか、まだ憂鬱な気持ちが晴れないといった面持ちでレブラスに「ありがと」と言った。
「でも実際、誰がどうしてあんなことをしたんだろ? あたしたちだって人のことは言えないと思うけど、どんな悪い人だって、あんな殺され方は可哀想だよ」
人を躊躇いもなく殺せる人がいるのはルイにも理解できる。でも、ただ殺す以上に口から全身を刺し貫く理由なんて、とてもではないが思いつかなかった。
「まあ確かに、ただ殺すだけなら急所狙うだけでいいもんな。わざわざ串刺しみたいにする理由なんてない」
アシルが頷きながら言う。レブラスが続く。
「カーテンだってわざわざ開けてあったわけだしな。列車内の誰かに、早く発見してほしかったとしか思えない」
普通の殺人犯は死体の発覚を恐れる。その方が犯人は隠れ、逃げる時間を稼げるからだ。わざわざ死体を見つけさせては、警察に疑われるだけだ。そんなことをする犯人がいるなんてルイにはとても思えない。
「……串刺し、か」
ずっと黙っていたミシェルが呟く。難しい顔のまま、彼は虚空を睨むように目を細めた。
「……そうか。カーテンが開いていた理由も……」
ミシェルの目に理知のひらめきによる光が宿る。ルイは思わず尋ねる。
「何かわかったの?」
「犯人の目的はわかったが、誰が犯人なのか、何故殺したのかまではわからない」
「剣とカーテンの意味は何なんだ?」
アシルの問いに、ミシェルは「少し気分が悪くなる話をする」と前置きした。そう言われてもわからないことは明らかにしたい。ルイは聞く姿勢に入った。
「みんなは、串刺し処刑のことを知ってるか?」
処刑、と聞いてルイはちょっと身構えた。罪人を処刑する方法なんて、結局は人の殺し方だ。どんな方法だろうが殺す以上は恐ろしいものだろう。
絞首刑でも怖いと思うのに、場合によってはわざわざ罪人に苦痛を与えるような方法を取る場合もあるという。どうして人は人に対してそこまで残酷になれるのか。
レブラスがおそるおそる答える。
「えーと、先が尖った杭を立てて、受刑者を下から貫くやつだろ?」
「そうだ。受刑者の肛門から腹部、そして胸部まで杭で貫く。貫いた杭の先端が口から突き出る場合もあるという。それだけでも充分残酷だが、もし身体の消化器のみを貫いた場合、心臓や肺にダメージがいかないんだ」
「それじゃ死なないじゃん」
アシルが軽い調子で言う。
「そう。即死しないから、一度串刺しにされた者は激痛に苛まれながら数日間そのまま放置される」
ルイの背筋が凍りついた。ものすごく痛い思いが、一日中、いや、数日間もずっと続くなんて想像もつかない。そんな状態で放置されたら、辛いとか苦しいとか痛いとか、そんな言葉が吹き飛ぶほどの激しい苦痛の中、死ぬまで待つことになる。逃げることもできず。
ルイは自分の下腹部から喉元まで、何もされていないのに尖ったもので貫かれたような錯覚を覚えた。実際には痛くもない。けれど、本当にそうなったらどれだけ恐ろしいか、考えるだけで全身から力が抜けてしまいそうだった。
「そんなひどい処刑方法があるの?」
サフィアも同じ想像をしたのか、自分の身体を抱きしめるように両腕をさすった。
「昔はあったらしい。受刑者に対して、わざわざ苦痛を与えるような惨い刑というのは多いんだ。もっとひどいものだってある。不衛生な場所で船か箱などに四肢を固定して、受刑者を動けないようにしてから虫を……」
「も、もういいって!」
レブラスまで耐えられなくなったのか、ミシェルを止める。ルイとしては途中で止めてくれて助かった。話を聞くだけで頭から血の気が引く。
「それで、今回の事件と串刺し処刑は関係しているのですか?」
ロビンは事件のことだけを考えているらしい。
「わざわざ細長い剣を使ったのは、串刺し処刑に似せるためじゃないかと思ったんだ。刺す方向は逆だし、今回の事件では苦痛を長引かせず、ものの数分で死んだとは思うが」
それでも殺し方が惨いのは変わらないとルイは思う。
「カーテンを開けたのは?」
「処刑というものは、多くの場合人が集まる場所で行うものだ。あれも、周囲の者に処刑した姿を見せるためじゃないかと思う」
あのカーテンに、ミシェルは一応理解できなくはない理由を説明した。
ルイにとってそれは納得できるような理由ではなかったが、犯人なりの思惑があったという点でミシェルの説明には説得力があった。
「処刑の真似ということですか。それなら、モーリッツ氏には何か罪があって、犯人は彼を殺すために列車に乗り込んだことになりますね」
「ついでに食事も済ませたといったところか」
ミシェルが言っているのは殺した後に血を吸ったことを言っているのだろう。
「でも、まだ犯人への手がかりはない、か……」
レブラスの呟きに答えられる者はいなかった。
平原の向こうを夕焼けが染め始める。吸血鬼が動くとしたら日が落ちてからだなとミシェルが呟く。
「今までの話を考慮して現場を洗い直してみます」
「調べたんじゃねえの? 何か見つかるとも思えねえけど」
茶化すようなアシルに、ロビンは言い切る。
「何度でも、どこでも調べるのが警察の仕事です」
ロビンが背を向けて扉を開ける。廊下に出ていったところで彼の声が聞こえた。
「どうされました?」
乗客の誰かが三号車に来たのだろうか。
「刑事さん、ちょっと……」
女性の声だ。アシルが険しい顔で扉の傍に立ち、耳を寄せる。
「通りがかったら話聞こえたんですけど、どうして他の乗客と捜査の話をしているんですか?」
聞こえてくる話の内容に、ルイの心臓が跳ね上がった。
――まさか、ルペシュールであることがバレた?
ルイをはじめ、みんなが内心で焦りを抱いた。
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