6 エルゼスト帝国
「なんていうか、結構苦労しているのね、あんたも」
「うん、同じ十三歳なのにエミル君は、もう自立しているんだね。私も見習わないと」
「いや、そんな大層な事じゃないよ」
エミルの生い立ちに関する話は割とあっさり終わった。
生まれは第一世界、その中心たる帝都の外れにある旧市街の貧しい家に生まれた。六歳の時に母が病死、父は九歳の時に仕事先で事故死。その後は年の離れた兄の世話になっていた。
そして半年前、通っていた学校で行われたあるテストの結果を見込まれ帝国軍の研究施設に協力者として雇われることになった。そしてつい先日に軍の方からバーミル学園への入学を勧められ、はるばる世界を越えてやってきたと話を締めくくった。
「でも勧められたって言っても実質命令でしょ、それ?」
「まぁね。でもこれは帝国が治めている七つの世界で行われている事だからね」
エルゼスト帝国より進んだ技術をもつ『エデン』という異世界から、強大な力を秘めた『冥石』のような特殊な鉱石の利用方法を帝国は積極的に学び受け入れた。
更にそれを軍事利用する事を計画したのだが、その計画には大きな問題が立ち塞がった。
その石の力は誰にでも引き出せるものではなく、使いこなすには先天的な才能を必要としたのだ。
かくして帝国軍全体で石と適応できる人材を見つけるための
そこで帝国はエデンからの『比較的若い人が適応しやすい』という情報を元にテストを十代の子どもたちに対して行う事を決定した。
そのテストで一定の結果を出した子を対象に新設されたバーミル学園への進学や転入が勧められることになった。
「もう仕事についている大人を引き抜くのは色々面倒が起こるから子どもを徴兵する。そこまでしなきゃならないことなのかしらね」
「しなきゃならないんだよ、手遅れになる前に……って研究所の人が言っていたんだよ」
「おとぎ話の黒い魔獣がやってくるって話? ホントなのかしらね。あの『ユグドラシル』や『聖王国』と一戦交えるつもりって言われた方がまだしっくりくるけど」
エルゼスト帝国の八つ目の世界進出を阻んだ仇敵、異世界調停機関『ユグドラシル』名をモナカは挙げて頬に手をあてて帝国の真意を推し量ろうとする。
今から約三十年前の話である。
先々代の皇帝が在位中に三つの世界を支配下に置いた女傑、ドミクラク帝以降行わていなかった他の世界へ進出する外征を行う事を決意。
そして転移門をくぐり辿り着いたのが『アクロス聖王国』が統治する世界であった。だが相手が碌な装備もないと見ると、功を焦る皇帝は碌な調査も行わずに戦争を始めるという愚を犯してしまった。
当初は帝国の目論見通りに戦争は進んでいたが、やがて増援が到着すると形勢は徐々に帝国にとって不利になっていった。
なぜなら増援で来た兵士が持つ武具は強力な魔術が付与された精強な軍隊だったからだ。
そこで初めて皇帝は自分の思い違いを知ることになる。
アクロス聖王国もまた複数の世界を統治する帝国に匹敵する軍事力を持つ大国だったのである。
帝国が最初に侵攻した場所は聖王国の辺境も辺境。碌に装備も人員も居ない場所であり勝って当然と言える場所だったのだ。
更に聖王国側の援軍には異世界調停機関を名乗る『ユグドラシル』という独自の強力な軍事力を持つ組織もいた。駄目押しにそのユグドラシルを通じて聖王国とは違う勢力も戦いに加わると戦況は絶望的なことになった。
それでも帝国兵は勇敢に戦い、史上かつてないほどの激戦の果てに帝国軍は壊走。その戦いの中で皇帝が捕虜となるエルゼスト帝国史上前代未聞の出来事まで起こる完全な負け戦だった。
そして帝国は多額の賠償金とを支払い、むやみに異世界への接触を禁止するユグドラシル条約への参加、そして帝国内に存在する古代遺跡に関する大部分の権利をユグドラシルに奪われることになった。
それ以来帝国がユグドラシルと聖王国に雪辱を果たすチャンスを虎視眈々と狙っている事は周知の事実であった。
「覇龍戦争の影響も大きかったのでは? あの戦いで再建途中の軍がまた大きな被害を受けたそうですし」
シルヴィナの言う覇龍戦争が起こったのは約二年前の話だ。
ようやく聖王国との戦争で軍が受けたダメージと揺らいだ皇帝の権威も回復しつつあった時、突如第四世界が異世界からやってきた竜族の侵略を受けるという事件が起こった。
個体としては最強クラスの戦闘能力を持つ
そして何より、その古龍たちを従えていたのは伝説の存在と言われた『
駐留していた帝国軍と現地の守備軍は瞬く間に壊滅。
侵攻した竜族、そして覇龍を止める為に帝国は不俱戴天の敵である聖王国を含むユグドラシル勢力圏の国々にも救援を求めた。
だが、二つの大国が初めて力を合わせ挑んだ覇龍との戦いは、足並みの揃わない連合軍側の敗北に終わり多くの将兵と兵器を失う結果となった。
幸い覇龍たちが突然撤退したため全滅は免れたが、軍にもそして民間人にも多数の犠牲が出た戦いの爪痕は未だ癒えてはいない。
「でもだからって理由付けに
黒き怪物――名称は違えど数多の世界で登場する全てを喰らうと言われる怪物だ。
約一年前、現皇帝アルフォンスは怪物が実在しそれに備える必要があると宣言した。しかも四年前に突如失踪した前皇帝もその怪物の手により殺害されたという。
この唐突な皇帝の言葉を大半の者は額面通りには受け止めていない。
そこに何か裏がある。どこかと戦争をする事を隠すための方便だと思っている。
だがエミルは――。
「皇帝の話は嘘じゃないよ。御伽噺の怪物と同じかは分からないけど、よく似た怪物が第六世界に現れたのは事実だよ」
「あんたは見たの? その怪物……えっと、喰らうモノだっけ?」
「……嫌と言うほどね」
「え?」
感情を押し殺すように小さく呟かれたエミルの言葉が聞き取れなかったシルヴィナが聞き返そうとしたが、それよりも早く笑顔でエミルがロビーにある大きな柱時計を指さした。
「そろそろチェックアウトの準備をした方がいいじゃないかな?」
「ん? あっ、もうこんな時間じゃない。ほら、シルヴィナ、部屋に戻るわよ。急いで荷物を片付けないと!」
「散らかしてるのはモナカだけでしょ! ごめんなさい、すぐに準備してきます」
「すぐに戻るから勝手に行くんじゃないわよ!」
「うん、待ってるよ。行ってらっしゃい」
モナカに手を引かれつつ丁寧に頭を下げるシルヴィナに手を振り彼女たちが昇降機に乗ったのを確認してエミルはため息をついた。
(やっぱり、みんなまだ危機感が薄いんだな。軍が情報を出し渋っている理由も分かりますけど手遅れになってからでは遅いんですよ、兄上)
逸る心を静めるようにエミルは深呼吸をして窓の外を見る。
空は青く澄み渡り遠くに見える山の冠雪が美しく輝く。
(奴らの好きには絶対にさせない! 必ず守り通してみせる!)
美しい自然を見てエミルは決意を新たにするのであった。
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