30 長い一日の終わりに
「それで何があった?」
あちこちから上がる大声で騒然となっている訓練場に学長のレイラが現れると被害の検分をしていた兵士たちが一斉に敬礼した。それに対し口ではなく手で「作業を続けろ」と指示しエミルたちの方へ歩いてくる。
「またお前か、エミル・イクス。一体何をやらかした?」
レイラの言葉に完全に血の気が引いて真っ白な顔をしているシルヴィナが口を開こうとするがエミルはそれをやんわりと手で制止し、先ほどの一件を簡潔にレイラ、そして周りで聞いている研究者たちに説明した。
「なるほど。それで射撃場とその周りを綺麗に消し飛ばした、か」
射撃場の建物の向こう、的が出現していた場所に出来た大穴を見てレイラはため息をついた。
直径は十メートル、最深部の深さは五メートルはある、すり鉢状の大穴には兵士と研究者が降りて被害の調査をしている。
「訓練場の建物とそこにいた生徒は全員無事というのが奇跡みたいだな。これが野外訓練場だったのなら学園の半分は今頃無くなっていたかもしれん。全く気の休まる暇のない職場だよ」
「あ、あの! これは全て私の責任です! エミル君は何も悪くないんです。ですからどうか退学は私だけに……」
一向に来ない叱責に耐えかねてシルヴィナが学長の前に進み出て珍しくはっきりとした声でレイラに懇願した。
それに対しレイラは少し驚いた顔をするが、またいつもの何事にも動じないと言わんばかりの厳しい表情に戻る。
「シルヴィナ・プラチナム。かの第五世界でドミクラク帝に師事した五人の高弟、五大術師の最後の弟子だったか? なるほど、その知識に
「あの?」
「まずはっきり言っておくが、お前を退学にする気はない。元々訓練場が破壊されるのはある程度想定済みの事態だ。お前の行動は何も規則に触れてはいない。あの男子寮を破壊した馬鹿と違ってな」
「ですが、私のせいで被害を受けた人が大勢いたのではないでしょうか?」
「報告を聞く限りそれなりにいるな。だが揺れで転んだり爆音で耳を傷めた者はいるが全員軽傷だ。こういう事が起こった時は帝国から治療費や慰謝料が払われることになっている。だからお前が気にする必要はない」
「でも、それでは……」
それほど被害が出なかったという話に少しシルヴィナの顔色が良くなったが、それでも自責の念に耐えられず尚も言いつのろうとする。
「今のお前の身柄は帝国、もっと言えば皇室が預かっていると言ってもいい。いくらお前が責任を感じようと規則に反していない以上私はおまえを退学処分にする気はない。もしどうしても責任を取りたいというのなら、まずは自分の力を使いこなし誰かの役に立って見せろ。私から言えるのはそれだけだ」
そう言うと近くにいた秘書の女性に「後は任せる」と言い残し校舎へ戻っていった。
「とりあえずお咎めなしって事でいいの?」
空気を読んで後ろで様子を見ていたモナカの問いにエミルは首を横に振る。
「こういう時は怒られたり責められたりする方が気が楽だよ。どうすればいいか自分で考えろっていうのはむしろ厳しい処置だと思う」
(特に消極的なシルヴィナさんには)と言う言葉を飲み込んでエミルはシルヴィナの方を心配そうな視線を向ける。
そのシルヴィナはマットを始めとした研究者たちに囲まれ自身の能力についてあれこれ聞かれている。ただし学長命令で実際に能力を見せるのは禁止とされて何人かの研究者は不満そうな顔をしている。
「それで結局シルヴィナの能力はどういう物だったんだ?」
「『
レスターの問いにエミルはそう答え改めてシルヴィナが作った大穴を見る。
学園への被害はなんとか防いだが外側、塀や新たに設置されたフェンスは綺麗に吹き飛んでいる。幸い射撃訓練場がある北東側には兵士の詰め所などは無かったがあったら間違いなく死者が出ていただろう。
「そういやよ、お前の能力は何なんだよ。見た所武器は出してないし、変身もしてない。俺みたいに分身を出してもいないよな?」
「そういえば言ってなかったっけ? 僕の能力は純粋に身体能力や魔力を強化するだけの変わった
「ああ、だからジェフの野郎をあんな簡単に投げ飛ばせたのか」
「あれは単純に彼の戦い方が下手なだけだったからだよ」
「おっ、言うねぇ」
エミルの衣着せぬ発言に笑うザカットたちに学長の秘書が「あなた達は戻っていい。エミル君はシルヴィナさんと一緒に研究所へ」と言い残して忙しそうに塀とフェンスの修復作業をしている兵士の方へ走っていった。
「ありゃ、俺たちはお役御免だとさ」
「単に後ろで見てただけだから仕方ない。それにここにいても邪魔になるだけ先に引き上げよう」
「ええ~、あたしは一緒に行っちゃいけないの~?」
一応シルヴィナの従者であるモナカが不満を言うが既にそれを伝える相手はどこにもない。結局「エミルが一緒なんだから平気だ」というザカット、レスター両名の言葉にモナカは渋々引き下がった。
「エミル、ちゃんとシルヴィを女子寮まで連れてきてよ!」
ザカットに引きずられながらも念押しを続けるモナカを手を振って見送ってからエミルはマットとシルヴィナの元へ歩いていく。
そのエミルも一見落ち着いている様だが心の中では後悔の念が渦巻いていた。
理由の一つはシルヴィナの能力と知識を甘く見過ぎていた事。
そしてもう一つは――。
(たとえ兄上の言いつけを破ることになっても力を開放して被害を抑えるべきだった。死人が出なかったから良かったなんて話じゃない。本当に責められるべきは僕なんだ。もしこの件でシルヴィナさんが心に傷を負ったのなら、それは躊躇ってしまった僕の責任だ)
エミルは今回のバーミル学園への入学に前向きではなかった。その心が今回の事件を引き起こしたのではないか?
だがそれをシルヴィナに良い詫びる事は許されない。
ならば自分が彼女にしてやれることは何だろうか?
答えの出ない問いを抱え事情や状況を尚も詳しく聞きたがる研究者たちに心ここにあらずといった対応をしながらエミルはシルヴィナと共に研究所へ向かった。
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