29 シルヴィナの力

 「それではまた次に合同訓練で」と言い残しラキシスは医務室を重荷が取れた晴れやかな顔をして医務室を出ていった。

 入れ替わるように医務室の老先生が帰ってきたため一同は礼を述べ医務室を後にして教室へ向かう。


 「もう授業は終わってしまったのですね」

 「だってシルヴィ、ずっと寝てるんだもの。まずは教室まで荷物取りに行きましょ」


 階段を昇り教室に着くと生徒は全員帰ったようで誰も残っていなかった。


 「そういやジェフって奴はどうなるんだ? まさか退学か?」

 「それはどうかな。男子寮を壊した先輩も実質停学処分みたいなものだし退学まではいかないだろう。勇石の扱いに慣れていなかったからか、故意でシルヴィナを傷つけようとしたが分からないだろう?」

 「は~、じゃあその内戻ってくるのかよ。ま~た逆恨みしだすんじゃねえのか? そういやシルヴィナ、お前何で何も攻撃しなかったんだ?」


 いきなりの質問にシルヴィナの体が硬直してしまう。それを見たエミルはモナカにどういう試合だったのかを聞いた。


 「そう言えばアンタいなかったのよね。あのハンマー馬鹿の攻撃をシルヴィはただ避けていただけだったのよ。ねえ、シルヴィ。アンタの能力って何な訳?」

 「……分からない」

 「へ?」

 「分からないの。武器かなと思って触わろうとしても触れないし、分身アバターかと思って命令しても反応しないの。だからエミル君に聞こうと思ったんだけどセドア教官に呼ばれてしまって……。代わりにマリー先生に聞こうと思ったら目が合ってしまって」

 「模擬戦の舞台に引っ張り出されたと。昔からアンタは間が悪いのよね」


 モナカの言葉にシルヴィナは俯き小さくなってしまう。

 そんなシルヴィナの肩をエミルはポンと叩いた。


 「なら、これからシルヴィナさんの能力を調べよう!」

 「こ、これから?」

 「善は急げ。鉄は熱いうちに打て。親友の故郷の諺なんだ。やるべき事はすぐにやってしまう方がいい。明日も訓練があるんだし今日のうちに調べておいた方がいいと思うんだ」


 エミルの言葉にザカットがパンと手を打ち――。


 「よっし、俺がひとっ走り空いてる訓練施設を調べて予約取ってきてやるよ。お前らは先に外に出てろ」


 そう言って勢いよく教室から飛び出していった。


――

 十分後。

 夕焼けで赤く染まる射撃訓練場に五人は集まっていた。


 「なんで射撃場なのよ?」

 「ここが一番順番が来るのが早かったんだよ。それに能力の調べるだけならどこでもいいだろ?」


 校則で訓練場関連施設以外での勇石を用いる事は禁止されている。だから自主訓練をするには自分の能力に合った施設の予約を取らなければならない。そしてザカットの言う通り訓練施設は二年生と今日勇石を受け取った一年生の二クラス全員で取り合いになっており非常に混雑していた。

 

 十分ほど待ってから入れた射撃訓練場は十の仕切りが設けられ、それぞれのペースで訓練することが出来、奥の幻影で作られた的に向けて他の訓練者が攻撃を放ち腕を磨いている。

 それほど部屋は広くないのでエミルとシルヴィナだけが仕切りの中に、モナカたちは後ろの中が見える廊下で二人を見守っていた。


 「時間もないし始めようか。じゃあ、まずはシルヴィナさんの能力を見せてくれないかな?」

 「は、はい!」


  シルヴィナのブレスレットが輝き彼女の肩の上に二つの光球が現れ僅かに上下しながら浮遊している。

 それをエミルは顎に指を当てて観察する。


 「武器じゃない。分身でもない。う~ん、命令しても何の反応もしないんだよね?」

 「はい。今も動いてってお願いしても何もしてくれません……」


 エミルは記憶にある仲間たちの顔と能力を思い出す。シルヴィナは間違いなく特殊なタイプに違いない。共に戦った仲間たちの中で似たような存在を生み出した者はいなかったか洗い出していく。


 (踊る剣ダンシングソードは違う。巨獣暴走スタンピードなら勝手に動くはずだし。黒い亡霊ファントムは……これか?)


 「シルヴィナさんは魔術が得意だって言ってたよね?」

 「え? いえ、そんな得意と言うほどでは……」


 エミルの問いに否定的な言葉を返したシルヴィナに我慢できないとばかりにモナカが中へ聞こえるように大声をあげた。


 「な~に言ってんのよ! 私たちの国はもちろん周辺の国中探してもシルヴィに敵う相手はいないって程の天才じゃないの。自信持ちなさい!」

 「モ、モナカ!」


 間違いなく他の生徒にも聞かれてしまった事にシルヴィナは顔を真っ赤にしてしまう。そんなシルヴィナにエミルは頷き近くの机に置かれた装置を操作する。

 

 「今そこに的を出したから簡単な魔術で攻撃してみて。もちろん勇石の力は使ったままでね」

 「的に攻撃ですね。やってみます」


 後ろからモナカの(やかましい)声援を受けながらシルヴィナは左手を的に向け瞬時に魔術式を組み上げた。


 (驚いた! 彼女、本当に天才じゃないか!)


 魔術の発動はそれぞれの世界、地域によって違う。

 ただ同じなのは体内や周囲のマナを操り、発動する魔術の方向性を決める式(地域によっては陣と呼ばれる)を組み上げる事だ。

 しかし、些細な魔術でも一から式を組みあげるのは時間が掛かるため術士は身に付ける物や自分の肌に式を彫り込む。その彫り込んだ式に魔力を注ぎこみ魔術を発動させるのが普通だ。

 しかしシルヴィナはそれを何の道具も無しで一瞬でやってしまった。しかも組み上げられた式はかなりの緻密さで、それなりの力と経験を積んだ魔術師でも五秒はかかるに違いない代物だ。


炎の矢ファイアボルト


 いつもと違うシルヴィナの厳かな声で呟くと左手から小さな火が尾を引いて飛翔し綺麗に的の中心を捉えた。


 「お見事!」


 後ろからパチパチと拍手が起こるが、たかだか十メートル程度先の的に当てることなどシルヴィナには造作もないことだろう。


 「え!?」

 「は?」


 いち早く気づいたのはやはりエミルとシルヴィナだった。

 シルヴィナの魔術が的の当たった瞬間に彼女の二つの光球が輝き凄まじい勢いで魔術の式を組み上げ始めたのだ。

 しかも、それは先ほどのシルヴィナのとはまるで違う。手加減も何もない恐るべき力を秘めているにに気づいた二人は青くなる。


 「待って、止め……」


 シルヴィナの制止も虚しく、まずは左側の光球から握りこぶし大の火球が発射された。その火球も見事に的を捉えると、そこを中心にして直径五メートルの暴風を伴う火柱が天へと延びた。


 「炎の柱フレイムピラー……」


 放たれたのは単体攻撃を目的とした汎用高位魔術だが、その威力と範囲は普通の術者のものとは桁違いである。

 吹き付ける熱風を浴びた生徒たちが悲鳴を訓練場から逃げていく。

 だが先の攻撃は牽制とばかりにもう一つの光球が恐ろしいほどの早さで複層式魔術、いわゆる『大魔術』を組み上げていく。

 その魔術の式が描く内容にシルヴィナとエミルの顔は真っ青になる。


 「ダメ、それはダメ!」


 シルヴィナの叫びも虚しく解き放たれた力が未だ残り続ける火柱を消し飛ばし的があった場所を中心にドーム状に広がっていく。


 『ディムズオン』。

 第五世界の古代語で滅びを意味する魔術が広がっていく。

 ドームの中には純粋な破壊エネルギーが充満し中に入った物を粉々に粉砕し、そして最後はエネルギーが弾け周囲の物全てを消し飛ばす禁術の一つである。

 その圧倒的な力に誰もが動けなくなり死を覚悟した。

 ただ一人を除いて。


 「転印、封滅陣!」


 エミルが魔力を込めた両手を地面に叩きつけると広がり続けるドームより巨大な魔術陣サークルが地面に現れドームの拡大を食い止めた。

 そこから更にドームを構成するマナを強引に拡散させていく。


 「ダメだ、間に合わない! シルヴィナさん、みんなを守る様に防御魔術を展開して!」

 「無理です! 短時間でそんな……」

 「やるんだ! 大丈夫、勇石は君の想いに応えてくれる! 急いで!」

 「……は、はい! 『魔力の盾プロテクション』!」


 無理と言いつつもシルヴィナは、やはり僅かな時間で周囲にいる人々に全てに薄い防御膜が張ってみせた。一瞬で十を超える人間に術を施すシルヴィナの才能は特筆に値するが、対象が多い分その力も薄くなってしまう。

 だが、今の彼女にはそれを補う大いなる力があった。

 エミルが期待した通り再び二つの光球が今度は同時に同じ術を組み上げる。


 最高位防御魔術、『偉大なる護りグレートウォール


 魔力で形作られた長大な壁二枚がゆっくりと広がるドームの伸張を食い止める。

 

 「食い止められました!」

 「大分魔力を削いだけど消しきれない……! みんな伏せろ!」


 エミルの警告とほぼ同時にドームが内包していた魔力を開放し弾け。

 それによって起こった爆発は学園と王都を物理的に激しく揺らし住人たちが騒然となる事態となるのであった。

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