5 モナカとシルヴィナ

 二人が泊まっていたホテルは十階建てで内部も広々とし、華美な装飾などないシックな造りとなっていた。

 観光地にあるような豪華なホテルとは違いレジャー施設はないが一階にはレストランや売店が存在している。早朝だがこちらの売店は既に開店しており何人か客が食べ物を買っていた。

 (宿泊客でもない自分が入っていいのか?)と思いながらロビーに足を踏み入れたが幸い咎められる事もなくモナカに連れられロビーにあるテーブル席に三人は腰を下ろした。

 

 「すみません、モナカが我儘ばかり言って……」

 「いや、そんなに気にしないで。暇だったのは事実だし。そういえば自己紹介して無かったね。僕はエミル・イクス。第一世界から来たんだ」

 「私はシルヴィナ・プラチナムです。よ、よろしくお願いします」

 「あたしはモナカ・アーレンディ。シルヴィの従兄弟よ。あたしたちは第五世界から来たのよ」

 「第五世界って人間と魔族が戦っていたという……?」


 第五世界は帝国が進出するまえから戦火が絶えない世界だった。

 人間と魔族(実際には獣人などの亜人間)が互いの存在を賭けて実に千年以上も争い続けていた結果、非常に強力な魔術が発達し偵察に来たエルゼスト帝国の先遣隊が全滅するほどであった。

 この報を聞いた時の女帝ドミクラクは親征を決意。その類まれな知勇を持って人魔の戦いに決着をつけたのだ。

 もっともこれには、既に戦いに疲れ果てていた両陣営の民衆の協力が非常に大きく戦後の帝国による統治も彼らの協力を得て大きな混乱は起きなかった。

 終わりなき戦いに終止符を打ち、戦後は民に負担をかけないという政策を行ったドミクラク帝の人気は特に高く、「聖王」「聖女」「人魔皇帝」など様々な尊称を持ち、今でも第五世界各地で銅像や神殿が作られ人間と魔族の双方から熱烈に崇拝されているという。


 「出身はプラティナ王国っていう田舎でね。ちなみにシルヴィはそこの王女様ね」

 「へぇ……え!?」

 「モナカ! それは秘密にしてって言ったでじゃない!」


 色白の頬を真っ赤に染めてシルヴィナが抗議するがモナカは「あっ、そうだったわね」と軽く流してしまった。


 「あの、出来れば今の話は秘密にしてくださいませんか?」

 「分かりました、シルヴィナ様」

 「あの、様付けは止めてください。さっきまでの普通の言葉使いで結構ですから」

 「……うん、分かったよ」


 消え入るような声でされたお願いを断る理由はない。エミルが笑って了承するとシルヴィナも安心したように微笑んだ。

 だが、ふとある事に気づいたエミルは周囲に人がいないのを確認して声を落として二人に疑問をぶつけた。

 

 「モナカは従兄弟って言っていたけど君も王族なの?」

 「違うわよ。あたしの母様は国王陛下の妹なの。あまり位の高くない騎士だった父様と結婚する前に母様は王位継承権を放棄したのよ。ほとんど駆け落ち同然だったらしいから王家との繋がりもなかったし私も母様が王女だったて知ったのは割と最近よ。だから私はただの騎士の娘。シルヴィと知り合ったのも偶然だしね」


 5年前、プラティナ王国の建国祭が開かれシルヴィナも父である国王と僅かな供と祭りを見て回っていた。

 だが祭りの喧騒に目を奪われていたシルヴィナは父たちと逸れてしまったのだ。泣きたい気持ちを堪え必死に父たちを捜す幼いシルヴィナの前に現れたのがモナカだった。


 「たのしいまつりのひにめそめそしない! まいごなの? ならいっしょにさがそ!」


 返事も聞かずにモナカはシルヴィナの手を引いて父親捜しを手伝う……のではなく自分の小遣いが無くなるまで二人で遊び回った。

 そして小遣いがなくなり一緒に祭りに来ていたモナカの母親の元にシルヴィナを連れて行き、そこで初めて彼女がお姫様だと知ったのだという。



 「ううう、そんな昔の恥ずかしい話をしないで」


 途中、何度も話を止めさせようと従兄弟の肩を揺すっていたシルヴィナはまた耳まで赤くなり両手で顔を隠してしまった。


 「子供の頃の話じゃない。もっとも頼りないのは今も変わらないけどね」

 「うう~」


 じゃれ合う二人を見てエミルは微笑ましく思い自然と笑っていた。


 「仲がいいんだね、二人は」

 「まあね。その時の縁であたしはシルヴィナの友達として王城に自由に出入りしていいってお墨付きを貰っちゃったし」

 「でもお姫様がなんでバーミル学園へ行くことになったの?」

 「あ~、それは……」


 王族の子が世界をまたいで留学するのは珍しい事ではない。だが、これから行くバーミル学園はおよそ王族の通う名門校ではないはずだ。

 だがそのエミルの質問にそれまで快活に会話をしてきたモナカが初めて口籠りチラッと隣のシルヴィナに視線を送る。シルヴィナの方も暗い表情をして下を向いてしまった。

 その二人の態度で、かなり込み入った事情があるのを察したエミルはシルヴィナに謝った。


 「ごめん、ちょっと気になっただけだから。話したくないなら別に構わないよ」

 「……ごめんなさい」


 先ほどまでの楽しい雰囲気が一気に冷めてしまい気まずい空気が流れ始めたが、それをモナカがパンッと手を叩いて追い払った。


 「さっ、あたしたちの話はこれでおしまい。次はあんたよ、エミル」

 「僕? あ~、うん、そうだね。と言ってもそんなに話すこともないんだけど」

 「いいから話しなさいよ。第一世界ってどんな所? 飛行船がどの町でも当たり前のように飛んでいるって本当? 一家に一台自動車があるって話は?」

 

 矢継ぎ早に質問するモナカの横でシルヴィナの表情も少し明るくなった。

 それを見てホッとしたエミルはモナカが話す理想郷のような第一世界への想像を一つずつ訂正ていくことにしばらく時間を費やすことになるのだった。

 

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