36 若き勇士の戦い
「はあああああっ!」
北東側に現れた巨獣の分厚い頭皮に両刃の戦斧が叩き込まれた。その一撃は強固な皮膚を破り傷口から血が噴き出て地面を赤く染める。
「GOOOOOOOOO!」
その一撃を受けても巨獣は激しく頭を振り、頭上に乗っている人間を振り落とす。
落ちてきたのはバーミル学園の制服に身を包んだ生徒会長アニス・ルク・ゼステア―ドだ。
「アニス嬢を援護しろ!」
普段の気品ある姿とは違い怪物の血と泥に汚れる彼女を守ろうと兵士たちは残り少ない魔力を振り絞り巨獣に魔力弾を叩き込む。
アニスの服や顔についている血は自分のではなく巨獣の物だ。巨獣の腹は裂け、四つの足には骨が見えるほどの裂傷。尻尾は途中で千切れ、動く度に背中に出来た傷から血を噴き出し周囲に血だまりを作り出す。
「はぁはぁ、これだけダメージを与えてもまだ動くなんて、さすがは魔獣といった所ですね」
一方のアニスも出血を伴う傷こそないが、巨獣に何度も吹き飛ばされ、体のあちこちに痣が出来ている。
「
なぜ学生の彼女がここにいるのか?
それは自主的に夜の学園内の見回りをしていたためだ。
「最近、食堂で盗み食いをしている者がいる」と食堂に勤める者から聞いた彼女はここ数日、自主的に夜の見回りを行い不届き者を見つけ出そうとしていたのだ。
「なあ、生徒会長さん。今更だがアンタ勝手に戦っていいのか? まだ生徒の出撃許可出てないだろ?」
「先生方からのお叱りは覚悟の上ですわ!
「貴族さんも大変だな。そろそろ向こうも限界みたいだ。最期の相手にはアンタをご指名みたいだぜ」
振り落とされたアニスの援護にきたのは最初に巨獣を見つけた巡回兵の男だった。彼が無精ひげが生えた顎をしゃくると、燃えるような目をした巨獣がアニスを睨みつけている。
「ご指名とあらば受けない訳にはいきませんわね。いいでしょう、私の『
満身創痍の巨獣が最期の力を振り絞りアニス目がけて突進してくる。それを迎え撃つアニスも全力で走る。
頭を下げ瘤を突き出し必殺の体当たりを仕掛ける巨獣。
足を止め地面を滑りながら
体格的にアニスが勝てるはずもない勝負だ。しかし――。
「こ・れ・が!
アニスの『星砕き』が硬い瘤を叩き潰し衝撃で巨獣の体が宙を舞った。
「~~~~~~~~!」
悲鳴をあげ地面にノックアウトされた巨獣。だが瀕死の状態になっても衰えない闘争心が尚も手足を動かし立ち上がろうとする。
「立たせるな! トドメを刺せ!」
指揮官の命令を聞いた兵士たちは雄たけびを上げて巨獣へ殺到。傷が出来た頭部へ至近距離から魔力弾を何発も叩き込み、遂に巨獣は生命活動を停止した。
「すまんな、手柄を横取りして」
「構いませんわ。正直に言うともう立っているのも限界なんですの」
その言葉通り、武具具現も維持できずアニスは地面に座り込んでしまった。
「学長殿には私からも事情を話そう。君の無断での戦闘参加について便宜を図ってもらうつもりだ」
「ありがとうございます。ですがそれで学長が罰を免除してくれるとはおもえませんけれど……」
指揮官に力なく笑いかけていたアニスが糸が切れた人形のように横に倒れた。
「大丈夫かね!? おい、医療魔術が使える者はすぐにこっちに来てくれ!」
勝利を喜んでいた兵士たちが慌ててアニスの元へ駆けつけてくる。
こうして学園北東の防衛線は学園側の勝利に終わった。
―――
「全く人が気持ちよく寝てたってのにさ!」
「GYOOOOOOOOO!」
「ああ、もう、煩い! いい加減くたばりな!」
両手にもつ短剣が閃き、虎の姿の巨大召喚獣の首が断ち切られる。
「すげえ。これが特務隊の力かよ」「くっそ、俺にも適性があればな~」
マリーは称賛とやっかみの声を背に受けながら戦闘に加わっていたセドアの元へ駆け寄る。
「隊長、まだ本調子じゃないんですから無理しない方が……」
「何度も言わせるな、俺はもう隊長じゃない。それにガキどもの訓練に付き合っているより楽なもんだ」
セドアが
「北東、西、それからここ。三か所同時に攻撃してきたか。ちっ、どこのどいつだ、こんな辺境の国にまでやってきて攻撃を仕掛けてくる馬鹿は!」
「他の場所は大丈夫なんですか?」
「北東は跳ねっ返りの生徒会長が出てきて何とか仕留めたそうだ。西は……よく分からんが雷に打たれて死んだらしい」
「はぁ? そんな装備が配備されていたんですか?」
「応戦してた兵士の話じゃ内側から誰かが何かしたらしい。今のところは詳細は不明だ」
「フワフワした話ですね。でもまぁこれで終わったって事ですよね」
「アホが。首謀者を見つけ出さない限りは終わりじゃねぇよ。行くぞ」
「行くってどこへ?」
「どうにも嫌な予感がする。学園を見て回る」
「襲撃は陽動だったってことですか? でも学園内にも兵士は配備されているし問題ないんじゃ? ちょっと待って下さいよ~」
陽動の可能性はかつて帝国軍将軍として名を馳せたレイラも予測しているだろう。
だが、それでもセドアは嫌な感じに胸が締め付けられる。
それはかつて『覇龍戦争』で乗艦が墜とされる直前の感覚に似ていた。
(目的不明の襲撃。学園内からの謎の攻撃。動かない防御機能。分からん事ばかりで面白くない。目的は勇石か、それとも……)
先の戦いで義手となった右腕の調子を確かめるように指を動かしながらセドアは足早に兵士に守られた門へ向かう。
彼が目指す場所は――。
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