15 男子寮の出会い
「学生寮は訓練場を挟んだ向こう側にありますの。こちらから行きますわよ」
エミルを先導するアニスは入ってきた玄関と反対側、野外訓練場側にあるもう一つの玄関から外へ出た。後を追って外へ出たエミルの前に校庭で訓練中の生徒たちの姿が目に入った。
普通の学校の校庭にあたる野外訓練場は結界を用いる事で区切る事が出き、今は中央で二つに分け二グループが訓練に励んでいる。
「集中を切らすな! 気を抜けば怪我するぞ!」
「はい!」
教官が振るう剣が生徒の盾とぶつかり火花を散らす。だが教官の剣を受け止める盾が段々と透明になっていく。
「この程度を受けきれんでどうする!?」
「は、はい!」
生徒の気合の入った声に呼応するように盾が一瞬だけ実体を取り戻すが耐え切れず消えてしまった。止める物が無くなった教官の剣が生徒に当たる――かと思われたが、なんと剣の刀身は生徒を素通りした。
「驚きました? あれが『
『勇石』。それはバーミル王国周辺の山から採掘された『
名前を変えた理由は冥石の呼び名が不吉であったことから、冥王を退けた勇士の伝承にあやかって冥石を加工した物は勇石と名付けられた。
その石をブレスレットにし手首に付けた少年少女たちがそれぞれ違う能力を発現させ訓練に励んでいた。
ある者は頭の大きさほどもあるガントレットを、ある者は両手に銃を出現させ、ある者は背中に翼を生やし空を駆け、ある者は自分の意のままに操れる存在を生み出し戦わせている。
「あなたも修練を積めば……って、あまり驚いてはいないようですわね?」
「あっ、僕は第一世界の
「勇石と似た力をもつ王石。その研究に関わっていたのなら確かに見慣れた光景かもしれませんわね」
強大な力を秘めるが扱いが難しい鉱石。そういった危険鉱石の存在は、実はそれほど珍しい物でもない。エルゼスト帝国では危険鉱石を1から5までランク付けし管理し魔石として利用して来たのだ。
その中で最上位であるランク1、即ち大災害を引き起こすレベルの物は希少であり、更にそこから人が利用できる物は七つの世界の中で現在までに二種類しかない。
第一世界で採掘できる王石。
第三世界で採掘できる冥石。
エデンからの技術供与で力の制御方法に目途がつき、この二つの鉱石の採掘が軌道に乗ってきた頃、第一世界の帝都にて極秘裏で実際の王石運用テストが行われた。
後に帝国軍内で実験部隊が設立することになり、それに併せて本格的な研究所が設立された。それがエミルが所属していた王石研究所である。
「王石研究所の方と比べて、うちの生徒たちのレベルはどうです? 率直な意見を伺いたいですわ」
足を止めてアニスは訓練に励む生徒を見ながらエミルに尋ねた。
「高いと思います。教官を務めている人も勇石を使って戦った経験があるようですし、その経験が上手く伝達出来ていると思います。研究所では実戦より実験が主でしたから技量と言う点ではこちらの方が上ではないでしょうか」
「実験の手伝いですか?」
「魔技術で使われている兵器の動力に利用できないかと色々試していて、万が一暴走した場合に備えるんです」
「魔石の代わりに、ですか。確かに実現できれば今までより高性能な物が沢山できそうですわね。それで成功したんですの?」
「残念ながら……あっ、すみません、今のは聞かなかった事にしてください!」
「ああ、守秘義務ですわね。私もあれこれと聞きすぎましたわ。それでは行きましょうか」
訓練中は周囲に結界が張られ外に被害が出ないようにされている。そのためエミルたちは道なりに訓練場の西側に沿って歩き、そのまま北へ向かって歩いていく。
もともと別荘地だった名残か、色とりどりの花を咲かす花壇に挟まれた道を進んでいくと三つの真新しい飾り気のない建物が見えてきた。
「あれが私たちが生活する寮ですわ。西側が男子寮、中央が職員寮、そして東側が女子寮です。当然、異性の寮に入るのは基本的に厳禁なので注意してください。規則に関しては寮長にお聞きになって」
男子寮に近づくとエミルと同じく私服の男子が入り口で何かを話していた。彼らもエミルと同じ新入生で今朝の出来事について話しているようだった。
「お話中ごめんなさい。寮長さんはいますかしら?」
「はいはい、ここにいますよ」
玄関そばにある受付の窓が開き、中から六十代くらいの太った男性が陽気に手を振っている。
「それでは私は授業があるので戻りますわ。今日は早めに休んで明日の入学式に備えなさい。それでは、また明日」
美しい生徒会長に見惚れる男子たちと寮長に優雅に一礼してアニスは元来た道を戻っていく。
「ようこそ、バーミル学園男子寮へ……っと、ちょっとごめんよ」
外へ出ようとした寮長を阻むように壁に取り付けてある通信機が呼び出し音が鳴り寮長の話し声がする。
「なぁ、ちょっといいか? おまえ男……なんだよな?」
玄関前にいた男子の中の一人、エミルより頭一つ背が高い青い髪の精悍な顔つきの少年にエミルは顔を引きつらせながら、それでも平静を装いつつ頷いた。
「ザカット、失礼だよ。男子寮に来たんだから男の子に決まっているだろう? ごめん、彼は悪い人じゃないんだけどデリカシーが全くないんだ。オレはレスター、レスター・ロウ。よろしく」
ザカットを窘めるとレスターはエミルに優しく微笑む。
金色の髪に藍色の瞳を持つ彼もエミル同様に中性的で童顔であるが、背格好は男らしく成長しておりエミルと違って女の子に間違われる事はなさそうだ。
「いきなり悪かったな。生徒会長と並んでも見劣りしてなかったからつい。おっと自己紹介しないとな。俺はザカット・バートランド、今期の新入生だ。お前も同じだろ、よろしくな」
「エミル・イクスです。よろしくお願いします」
ニッと笑って手を差し出したザカットと握手しながらエミルも自己紹介する。ザカットの口ぶりから容姿を揶揄する気はなく本当にただ思った事をストレートに口に出しただけのようだ。
二人と挨拶を交わしたところで、玄関から寮長が出てきた。
「いや、悪いね。今駐車場から連絡があってね。今日来た子の荷物がまだいくつかバスに残っていたそうなんだよ。私はこれから受け取りに行かなきゃならないから、部屋への案内は君たちに任せていいかな?」
「荷物持ちならオレも手伝いますよ」
レスターの申し出に「大した量じゃないから大丈夫だよ」と言い残し寮長は見かけによらず軽い足取りで歩いて行く。
「よし、それじゃ俺たちも行くか。ん? あれ、お前エミルって言ったよな? じゃあ、ひょっとして……」
「あ~」
困ったような顔をするザカットとレスターに「どうしたんですか?」と聞くも苦笑いを浮かべ「行けばわかるさ」と言い寮に入っていってしまった。
他の玄関でたむろしている男子も似たような表情を浮かべている事に何か良くない予感がしつつもエミルも寮の中に足を踏み入れた。
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