14 学長室にて

 アニスに連れられエミルも玄関に入ると、ちょうど休み時間になったのか生徒たちが何人か玄関に集まっていた。

その中を見目麗しい生徒会長と私服の美少年が歩いているのだから注目を集めない訳がない。注目を受ける事に慣れているのかアニスは堂々と胸を張って歩いていくが、そうでないエミルは自然俯き気味になって背の高いアニスに離されまいと早足で後をついていく。

 玄関から入って右に折れ、ざわついている職員室を通り過ぎその隣の学長室の扉をアニスがノックすると、中から「入れ」と女性の声がした。


 「失礼します。エミル・イクス君を連れてきました」

 「ご苦労」


 学長室の立派な机の上で両手を組んでいた女性が顔をあげエミルに鋭い視線を向ける。年は四十は越えているだろう。浮足立つ職員や兵士と違い、この女性は一切動揺をみせず、その厳しい表情から今回の事件に対して断固たる処置をとる事をとるつもりなのが見て取れた。


 「私の名前はレイラ・スティーク。このバーミル学園を預かる者だ。まずは君の対応と助言に感謝しよう、エミル・イクス君。さすがは本国で研究所付き特殊隊員だったことはある。高度な訓練を受けているとは聞いていたが想像以上だ」

 「ありがとうございます!」

 「だが一つ疑問がある。君の入学に関しては軍上層部からかなり強引に捻じ込まれた案件だ。その君が来たと同時に今まで起こっていなかった事が起きた。これは偶然と考えていいのか? 君は入学に関し何か聞いているのか?」

 「いえ、少なくとも僕はそういった話は一切聞いていません。学園への入学はあくまで適性がある者の義務としてです」


 言外に自分たちに知らせず勝手に事を画策する上層部に対する苛立ちを滲ませるレイラにエミルは毅然と答える。そんなエミルにレイラは表情を崩すことなく冷徹な視線を向ける。そこには一切の嘘は許さないという強い思いが宿り、エミルの斜め後ろにいたアニスも緊張から喉の渇きを覚えるほどだ。


 「いいだろう。では君が見聞きした事を一切漏らさず報告してくれ」

 「はい!」


 追及は無意味と判断したレイラにエミルはバスに乗り込んだところから、途中まで寝ていた事、目覚めた後にバスが何かを踏み妙な魔力を感じた事、巨獣の出現と撃退までを出来るだけ詳細に語った。ただしシルバースターの事は伏せて、である。

 同じ内容を既に救助に来た兵士に話し、その内容はレイラも報告を受けていたので改めて聞く話の内容に特に驚いた様子もなくレイラはエミルの話は黙って聞いていた。

 一方、エミルの背後で初めて事件の詳しい話を聞いていたアニスは目の前の少年が召喚獣を追い返した事に驚きを隠せずにいた。


 「なるほど。君が寝ている間にも何か変わった物を見聞きした生徒がいるかもしれんな。明日にでも詳しく聞き取りをする必要がありそうだ。しかし強制送還か。『完全召喚』だったらどうするつもりだったのだ?」

 「僅かにですが召喚獣に他者との魔力の繋がりがありました。だから『限定召喚』だと判断しました」


 召喚魔術の形態は大まかに二つに分かれている。


 レイラが言った『完全召喚』は召喚対象を自身の世界に留め置き支配する方法である。

 一度支配してしまえば召喚や送還に時間と魔力を取られる事はなくなるが、支配に失敗すれば術者は大体において命を失うことになる。

 しかも呼び出された存在はそのまま放置されるため、召喚者を殺した強大な存在が怒りのままに関係のない人里を襲い惨事を引き起こすことも少なくなかった。

 エルゼスト帝国が召喚術を『第一級危険魔術』と定め使用にかなりの制限がかけられたのはこの被害の為である

 

 対してエミルの言った『限定召喚』は召喚対象の能力や顕在できる時間を限定する召喚方法である。

 術者の命令を聞き終えた後は、すぐに術者が維持している『召喚門』で送還することが出来るため完全召喚より遥かに安全性が高いのが特徴だ。

 限定召喚は危険魔術指定はされておらず、大きな街にある『召喚士ギルド』では限定召喚を行うための契約を結ぶ手助けもしてくれる。

 帝国支配外の世界に住む大きな力を持つ悪魔や天使、人語を解する幻獣が人気で、彼らが望む物を支払う事で一定期間雇う事が出来るのだ。

 逆に向こうの方から契約者を求める事もあり、召喚士ギルドはさながら異界の住人専門傭兵斡旋所のような一面も持っており世界を繋ぐ役割を担っている。


 そして送還術とは、名前の通り召喚された存在を元の世界に強引に送り返す魔術である。

 しかしこれは元の世界との繋がりが断たれてしまう完全召喚には効果が無く、召喚門が残っている限定召喚にのみ効果ある魔術だ。

 使用条件が限られてはいるが、習得が難しい魔術でありレイラがエミルを褒めたのはそういった理由があった。


 「そして送り返した後に術者に反動が来ているはずだから王都付近の捜索を頼んだという事か。なぜ王都付近が怪しいと判断した?」


 送還術にはただ召喚対象を送り返すだけでなく、術者を無力化するために繋がった魔力を遡りダメージを与える効果も付与されている。エミルはその事を兵士に指摘して犯人捜索を進言していた。


 「魔力を辿りました」

 「魔力を辿った?」


 今まで表情を変えなかったレイラが初めて怪訝そうな表情をした。


 「はい。送還術を使うと召喚獣を通して術者の魔力を辿っていくことが出来ます。その魔力が上に昇り近くを飛んでいた鳥を何羽も通過して、更に王都方面へ伸びていきました。詳しい場所が分かる前に相手が接続を切ってしまいましたのでそれ以上は追跡できませんでした。鳥を介して魔力線を繋げ召喚術を行使していたのだと思います。先の事情聴取では説明に時間がかかると思ったので詳しくは報告していませんでした。申し訳ありません」

 「今回は不問にしよう。だが帝国の兵士は優秀だ。次からはキチンと現場で説明しろ。お前が優秀なのは間違いないようだが子どもに見下されて喜ぶ大人はいない、いいな?」

 「はい!」


 エミルの返事に頷くとレイラは立ち上がり壁にかけてあるバーミル王国の地図の前に立った。


 「王都近辺から仕掛けてきた、か。問題はそれが帝国の様に外から来た者の仕業か、それとも王国民の仕業か。お前はどう考える?」


 まるでエミルを試すかのようにレイラが地図を指で叩きながら質問をしてくる。(これが入学テスト代わりなのかな?)と思いながらエミルは思った事を素直に口にする。


 「王国民の可能性は低いでしょう。この学園を創設する際に帝国軍の諜報機関が付近の住人のチェックはしているはずです。もしここ最近、近くに移り住んできた者がいた場合も同様にチェックしていると思います。それに昔から帝国に対し友好的なバーミル王国の民が帝国直轄地に攻撃をしかける理由はないと思います。そう考えると素直に他の地域から来た反帝国を掲げる組織や個人が怪しいかと思います。最近は観光客に加え鉱石の利権を嗅ぎ付けた商人も多く入国していると聞きます。そんな人たちに紛れてやってくるのは簡単でしょうから」

 

 エミルの話を黙って聞いていたレイラが初めて口角を上げ笑顔らしき物を見せ立ち上がった。


 「まあ、そうだろうな。バーミル側にも敬ってきた山を削る事に対し不満を持つ者はいるがお前の言う通り攻撃を仕掛けてくるほどの不満ではない。まぁいい、調べて行けばいずれ誰が行ったかは分かる事だ。ご苦労だった、下がっていいぞ。アニス・ルク・ゼステアード、彼を男子寮まで案内してやれ。分かっているだろうが、二人ともこの件に関してはむやみに口外しないように。いいな?」

 「分かりました、学園長。失礼します」

 「失礼します」


 エミルの隣に進み出たアニスが一礼するのに合わせてエミルも頭を下げて学長室を出た。


 (つ、疲れた……)


 レイラの刺すような視線からエミルは学園側から大分胡散臭い、はっきり言えば本国のスパイと思われているようだ。

 だがエミルがレイラに語った事はほぼ真実だ。学園入学の際に誰かに何かを命じられたことはない。

 

 (まるで行けば分かるみたいな気楽さで僕を送り込んだ兄上は何をお考えなのだろう?)


 気分屋で底意地の悪い兄の意地悪か、それとも他意があるのか。その疑問に答えてくれる者はなくエミルは疲れた顔をして廊下を歩いていく。



 一方、一人学長室に残ったレイラは机に備え付けられている通信機のスイッチを入れた。レイラの体内魔力に反応し起動した通信機を隣の職員室につなげると直ぐに若い女性の声で「はい、職員室です」と聞こえてきた。

 

 「レイラだ。すまないが至急新入生のファイルを学長室まで持ってきてくれないか?」

 「分かりました、レイラ学長。すぐにお持ちします」

 

 レイラは通信を切り、再び机に肘をつき組んだ手に額を押し付けエミルとの会話を思い返していた。


 (優秀な子どもとは聞いていたが、あれほどとはな。だが、どうにも気になる……)


 魔技術マギテックではなく古魔術エンシェントマジックに通じているとはファイルに書いてあったから知ってはいた。だが、だとしてもあの歳で強制送還が出来るものなのか?

 

 (そもそも上層部から入学を捻じ込まれた事自体が異常だ。しかも彼が使用するに関しては一切手出し無用とご丁寧に軍務大臣からの通達まである。一体、何なのだ、あの少年は?)


 詳しい事情は追って知らせると言われたが、その知らせは今もって来ていない。彼の乗ったバスが襲撃を受けたのは偶然なのか、それとも――。

 思考の海に沈み始めたレイラはドアをノックする音で現実に戻り「入れ」とよく通る声でファイルを持ってきた職員を部屋に入れた。


 (例え望んだ事ではないとはいえ、私はこの学園を任された。もし誰かが学園の秩序を乱そうというのであれば対処せねばならん。例え上層部に噛みつくことになろうともな)


 胸の内に決意を秘めレイラは入ってきた職員からファイルを受け取り目を通し始めた。それを見て職員は黙って一礼をして静かに部屋を出た。学長室にはただページを繰る音だけがするのであった。

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