13 銀の聖者
駐車場を離れバスで通ったゲートに向かい合うように、かつての別荘の敷地へ入るための細かな装飾が施された正門を通り、エミルたちは真正面に立つ校舎の玄関へ向かう。
「あっちの小さな玄関は職員専用でこっちの広いのが生徒用ね。学長室は一階にあるんだよ。それで一体何があったんだい? 先生方は何も教えてくれないから困っているんだよ」
歩調を少し緩めて細目の男が声を潜めて聞いてくるがエミルはそれに答えていいか迷った。遅かれ早かれ生徒にも事情は説明されるだろうがエミルの一存で勝手に話をしていいものだろうか? 少し迷ってからエミルは「すみませんが――」と言った所で別の生徒が厳しい声で会話に割って入ってきた。
「なるほど、やはり貴方は学長室の会話を盗み聞きしようとしてましたのね、レディン君?」
エミルの言葉を遮るようにして玄関から現れたのは見事な金髪縦ロールにお嬢様言葉を操る女性だった。
腕を組み仁王立ちという畏怖堂々たる態度でレディンと呼ばれた細めの男を睨みつけ威嚇する女生徒に対して、細目の生徒ことレディンはヘラヘラ笑いながら潔白を示すように両手をあげエミルから一歩離れた。
「いやいや、まさか。僕は善良なあなたの腹心である生徒会副会長ですよ、アニス生徒会長様?」
「それは見解の相違ですわね。
「これは手厳しいですね。僕はあなたの命令でこのエミル君を呼びに行ったというのに」
「ええ、都合よく学長室の前でウロウロしていましたから暇だったのでしょう? ですがその際に余計な事を聞かないようにと言っておいたはずです。その耳は他人の秘密事はよく聞こえるのに大切な事は聞き逃すようですね」
「いや~、僕に用事を言いつけたのに玄関まで来て監視しているなんて会長も人が悪いですよ」
「あら、私は彼を連れてきてとは言いましたが学長室までとは言っていませんでしてよ? ですからここからは私が案内します。あなたは教室へ帰りなさい。あなたが何を探ろうとしているかは知りません。けれど過ぎた好奇心は身を滅ぼしますよ、特にここでは。そう何度も私も庇えませんのよ、レディン」
「ははは、肝に銘じておきますよ、会長。それじゃ、エミル君。こんどゆっくり話を聞かせて欲しいな」
芝居がかった恭しい礼をアニスに送り、レディンが僅かに開いた鋭い眼をエミルに向ける。だがそれも一瞬。すぐにおどけた笑みを浮かべレディンは校舎の中へ消えていった。
「あなたを置き去りに話をしてごめんなさい。改めて自己紹介をさせていただきます。私はアニス・ルク・ゼステアード。このバーミル学園の生徒会長を務めていますわ」
「エミル・イクスです。よろしくお願いします」
エミルが小さく頭を下げるがアニスはエミルと目を合わせず、なぜか髪をじっと見つめている。その視線にエミルはピンと来るものがあった。
「アニス会長は第一世界の出身ですか?」
「え? ええ、その通りですわ。あなたももしかして……そう、それは色々大変だったでしょう」
頷いたエミルにアニスは労りの言葉をかける。アニスがそうした言葉を発したのにはエルゼスト帝国の歴史が関係している。
かつて第一世界に異世界から
そして彼らは降り立った地をエルルアと呼び原始的な生活を送っていたヒトを支配し実に三千年も権力者として君臨した。
だが、そんな栄華を誇っていた付呪師たちはある日突然に姿を消してしまった。曰く、「新たな世界に旅立った」「クーデターで皆殺しにされた」「疫病で数を減らし現地人と同化していった」など諸説あるが真相は今もって不明である。
指導者を失った世界は衰退、混乱、そして戦乱の時代を迎えることになる。そして最終的に付呪師の技術を継承し
それから約七百年後。統一国家エルの衰退に伴い、各地で反乱が発生。この混乱の中で頭角を現した貴族がエルを継ぐ国家の建設を宣言。名をエルから取り『エルゼスト王国』と名乗り第二次統一戦争を始め順調に支配域を広げていった。
そして数十年後、世界の九割を支配下に置いたエルゼスト王国はエルゼスト帝国と名を変え、最後の仕上げに辺境の小国シルヴァリアを包囲した。
シルヴァリアには奇跡を起こす『銀の
国名を変え初代皇帝となった若き皇帝は自分以上の名声を得ている聖者を妬み『銀の
だがこれがエルゼスト帝国初代皇帝『聖帝』の初めてにして最大かつ最悪の失政と言われる結果となる。
王国時代に滅ぼされた国の反帝国勢力が次々とシルヴァリアに集い頑強に抵抗。またシルヴァリアの周辺国も帝国から離反し包囲するまでに五年も費やすことになる。
そして迎えた王都包囲戦にて突然シルヴァリアの王城が崩壊。それがきっかけのように包囲していた帝国軍に大地震、地割れ、落雷などのありとあらゆる災害が容赦なく襲い掛かった。
聖帝は一命を取り留めたものの包囲していた軍の九割、実数にして三十万もの統一戦争を戦い抜いてきた精強な兵士が死傷という目を覆いたくなる惨状であった。
そして一夜にして輝かんばかりの色つやを誇っていた金髪が白髪になってしまった聖帝に追い打ちをかける不穏な情報がもたらされた。その内容は王都の跡地から一切の死体が見つからかったということだった。
シルヴァリアは滅ぼした。だが最重要目標だった銀の聖者の行方は杳として掴めず、皇帝の権力を支えていた軍事力にも大打撃を受け各地の反帝国運動を続発させる結果となった。
そして聖帝は五十五歳で崩御するまで、たった一度の失敗のツケを払い続ける人生を送る事になった。
しかし彼の死後も帝国はシルヴァリアの亡霊に悩ませ続けられた。
その後、反帝国運動には必ずと言っていいほど銀色の髪を持つ自称聖者(の血縁)が現れその度に帝国の統治を揺るがされた。
そしていつしか銀色の髪を持つ子どもは「災い(反乱)を呼ぶ」とされ忌み嫌われることになった。
だが『銀の聖者』の銀が髪の色を指しているのか、瞳の色を指しているのか、それとも別の要因があったのか今もって分かってはいない。それなのに銀髪を持つ者は差別の対象にされる事に違和感を持つ者は少なくなかったが帝国の支配層は差別を黙認し放置し続けた。
時は流れ複数の異世界との接触で、この『迷信』は大分色あせてきたが、それでも第一世界においては今も生き続けているのである。
そんなまるで信憑性のない迷信のせいでエミル自身も謂れのない誹謗中傷を受けたことは何度もある。だが、それも昔の話としてとっくに割り切っている。
「お気遣いいただきありがとうございます。ですが、僕はあまり人と接してはこなかったので大した事はありませんでしたから」
「……あなたは強い人ですね。あっ、長話をしている場合ではありませんでしたわ。それでは参りましょうか?」
エミルが頷いたのを確認してアニスは玄関に入っていった。
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