23 それぞれの力
「ああ、やっぱり君か」
「昨日は失礼しました」
「気にしてはいないよ。本来ああいった事は事前に丁寧に説明すべきなんだよ。ただ軍も研究部も成果を出すことに囚われて……いや、こんな話をしても仕方がないな。君には勇石ではなく王石を使ってもらうように指示が出ている」
そう言うとマットは後ろに積んである先ほどまで新入生の勇石が入っていた空箱とはデザインが違う箱をテーブルに載せて蓋を開く。
中には薄い金色のブレスレットが収められていた。
「王石。第一世界で採掘される力を持つ石か。資料は目にしているけど実物は初めてみるな。ただ残念ながら僕がこれに触れる事は許されていないけどね」
それは何とも奇妙な命令だった。
『エミル・イクスの王石に対する一切の手出しを禁ずる』
無論、研究所ごとの機密事項や縄張り意識のような物があるのはマットも理解している。だが、王石と勇石の研究に関しては互いに緊密に連携をとっているはずなのに現物を触らせようとしないのはどういうことなのだろうか?
勇石も適応させた後は石に秘められた力の波長の調整を行い
(つまりエミル・イクスの王石はその必要がないほどに完璧な調整がされている? だけどそんな技術があるのなら情報提供があるはずだろう?)
これがマットを始めとした研究員たちの意見だった。
そして所長のキースがここ最近すこぶる機嫌が悪いのは、これが原因だった。
勇石は未だ最低でも一週間に一回の
なんとしても自分の研究成果を引っ提げてエリート街道に戻りたいキースにとっては王石研究所に負けているのを痛感させられ面白くないのだろう。
昨日の言い争いも調整の仕方についての意見が違う事が原因だった。
(所長は学長にエミル君の王石に関してかなり食い下がったようだけど、けんもほろろに追い返され理由すら聞かせてもらえなかったみたいだからな。いや、もしかしたら学長も詳しい理由は知らないのかもしれない。学園の全権を与えられてる学長の意見すら無視できる存在。……あまり考えたくはないな)
「あの?」
王石のブレスレットに視線を奪われ固まってしまったマットにエミルが遠慮がちに声を掛けた。
「ああ、済まない。では受け取ってくれ」
勇石はマットが取り出して生徒に渡していたが、王石には触れるなと言う命令が出ている。そのためマットは箱ごと王石をエミルの方へ押し出した。
「ありがとうございます」
そういってエミルが箱から王石を取り出し身に付ける。その一連の動作から何かを得ようとするようにマットは研究者の目で観察するが何も特異な点はなく拍子抜けしてしまう。
「扱いに関しては君の方で詳しい指示は出ていると思う。もし僕で力になれることがあるなら気軽に相談してほしい」
その言葉に下心が無いとは言えないが、それ以上に実験体にされる子どもたちへの申し訳なさと気遣う優しさがあった。
それを感じ取ったエミルは「お気遣いいただきありがとうございます」と言い講堂を後にした。
「訓練頑張ってくださいね~」
役目を終え受付席に戻った女性に笑顔で会釈を返しエミルは研究所を出た。
「さてと……」
何気ない仕草で付けたばかりの左腕のブレスレットを外し手品のように消してしまう。そしてよく似たブレスレットをどこからか取り出し左腕に嵌める。
「うん、やっぱりこれを付けてないと落ち着かないな」
数日ぶりの感触を確かめるように左手を軽く振りながらエミルは運動場へ走ってむかうと、すでに訓練場では勇石を使った訓練が始まっていた。
「おや、お帰り~。悪いね、君はもう経験者だってセドア教官が言うから先に始めさせてもらってるよ」
訓練場に戻ったエミルに声を掛けてきたのはセドアと一緒にいた女性だ。
年は二十代半ばくらい。あまり手入れされてなさそうな赤髪のショートヘアに茶目っ気のある笑顔が特徴的な女性だった。
「アタシはマリー。マリー・ハイネナイトだ。一応セドア隊長の補佐をする副教官の一人だよ 主に勇石を使った訓練指導を担当することになるからよろしくな」
「隊長?」
「あっと、今は教官だっけ。アタシは昔あの人の部下だったこともあるんだよ。その時の癖が抜けなくてね」
軍事教練の総合的な指導はセドアが行うが、彼は勇石の適応者ではない。そこで、勇石運用の初期テストをしていた
「でもアタシだって、ここの二年生より三か月くらい早く触っただけだからね。もしかしたら君の方が扱いは上手いんじゃないかい?」
「いや、そんな事はないですよ。それに僕のは王石で勇石じゃないですし。多分使用感は似ていると思いますが違う所は当然あると思います」
「はは、謙虚だねえ。まぁ、何かあったら力を貸しておくれよ。何なら今からでも副教官になってくれてもいいんだよ? おっと、セドア教官が睨んでる。それじゃ、君も能力を発現して手本を見せてあげてよ」
改めて訓練場を見れば、既に半数以上の生徒は何がしかの能力を発現していた。
勇石の力を引き出した際に見られる能力の発現。それにはいくつかの
最も多いのが武器や防具を作り出す『
突出した高い攻撃能力や防御能力を持ち攻防の要になる能力である。
次いで多いのが『
その名の通り姿形を変じる能力である。
体全てか変わる『全身変身』か部分的に変わる『部分変身』か。更にどういう姿になるかで能力は大きく変わるが、大体において身体能力の上昇が大きいのが特徴だ。
上記の二つより確認数が少ないのが『分身創造能力(アバター)』である。
自分の代わりに戦う存在を作り出し戦わせる独特な能力である。
分身が傷ついても
一組と二組の生徒は大体この三つの型に納まっているようで、それぞれが自分の力を確かめているようだった。
「マリー先生~、ちょっといいですか?」
「すみません、私にもアドバイスを!」
「先生~!」
一人が助けを求めると堰を切ったように、まだ発現できていない生徒が手を挙げてアドバイスを求め始めた。
「あらら、これは大変だ。あ、そうだ。悪いけど君も手伝ってよ」
「え?」
「ほら、あそこのちっさい子が悪戦苦闘してるじゃない。それじゃよろしく~」
エミルの反論も聞かずにマリーはさっさと生徒の元へ走って行ってしまった。セドアもただ生徒たちを見ているだけで動く気配はなさそうだ。
「手伝えって言われてもなぁ」
困り顔のままエミルはマリーの言っていたちっさい子と表現されていたモナカとそれを取り巻くようにして見守る友達の元へ歩いていった。
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