22 訓練開始
明けて翌日。バーミル学園へ入学した新入生たちの学園生活がスタートした。興から生徒たちは基本教育と軍事教育、二つの授業と勇石を使った訓練に励むことになる。
本来、軍学校は基本教育(日本での義務教育に相当)を受け終えた事が入学の前提条件になっている。
だがバーミル学園は勇石の
結果、まだ基本教育を終えていない者も多かったため生徒に二つの教育を並行して行うのだが、その比率はクラスごとに違う。どういう事かと言うとクラス分けは成績で分けられ、基本教育を終え筆記試験が優秀だった順に一組から五組に分けられ、若い数字の組ほど軍事教育や訓練時間が増えていくことになる。
そのため今日は一組と二組には他のクラスに先駆けて勇石を使った訓練が行われることになっている。そのためか朝から二組の教室内には興奮と緊張がないまぜになった空気になっていた。
「今日は一組と合同で訓練を行う。全員着替えて校庭に集まれ」
セドアの言葉を受けて男女それぞれ更衣室に向かい運動着に着替えた二クラスの生徒が校庭に緊張した面持ちで整列する。既に校庭に来ていたセドアともう一人ショートヘアの若い女性ががゆっくりと生徒たちの前に立つ。
「集まったな。では、これよりお前たちは研究所へ向かい各々の勇石を受け取ってきてもらう。一組から並んで進め。行け!」
『はい!』
セドアの鋭い視線に見送られ整列したまま研究所へ向かった生徒たちを建物の前で待っていたのは昨日と同じ赤い髪が特徴の受付嬢だった。
「お待ちしていました。それでは出席番号順に三人一組で講堂にお進みください」
緊張した様子で最初の三人が中に入っていくのを全員が見守る。
「で、中で何をするの?」
小声で話しかけてきたモナカの問いにエミルは首を捻って「勇石を受け取るだけじゃないかな」と答えた。実際、手順など知らないのだからそう答えるしかない。
「着けると痛みがあるとかあんのかね? 腕が喰われる~っとかさ」
「先輩たちからはそんな話聞いてないから大丈夫だろう。それより周りを不安にさせるような事言うな」
大げさな身振りでホラーっぽさを演出するザカットにレスターは軽くたしなめる。
「まぁ、そうよね。女子はともかく男子なら痛みを我慢した事を自慢しない訳ないわよね。というかシルヴィも
「でも痛みはなくても、上手く発動できなかったら退学でしょう? 私に扱えるのでしょうか?」
シルヴィナの声は小さかったが、その場にいる全員の耳に届いたようで一気に周囲の緊張の度合いが高まった。
流石に支払われた支度金を取り上げられる事はないだろうが、約束された仕官や就職への優遇の話は無くなることになる。約束されたエリートの道から門前払いで蹴落とされるかもしれないという思いが場の空気を一気に重くした。
「あの~、ちょっといいっすか? 受付のお姉さん」
だが、その空気を払うように陽気な声で前に立つ受付嬢に声をかけたのはザカットだった。
「はい、なんでしょう?」
「去年、入学したけど勇石を使えなかったって人はいますか?」
「いえ、能力の強弱はありますが全く反応しない生徒は一人もいませんでした。それだけテストの結果は信用できるという事でしょう」
「へぇ、そうなんですか。ありがとうござました! だってよ、お前ら。先輩たちも全員パスしてるんだから俺らも余裕だろ」
話している間に最初に入った三人が建物から出てきた。そして待っている生徒たちに白色のブレスレットを嵌めた左腕を見せると周囲から「おお~」と声が上がる。
「受け取った方は校庭へ戻ってください。それでは次の三人は中に入ってくださいね」
緊張感は残っているが重い雰囲気は無くなり次々と勇石を受け取った生徒が校庭へ移動していく。そして二組の順番になりザカット、レスターも受け取りエミルたちに手を振って先に校庭へ戻っていった。
そしていよいよエミルの順番が来たのだが、エミルの顔を見た慌てて受付嬢が「ごめんなさい。あなたがエミル・イクス君ですか?」とエミルに尋ねた。
「はい、エミルは僕ですけど」
「ああ、良かった。すみませんが、あなたの受け取りは一番最後、一人でお願いします」
「えっ、なんで?」
反射的に聞き返したのは後ろにいたモナカだ。だが受付嬢も「そう指示があったから」と言い理由は知らないようだった。だがその問いに代わりに答えたのは当のエミルだった。
「僕のは研究所で使っていた王石だからじゃないかな? 勇石と混ざらないように別に管理してあるんだよ、きっと」
「ああ、そうなんですね。……あれ、王石を扱う学校は第一世界にあるのでは? なぜエミル君はわざわざ第三世界に? しかもわざわざ王石を持ち込んでまで……」
「さぁ? 僕も指示を受けただけだから……」
シルヴィナの指摘にエミルはよく分からないと苦笑する。
(本当にね。一体どういう意図があるのか……)
バーミル学園への入学を指示した人に連絡が取れるのなら、あの新入生の襲撃事件が関係するのかくらいは確認したかった。いや、間違いなく関係しているのだろう。誰かがバーミル学園と勇石に関して関心を寄せている。それは想像するまでもなく事実だろう。
自分を追い越し研究所へ入っていくモナカとシルヴィナを見送るとエミルは襲撃事件の事を考え始めた。
(皇帝肝いりの軍の強化計画。気になる人や組織はごまんとあるだろうし、中には強引な手段で勇石を手に入れたいと思っている組織もあるだろうな。でも、まだ勇石を受け取っていない新入生を狙った理由はなんだ?)
将来的な戦力を潰す事か、それとも適正のある子を誘拐することが目的だったことも考えられる。
(駄目だ、情報がないんじゃ判断のしようがないよ、まったく!)
学園に来てから何度も考えている問題だが答えは出ない。もしかしたら学長や軍ながもう何か掴んでいるかもしれない。結局エミルに出来るのは普通に学園生活を送り、何か起こったら対処するしかないという、これまた何度も出した結論に行く着くのみだった。
「なに怖い顔してんのよ?」
「具合が悪いのですか?」
ハッと俯いていた顔をあげると目の前にモナカとシルヴィナの姿があった。彼女たちの左腕には受け取ったばかりのブレスレットが輝いていた。
「ああ、受け取り終わったんだね。調子はどう?」
「別にこれと言って変化はないわね。アンタももうすぐでしょ。シャキッとしなさいよ」
「モナカ、エミル君は考え事をしていたんだよ。ごめんなさい、邪魔してしまって」
「大した事じゃないから平気だよ。それより早く戻った方がいいじゃない?」
シルヴィナたちと一緒に勇石を受け取った女の子が「早く行こう」と目で訴えているのを見てエミルは二人を急かした。
「それじゃお先に失礼するわ」
そう言い残し颯爽と去っていくモナカの後をシルヴィナが慌てて付いていく、すっかり見慣れた光景にエミルは苦笑する。
(背は小さいのにモナカの方がお姉さんみたいなんだよね。立場的に本来はモナカが付き従うはずなんだけどな)
シルヴィナが王族であることは今の所まだ発覚していないようだ。エミルは口外するつもりはないが、モナカがまたいつ口を滑らすかシルヴィナも気が気ではないだろう。
(待てよ、狙われたのが彼女だとしたら?)
プラティア王国の事をエミルは全く知らない。もし国内事情が原因で彼女が狙われたのだとしたらどうだろう?
(いや、それを言ったら誰でも可能性はあるか。あそこには貴族の子も何人かいたんだし可能性ならいくらでも広げられる)
学園側や帝国と王国の両軍が調べているのだろうから自分の出る膜はないと思うが、どうにも嫌な予感が纏わりついて離れてくれない。
「イクス君、あなたの番よ」
「あっ、はい。すぐに行きます」
受付嬢に呼ばれエミルは研究所に入ろうとすると、ちょうど出てきた三人とすれ違う。その中の一人、バスでエミルが隣に座った大人しい少女がチラリとエミルに探る様な視線を走らせた。だがまだ考え事から頭を切り替えられていなかったエミルはその視線に気づくことは無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます