21 ある噂
「さてここがバーミル国王が過ごしたことがある別荘、あるいは離宮と呼んでもいいかもしれないね。既に知っているだろうけど一階の二つの浴室は僕たちにも開放されているけど二階から上は立ち入り禁止だ。金銭的に目ぼしい物はとっくに王都に運ばれているので変な気を起こして入らないように! 以上で案内は終わり、解散!」
研究所を出て寮の東、校舎と向かい合う場所にあるかつてのバーミル国王が所有していた別荘だ。財政度外視で作れらた別荘は二階建てで二階はかつて王とその家族が過ごした部屋がそのまま残されている。一階には来客をもてなす客室や浴室、ダンスホールがあり、その浴室は今生徒や職員に解放されている。(軍関係者や研究員は研究所のを使っている)
現国王からは取り壊しても構わないとの申し出があったのだがエルゼスト帝国皇帝アルフォンスは「文化遺産として残す」事を指示したのだ。二階部分は貴賓室として使われるそうだが今の所は誰かが使う予定は全くないそうである。
解散を宣言された新入生たちは寮に帰ったり、お昼に備えて食堂に移動したりと散っていった。
エミル、ザカット、レスターも寮に帰ろうとしたが、後ろからレディンに声を掛けられて足を止めた。少し離れた所にいたシルヴィナとモナカも何事かと近くに来て話に混ざってきた。
「いや、なかなか良い質問だったよ、エミル君! 副作用! そうだよねぇ、何のリスクも負わずに使える力なんてありはしない。全くこんな当たり前のことに考えが至らないなんて僕も勇石の力で浮かれ過ぎていたようだよ!」
「いえ、あんな質問をするべきじゃなかったと反省しています。明日から実習なのにみんなを不安にさせて……」
「気にしない、気にしない。ここに来た時点でもう逃げ道なんてないんだから、はっはっは!……ところで」
慰めているのか楽しんでいるのかよく分からないレディンだが、不意に笑うのを止めると――。
「これはただの勘なんだけどね。さっきの君の発言には、なんていうかな、まるで前例を知っているかのような響きがあったんだよ」
「前例?」
「そう! 前例だ!」
モナカの呟きに答えながらレディンの感情はヒートアップしていく。
「例えば第一世界で採掘できる王石! 考えてみれば君は元々王石研究所にいたのだろう? なら王石の方には何らかの副作用があるのではないかね?」
この場に残っていた五人の視線にエミルはたじろぎながら「さぁ、どうなんでしょう?」と言葉を返す。
「どうなんでしょうって、お前そこにいたんだろ。何か聞いてないのか?」
「いや、僕がいた時には、そんな話全く聞かなかったけど……。ただの末端の協力者にそんな情報は流れてこないよ」
ザカットに対するエミルの答えに「そんな物か」と全員が納得しそうになるが、ただ一人だけ納得できない男がいた。
「王石に関しては知らない、か。……なら『輝石』に関しては知っているんじゃないかい?」
他の全員が話についていけずにポカンとしている中、エミルの表情が固まる。それを見てレディンが予想が当たった事に手を叩いて喜びを現した。
「そうか、輝石か。君は輝石を、かの異世界の『勇者』の事を知っているんだね!? 是非詳しく僕に教えてくれないか!?」
「いや、知りませんよ! 僕が聞いたのは噂レベルの物で……」
「ほう、噂を知っているのか!? なら、その噂を!」
完全に我を失ってエミルに掴みかからんばかりのレディンをザカットが羽交い絞めにして何とか引き剥がす。その間に話に置いてきぼりになってしまった四人を代表してレスターがエミルに輝石と勇者について尋ねた。
「えっと、キセキって何だい? なんとなく勇石と同じような物と思うけど」
「い~や、違う。確かに勇石は輝石と同じような力を持っているそうだが、しかし……!」
「は~い、先輩は少し静かにしていてくださいね。シルヴィナ、やっちゃって!」
「ええ!? あの、ごめんなさい! 『スリープ』!」
シルヴィナがそっとレディンの胸に手を当てる。すると突然糸が切れた操り人形の様に脱力してへたりこんでしまった。
「か、過激だな。あとで怒られるじゃないか?」
「興奮を静めただけよ。エミルに掴みかかろうとしてたのは事実なんだし。で、キセキって何? あんた何を知ってるのよ?」
ザカットが羽交い絞めしていたレディンを別荘を囲む鉄柵にもたれさせるように座らせている間にモナカがエミルに尋ねる。その雰囲気から話さないと納得しないのは明らかで、他の三人も同じようだ。
「僕もただ噂を聞いただけだよ。みんなはエデンという異世界はしっているよね?」
「最近エルゼスト帝国と接触してきた世界で勇石に関する技術もその世界が提供したって話は聞いているよ」
レスターの言葉に他の三人も頷く。ここまではバーミル学園の資料などにも書いてあることだし当然といえる。
「そのエデンで採掘される強大な力を秘めた石が『輝石』なんだ。そして、その力を引き出し戦う人を『勇者』と呼んでいるんだ」
「そういや勇石を使える兵士は『
ザカットの言葉にエミルは同意を示し、更に話を続けていく。
「そうだと思うよ。輝石も勇石と同じく様々な能力を使用者に与えるんだ。けれど勇石と違う点が一つあるんだ。輝石の力、『
まるで見てきたように喋るエミルだが目を周りが丸くしているのに気づいて段々と声のトーンが下がっていく。
「噂……の割にはすごく具体的だったような?」
「いや、前に王石研究所でそういう資料を見ちゃっただけだよ。それより、そろそろ学食に……」
シルヴィナの言葉にエミルはやや強張った笑みを浮かべ話を終わらせようとしたのだが――。
「輝石にそんな効果があるとは初耳だよ!」
「うわっ、びっくりした!」
予想より早く復活したレディンがしれっと話に混ざってきたのに全員が驚くが本人は顎に拳を当ててウンウンと頷いている。
「だけど、僕が聞いた噂もなかなかの内容なんだよ」
「輝石に関してですか?」
「そうだね。正確には輝石を使う勇者について、だよ」
思案顔のレスターにレディンがニヤリと笑い周囲の反応を窺うとエミル以外は話の続きを聞きたそうにしているのを見て満足そうに頷き、芝居がかったポーズを取って噂について語り出した。
「実は帝国とエデンの関係は最初はあまり良くなかったのさ。話ではエデンは滅びかけている世界。そんな世界からの使者が対等の立場で交渉したいというのを皇帝は鼻で笑い飛ばし条件を出したそうだよ」
話に食いつく後輩たちを見渡し、わざと一拍おいてからレディンは自分が仕入れた噂話を披露する。
「もし自分の近衛隊の誰かに勝ったら話を聞いてやろうといったのさ。君たちも知っているだろうが皇帝陛下を守る近衛隊は一騎当千の戦士が集う最強の部隊だ。けれど、その場にいた勇者の一人がこう言ったそうだよ」
『面倒だから集められるだけ集めなさい。こっちは五人で相手をしてあげる』
「まさに身の程知らず! 近衛隊に加え宮廷警備隊を加えた千人対五人の戦い! 勝敗は火を見るよりも明らか。そう誰もが思っていた」
「まさか近衛隊が負けたんですか? たった五人に?」
「負けた、なんて生易しいものじゃない。三十秒、たった三十秒の間に千人の兵士は一人残らず戦闘不能に追い込まれたそうだよ」
「戦闘不能って殺した訳じゃないってことですか?」
「そう! それは明らかに手加減をしていたという事だよ! その有様を見た軍務大臣は泡を吹いて倒れたそうだよ。こんな力の差を見せられてはさしもの皇帝陛下も相手が出した条件を呑まざるを得なかったという訳さ。どうだい、面白い噂だろう?」
ザカットとモナカは胡散臭そうに、レスターとシルヴィナは興味深そうに聞いているがエミルだけは何とも言えない微妙な表情をしていた。
「そして、なんと王石研究所には研究用に本物の輝石が一つあり、帝都には勇者が今も滞在しているそうなんだよ。いや~、是非会ってみたいよね~」
「それで、あなたはいつまでここで無駄話をしているのかしら?」
夢を見るようにうっとりした表情のレディンの背後にこめかみに青筋を浮かべているアニスが立っていた。その冷ややかに、けれど内面に激しい熱を帯びた言葉にレディンの額から一気に汗が吹き出し始めた
「嫌だな、僕はただ後輩と親睦を深めていただけで……」
「案内が終わったらすぐに生徒会室に来るように言っておいたはずですけれど、お忘れになってしまったのかしら?」
「ははははは。……そんな事言ってましたっけ?」
「い・い・ま・し・た! 男子寮の事なのですから男子生徒代表のあなたがいないと話になりませんの! それでは皆さん、ごきげんよう」
「ちょっ……、僕はまだエミル君に聞きたいことが~!」
手足をバタバタさせて抵抗するレディンの首根っこを掴みアニスが連行していくのを五人は見送る事しか出来なかった。
「なんつーか、疲れたな。飯でも食いに行くか」
『賛成~!』
ザカットの提案に全員一致で賛成し食堂がある校舎への道を歩きだす中でエミルだけは少し遅れてついていく。
(余計な事を喋り過ぎたな。にしてもレディン先輩、どこであの話を聞いたんだろう? 何にせよ、あまり目立つことは避けないと)
だがその決意は翌日にあっさり破らざるを得なくなるのをエミルはまだ知らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます