20 勇石研究所

 あまり世間に普及していない自動ドアにびっくりしている新入生を先導するレディンが正面にある受付カウンターに座る落ち着いた雰囲気がある赤毛の女性に会釈する。それに会釈を返した女性がいそいそとカウンターから出てきて新入生の前に立ち丁寧に挨拶をし始めた。


 「ようこそ、バーミル学園へ。そして学園付属勇石ブレイブハート研究所へ。研究所職員を代表して皆さんを歓迎します。それでは皆さん、こちらへどうぞ」


 研究所の一階は受付と四隅にあるそれぞれの部署へ行く螺旋状の階段と昇降機、生徒との面談で使う小部屋が六部屋に会議や講義に使われる講堂がある。

 エミルたちが案内されたのは講堂で女性がノックをしようとしたがその手が途中で止まってしまった。理由は中で誰かが口論をしていて片方がかなりの剣幕で怒鳴っているのが聞こえたからだ。


 「こんな……では……! これでは十分な……!」

 「…………」


 言い争っているのは二人で片方が我を忘れるほどに怒っているのに対してもう一人は宥めようとしているようだ。

 扉越しでも分かる只ならぬ口論に女性はノックを躊躇ったが、生徒たちの目がある事を思い出し意を決して強くノックする。その音に気づいたのか中は急に静かになり、そして扉が乱暴に開かれ眼鏡をかけた神経質そうな痩せぎすの男が出てきた。

 エミルたちは全員その顔に見覚えがあった。先ほどの入学式でボソボソとした声で勇石研究の素晴らしさを延々と語っていた研究所所長キース・カールマンだったからだ。


 「なんだね、私は見世物ではないぞ! 退け!」


 講堂前にいた生徒に怒鳴り散らし男は不機嫌さを隠しもせずに足早に立ち去って行った。


 「なあに、あの人。感じ悪いわね」

 「ははは、あれがあの人のだから気にしない方がいいよ。こんにちは、マットさん、災難でしたね」


 憤懣やるかたないモナカに笑いかけてレディンが講堂に入り疲れた顔をした男性に気軽に声をかけた。


 「やあ、レディン君、それに新入生の皆さん。ようこそ、バーミル学園へ。私が君たちの勇石をチェック、調整を担当する第三研究室長、マット・タウリーだ。どうぞよろしく」


 そういって立ち上がったマットの身長は二メートル近くあるがっしりとした体格で白衣ではなく軍服の方が似合いそうだ。そんな体に載っている顔は極めて温和で両手を広げ生徒を歓迎してくれた。


 「また所長さんのヒステリーですか? どうせ入学式のスピーチをやらされて不機嫌だったんでしょう。学長もあの人が嫌いだからわざとやらせたのでしょうけど」

 「あまり穿った見方はしない方がいいよ。少なくとも学長公私を混同したりしない人だ」

 「つまり所長は公私混同をする人だと?」

 「君の役目は新入生の引率だろう。あまり無駄話をしていると生徒会長さんに怒られるんじゃないかい?」

 

 モナカを含めて何人かの生徒が頷いているのを見てタウリーがニヤリと笑うとレディンは肩を竦めて引き下がった。マットが手をあげると、扉の傍に立っていた受付の女性が一礼をして部屋から出て扉を閉めた。


 「さて、君たちも勇石に関して色々聞きたいことがあると思うが、まずはこの紙に書かれている事を読んで欲しい」


 紙を受け取ると生徒たちは各々好きな場所に座って目を通す。と言っても書かれている事は僅かだ。

 明日の実習の前にここで勇石を加工したブレスレットを受け取る事、学園外への持ち出しは禁止など様々な注意が書かれている。だが肝心の勇石をどう扱うかの説明は一切なかった。その事に質問があると。


 「詳しい使用方法は訓練開始時に説明がある。ただかなり感覚的な物らしいので具体的な方法を説明するのは難しいんだ。勇石の研究はまだ始まったばかりだ。君たちの体験も貴重なデータとなり生かされる。その自覚をもって訓練に臨んで欲しい」


 その後、マットに質問をする時間が設けられたが、そもそも事前知識もない物に対して新入生が具体的な質問などできる訳もなく時間が経過していく。その間、手を挙げたくてうずうずしているレディンを他所に質問時間は何事もなく終わろうとしていた。そしてマットが最後に指名したのは――。


 「それじゃ、そこの君。何が聞きたいのかな?」

 「今現在、勇石を使った事による副作用のような物は確認されていますか?」


 その質問に講堂内にいる全員の目線が立っているエミルに向けられた。マットも想定してない質問だったため、どう答えるか僅かに逡巡し、笑顔を消し真剣な面持ちをしてから「今の所はそういう報告は聞いていない」と答えた。


 「おやおや~? 今の所はという事は将来的にはあり得るという事ですか?」


 それまで退屈そうにしていたレディンの囃し立てるような言葉に、マットは一瞬申し訳なさそうな顔をするが、すぐに研究者の顔に戻り「その可能性もある」と短く答えた。

 その発言に講堂内が一気に騒がしくなるが、その騒ぎを静めたのは意外な人物だった。


 「ほらほら、大騒ぎしない。そういう危険性がある事は入学案内書に書いてあったでしょ。だからこそ、入学者には色々特典があるんだしマットさんに文句をいうのは筋違いだよ?」


 レディンの言う通り入学者には支度金として多額の金銭や卒業後の進路など帝国からの支援がなされる。この学園に来たもののほとんどが、そうした物を当てにして入学したのだ。


 「まぁこれも帝国の未来のためだよ。それにどんな副作用があるか楽しみじゃないか。なあエミル君?」

 「本当にただ知りたかっただけで文句や苦情を言うつもりはありませんでした。すみませんでした」

 

 エミルの謝罪にマットは笑って「いい質問だったよ。気にしなくていい」と言ってくれた。そして改めて新入生たちに向き直り真剣な面持ちで語りかけた。


 「勇石の研究は始まったばかりだ。当然私にもよく分かっていない事がある、というよりも分からない事の方が多いくらいだ。だからこそ何か異常を感じたらすぐに報告をしてほしい」


 そういってマットは立ち上がって頭を下げた。ちょうど静かになったタイミングを見計らったかのようにノックの音が講堂に響く。


 「それじゃ僕たちはお暇する事にしよう。はい、みんなマットさんにお礼を言おう。ありがとうございました~!」

 『ありがとうございました……』


 すこぶる上機嫌になったレディンと違いまだ少し戸惑いが残る新入生のほとんどがただ機械的に挨拶し整列して講堂を出ていった。

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